05
「……は?」
ビィの唐突な発言に、リュウは両目を大きく開いてそう聞きかえすしかできなかった。
「私はマスターと契約したドールです。マスターの安全を確保するためには、マスターのそばにいることが一番確実な方法です。ですから、私もマスターと共にカジノ会場に潜入します」
「だからお前、何を」
「リーチェ刑事が潜入するならば、私が“ドール・コロシアム”に参加し、その場にいる関係者の目を集中させます。そうすればリーチェ刑事たちの潜入の困難さも比較的解消されると考えられます」
「お前は何を言っているんだ?!」
リュウは立ち上がり、大声をあげた。空気が張り裂けるようなその声に、キラベスだけでなくリーチェやデュオも驚いたようにびくりと肩を震わせた。しかし、その声を受けたビィはじっとリュウを見上げたままで、リュウは険しい顔をしていた。
「どういう状況かわかっているのか、お前は! 自分が危険な目に遭って俺の安全を確保するなんてふざけんじゃねえよ! 自分の安全ぐらい、自分で守れるんだよ!!」
「それは私も同じです」
リュウを見て、ビィははっきりと言った。
「資料にあったドールの決闘に関してですが、参加しているドールがブランクであることからB以下であると推定されます。その程度の相手ならば、私は負けません」
その宣言に、リュウはぱちぱちと瞬きをした。直後、ぷっ、とリーチェが吹き出した。それからリーチェは腹を抱えて大声で笑い始めた。隣に座るキラベスは困惑したようにリュウとリーチェを交互に見ており、それを見て今度はデュオが笑い始めた。
「いいね、君。そういう強気な発言、私は好きだ」
「さすがリュウのバディだな。いや、面白いものを聞かせてもらった」
「な、何言ってんだ?! そんな話じゃ」
リーチェとデュオの言葉に反論しようとしたリュウだったが、突然腕を掴まれて言葉が詰まる。
「マスター、私を信じてください」
ビィも立ち上がり、リュウを見上げて言う。ぎゅっと掴まれた腕の力に、何故か信憑性を感じたリュウは諦めたように小さく息を吐き出した。
「……わかった。だが、俺が危険と判断した場合はすぐに離脱しろ。いいな?」
「了解しました、マスター」
ようやくその場の空気が穏やかなものとなり、キラベスは安心したようにほっと息を吐き出した。
「よかったですね、リーチェさん」
「まあ、な」
お前は何もしていないけどな、という思いを込めてリーチェは適当に返事をした。それから軽く咳払いをして、テーブルの上に設計図のようなものを乗せた。
「これは?」
「前回のカジノの構造だ。多分、大まかには変わらないと思う」
「……これが」
そう言って、リュウはある一点を人差し指でなぞる。そこにあるのは檻で、その隣に書かれている説明文には『ドール・コロシアム』と記されていた。
「タワーの構造上、これだけの施設が設置できるのはおそらく地下にある空スペースだ。私たちは、この隣にあるスペースに入る」
「わかりました」
「突入予定は三日後の午前零時。だが、時間のずれが生じるかもしれないから、適時キラベスに通信させる」
「おれ、通信には自信あるんで!」
「……上手くやれよ」
リュウはどことなく不安を抱きながら、自信に溢れるキラベスの表情を見た。
「まあ細かいことについてはこれを」
どさ、とテーブルに乗せられたものにリュウの表情が引きつった。
「ちゃんと目を通しておいてくれよ、リュウくん」
「……はは」
テーブルの上にあった厚い書類を手にとって、リュウは乾いた笑い声をあげた。
その翌日。
「リュウ先生ー、もうちょっと俺たちに構ってくださーい」
「あー、無理無理」
実習生のサイルがリュウに声をかけるが、リュウはサイルたちに目を向けることもせずファイリングされた書類を読んでいる。そんなリュウの様子を見てサイルだけでなく、エコも呆れたような顔をしていた。
