09

 

「へえ、番狂わせ」

 笑いながら言うのは、緑の仮面の青年だった。それ以外の参加者は、仮面の下にある瞳を大きく開いて、呆然とした表情となっていた。

「……有り得ん。あんなドールが、レッド・ローズのドールを倒すなんて」

「信じられないが、実際の結果はあれだからな。次当たりたくないが、負けたくもないな……」

 青い仮面の男が驚きを隠せないように呟くと、隣にいた黄色い仮面の男が凝っていた首周辺の筋肉をほぐすように、大きく首を回しながら青い仮面の男の言葉に答える。青い仮面の男の白い視線を受けながら、黄色い仮面の男は肩を上下させたり、手を組んで腕を伸ばしたり、とまるでストレッチのような動きを始めていた。

「……さてと」

 一通りストレッチを終えた黄色い仮面の男は大きく息を吐き出し、自分のドールを連れて部屋を出た。それとすれ違うように、リュウがビィを連れて部屋に入った。それを、青い仮面の男がぎろり、と睨む。

「帰ってきたか、ブラック・ゴースト」

「あ、ああ……」

 仮面の奥から見える鋭い瞳に、リュウはわずかに表情を引きつらせた。やはり急に勝つのは問題だったのか、と思いながらも、先ほどまで自分が座っていた椅子に腰をおろした。

「じゃあ、次は俺が行ってくるねー」

 リュウと青い仮面の男の間に流れる空気を全く読まないように、緑の仮面の青年は明るくそう言って、ドールを連れて部屋を出て行った。部屋に残ったのは、リュウと、青い仮面の男だけ。

「……」

「……」

 異常に重い、沈黙が続く。先ほどからずっと睨まれ続けているリュウは、先ほどからずっと引きつった表情のままだった。何か声をかけたほうがいいのか、と思いながらも、それは地雷であると自分の勘が語りかけていた。しかし、このまま睨まれ続けるのも気分がいいものではないし……とリュウが悩んでいると、スクリーンの向こう側が騒がしくなった。

「し、試合、始まったみたいだぞ……」

 引きつった表情のままリュウは青い仮面の男に笑いかけ、スクリーンを指さす。青い仮面の男は険しい表情のまま、顔をスクリーンに向けた。リュウは小さく息を吐き出して、ほっと胸をなでおろした。

 緑の仮面の青年と黄色い仮面の男の一戦。それを見ていたリュウは、最初こそは真剣に見つめていたが試合が経過するにつれて顔に呆れの色を見せていた。互いのドールは確かに勇ましく、戦闘向けというような見た目だった。が、それは見た目だけだった。素人プロレスを見せられているような感覚を、リュウは抱いていた。

「……黄色が負けるな」

 ぽつり、とリュウが呟くと、青い仮面の男がリュウを目だけで見た。それからすぐにスクリーンに視線を戻すと、金髪のドールが地面に叩きつけられているシーンが流れる。それからドールは全く動かなくなり、試合結果が放送された。

[勝者、ブレイズ・エーゲート!!]

 歓声が上がり、スクリーンに映し出された緑の仮面の青年が大きく手を振っていた。それを見たあと、再び青い仮面の男はリュウの方を向いた。

「何故わかった」

「えっ」

 問われて、リュウはしまった、と思った。しかし、ここで「魔導士だから」などといえば作戦は失敗してしまう。

「それは……魔術の使い方とか、みど……あ、ウィンド・グリーンの方が動きが良かったように見えたし……」

 これもかなり危険な答えな気がする、と思いながらリュウはぎこちなく答える。青い仮面の男は無言でリュウの話を聞いたあと、興味が無くなったかのように視線をスクリーンに向けた。

「次は、お前と俺だ」

「……お、おう」

 青い仮面の男の鋭い瞳に、リュウはぎこちない返事をするしか出来なかった。

 

「全員、配置についたか?」

[A班、配置完了しました]

[B班、配置完了しました]

 インカムから聞こえてきた部下の声に、リーチェは眉間に皺を寄せた。鋭いリーチェの瞳は、目の前にある扉に向けられている。その隣にいたキラベスが、閉ざされた目をゆっくりと開いた。

「リーチェさん、周辺にトラップは見られません。魔術結界も、見られません」

「……妙だな」

 キラベスの報告を受けて、リーチェは小さく呟く。

「妙、ですか?」

「……少しぐらい疑問に思わなかったのか? いいか、中にはアンダーナイフがいて、それに協力している魔法使いがいる。そして、私たちの姿は見られている。なのに、トラップも結界も無い」

「……あ!」

 キラベスがはっと目を開いて、声を上げる。それを見て、リーチェはようやく安心したような笑みを浮かべた。こいつもやっと、刑事らしくなったか、と褒めてやろうとしたが、

「今こそ突入のチャンスってことですね!」

「……この、ポンコツ魔術士!!」

 ごっ、と鈍い音を聞いて、リーチェとキラベスの周りにいる捜査員たちが苦い表情を浮かべた。その音の源は、キラベスの頭の頂点にぶつけられた、リーチェの拳だった。

「今突入したらどうなるかわかってんのかお前は! あぁ?!」

「り、リーチェさん、落ちついて!」

 周りにいる捜査官たちが再びキラベスに殴りかかろうと、胸倉を掴んでいたリーチェを慌てて取り押さえる。リーチェは状況を思い出し、キラベスを放した。

「……後で覚えとけよ、キラベス」

「は、はいぃ……」

 泣きそうな声で返事をするキラベスを、リーチェは呆れたように見たあと、再び扉を睨む。

「キラベス。内部の様子は」

「ええっと……先ほどリュウさんから通信があって、現在“ドール・コロシアム”が行われているそうです。観客のほとんどがそっちに集中している、という状態です」

「そうか。……A班、B班は待機。今から、C班が潜入開始する」

[了解]

 リーチェが通信を切ると、その場にいる捜査員たちの表情が引きつった。今から突入するのは、リーチェが率いるC班、つまり、その場にいる捜査員たちである。リーチェが拳銃を構えると、他の捜査員たちも同じように構える。キラベスは持っていたロッドを、さらに強い力で握り締めた。

 こちらを誘導しようとするような様子。明らかに、何かを用意しているはずである。しかし、突入しなければ何も手に入らない――ならば。

 リーチェは拳銃を握っていない方の手で、扉の取っ手を握り、静かに押した。

「……突入」

 言葉の後、響いたのは捜査員たちの駆ける足音だけだった。

 

 

 

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