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一方、カジノ会場では、リュウと青い仮面の男の試合が開始されようとしていた。リュウはそっとビィの肩に手を乗せ、先ほどと同じように声をかける。
「ビィ。あくまで時間稼ぎだ。適当に相手して、適当に倒せばそれでいい」
「適当、とは、いい加減に、という解釈でよろしいでしょうか」
「……ほどほどに、って方でお願いします」
いつもと変わらないようなビィの答えに、リュウは苦笑いを浮かべた。ビィは無表情のまま頷き、鳥かごの中に入った。ビィの向かい側に立つのは、先ほど同様、筋肉質な長身の男のドール――コールド・ハウライト。
「対象確認」
コールドはビィを見て小さく呟く。ビィは真っ直ぐに、コールドを見つめた。
[レディ、ファイト!!]
放送がなった直後、コールドがビィに向かって走り出す。しかし、ビィは先ほどと同じようにコールドを見つめたまま立っている。
「魔術展開」
コールドが唱えると、ビィの足元に青い魔法陣が展開された。直後、魔法陣の円の端から、青い光が上に向かって放たれ、ビィの身体を囲むような青い壁が出来上がる。
「発動」
どんっ、と大きな音がして青い壁の内側に大量の水が入った。ビィの長い髪が、水の中でふわふわと揺れる。
「ここまでだな、ブラック・ゴースト」
その様子を見ていたリュウに向かって、青い仮面の男――ブルー・シャークが挑発するように言った。仮面の下から見える口元は、にやりと上がっている。
「……ああ、そうだな」
[おおっとー! ブラック・ゴーストが敗北宣言かぁー?!]
リュウの答えを聞いた実況が、大げさな声で叫ぶ。観客たちは驚いたようにざわざわと騒ぎ始めた。しかし、リュウは諦めの表情など、一つも浮かべていない。
今度はガラスの割れるような高い音が、かごの中から響く。割れた青い壁とその中の水が、まるで黒い砂になるようにさらさらと消えていった。そして、その中からビィの姿が現れる。
「対象のパワーランクは推定B。遠距離系魔術コードの入力が見られます」
「なっ……?!」
ビィの言葉に、ブルー・シャークが驚いたように声を上げた。どうやら、その遠距離攻撃が売りだったらしい。彼の動揺はドールにも伝わったらしく、コールドもわずかに肩を震わせていた。
「コールド! 攻撃を続行しろ!!」
「了解しました」
「ビィ、ほどほどでいいぞ」
「了解しました、マスター」
ブルー・シャークの必死な叫びに対し、リュウは余裕を持った声かけをビィにする。そして、かごの中の二人は相手に向かって右手を向けた。
「魔術展開」
同時に唱えられ、同時に魔法陣が展開される。しかしコールドが展開した青い魔法陣はまたビィの足元にあるのに対し、ビィの魔法陣は彼女の右手の前に展開されている。
「発動」
コールドが唱えると、先ほどと同じような青い壁がビィの前に現れる。しかし、ビィは右手を真っ直ぐに伸ばしてコールドに向けたまま、動かない。
「終わりだ!!」
ブルー・シャークが叫ぶ。
どっ、と低い音がした。
「……え」
コールドの胸の中心に、黒い光の矢が刺さった。コールドは表情を変えぬまま、仰向けに倒れた。それと同時に、黒い矢もふっと消える。
ビィは、青い壁を貫く矢を出現させ、そしてコールドに放った。魔術の強度を把握していたビィにとっては、『ほどほど』のことだったのだろう。リュウは、ふう、と安心したように息を吐き出した。観客たちがわあっと声を上げ、そして放送もリュウの勝利を告げた。
「マスター」
安堵したリュウの前に、ビィがやってくる。先ほどまで圧倒的な戦いを繰り広げていた人物とは思えないような平静な表情を見て、リュウは苦い笑みを浮かべた。恐ろしい奴だ、と思いながらリュウはビィの頭を撫でた。
「へえ、やっぱりそう言う趣味なんだブラック・ゴースト?」
突然背後から聞こえた声にリュウはびくりと大げさに肩を震わせた。振り向くと、そこには緑の仮面をつけた青年が口元ににやりとした笑みを浮かべていた。
「そ、そういう、趣味?」
「ううん、なんでもない。まあほら、ジャパニーズはそう言うのが多いって聞いてるし?」
「……何か、いろいろと勘違いしてないか?」
引きつった表情を浮かべるリュウに対し、青年はにやにやと笑ったまま。それから自身のドールを引き連れ、先ほどまでブルー・シャークがいた場所に立った。今度の対戦相手はこいつか、とリュウは引きつった表情を解いて真剣な眼差しを相手に向ける。
「さーて、ブラック・ゴースト! 楽しい試合をしようぜ!」
まるで何かのショーを始めるかのように、青年はリュウを指さして大声で言う。仮面の下から見える表情は確かに喜びに満ちており、今までの対戦相手と明らかに様子が違った。しかし、魔術を悪用する人物――それも楽しみながらするとなれば、リュウにとってはただの悪人である。
「……すぐに終わらせてやるよ、お前の楽しみを」
観客の声にまぎれて聞こえないような、そんな小さな呟きを零した後、リュウは緑の仮面の青年を睨んだ。一方の青年は、自分のドールを呼び寄せて指示を行っていた。
「なあ。お前、俺と同じ動きとかってできるか」
「指示があれば、可能です」
「じゃあ、俺が口に出さなくても、思ったとおりに動くってのは?」
「可能です」
ドールの返事を聞くと、青年は口元ににやりとした笑みを浮かべた。
「よっし! じゃあ、お前それで戦えよ」
「では、お手を」
ドールはそう言って青年に向かって右の掌を向けた。それを見た青年はぱちぱちと瞬きをした後、「ああ」と頷いて自分の手を重ねた。直後、青年とドールとの間に静電気のような小さな電流が走った。
「これでマスターの指示は可能となりました」
「すっげー! じゃ、一発行って、勝って来い!」
「了解しました」
ハイテンションな青年に対し、ドールは無表情のまま、かごの中に入る。離れた向かい側に、同じように無表情のビィが真っ直ぐに立っていた。
「……まあ、女の子って言うのは見た目がずるいけど、どうせドールだし」
青年がにやりと笑ったことに、リュウは気付いていない。
[レディ、ファイト!!]
放送の声が響き、試合が開始される。