「先生、仕事と私情を挟むのはやめてもらえませんか」
「何を言ってるんだエコット。これも立派な仕事だ」
「いやー、でも、先生実習担当じゃないですかー」
「文句はデュオに言え」
エコとサイルの言葉に対してもやはり動こうとしないリュウ。二人は顔をあわせて小さく息を吐き出し、それから視線をリュウから別の方に移した。そこでは、リュウの指示を受けて組み手を行っているロードとビィがいた。
「ま、楽な実習ほどありがたい話はないけどな」
「はあ? こんなことしてる間に、他の班と差が開いてるのよ? ありがたいどころか迷惑な話よ!」
本人に聞こえるような大きさでエコが言う。慌ててサイルが後ろに居るリュウを見たが、どうやら書類を真剣に読み込んでいて話を聞いていないらしい。ほっとしながら、サイルはエコの耳元で囁いた。
「文句言うなら本人に面と向かって言うか、本人居ないところで言うかにしてくれよ。おれの胃が持たないから」
「知らないわよ、そんなの」
ふん、とそっぽを向くエコにサイルは苦笑いを浮かべるしかできない。その時、どんっ、と地面に何かがぶつかるような音がした。音がしたほう、地面に仰向けに倒れているロードと、真っ直ぐに立っているビィの姿があった。
「体術訓練、終了です」
「は、はい! ありがとうございました!」
ロードは立ち上がり、ビィの方を向いて深く礼をした。充実したような爽やかな表情を浮かべるロードと対照的に呆れ疲れているようなサイルとエコ。
「続いて、サイルさん」
「はい。って、おれ?!」
「まだ貴方の訓練は終了していません。マスターからの指示は、実習生三人の体術訓練を行う、ということでした」
「……マジか」
がく、と肩を落としてサイルはロードとすれ違うようにビィの元に向かった。
「はい、タオル」
「お、ありがと」
エコが差し出したタオルを受け取り、ロードは汗を拭き取る。それから、エコの隣に座ってサイルの様子を見た。
「サイル、へっぴり腰じゃねえか。あれじゃダメだな」
「……そうね」
ははは、と笑うロードに対しエコは苦い表情を浮かべる。
「こんな感じでいいのかしら、実習」
「体術訓練は有意義だと思うけど?」
「……あんたって、本当にお気楽でいいわね」
エコはそう言うと、ロードから顔を背けた。何故そんな反応をされたのか、とロードはぱちぱちと瞬きをしながらエコを見ていたのだった。
その時、リュウはぱん、とファイルを閉じて立ち上がる。
「ロード、体術訓練は終わったか?」
「あ、はい!」
呼ばれたロードはぱたぱたと走ってリュウのもとへ向かった。
「しばらく少し特殊な仕事が入るんだが……」
「じゃあ、校内学習、ということですか?」
「一応、レンにも交渉してみるが」
瞬間、ロードと後ろにいたエコの表情が引きつる。第一隊の副隊長、レン・リコーリスと言えば、地獄の鬼教官と学生たちの間では囁かれている人物である。体術訓練は現在リュウがしているものとは比べ物にならないほど厳しく、そして量がとてつもなく多い。レポートに関しても指摘が多く、一発どころか最低五回は指摘を受けて、ようやく合格できると言われている。
ロードたちもレンの実態は知っており、そのため、リュウの口からその名が出て表情を引きつらせた、というわけである。
「あの、他の先生の所でお願いします……」
「わ、私も……」
「ん? どうした、お前ら。珍しく息合ってるじゃないか」
小さく手をあげて言うロードとエコにリュウは疑問を抱いたような不思議そうな表情を浮かべた。そりゃ、あんたは知らないだろうけど、と言いたくなった二人だったが、ぐっとその気持ちを抑えた。表情を引きつらせながらも、ロードは笑みを浮かべてリュウに言う。
「その、レン先生のもとでは何度も実習させてもらっていますし、次は他の先生の所でも受けてみたいなあ、なんて」
「ああ、なるほどな。じゃあ、レオンあたりにでも交渉するか。あいつなら何とか上手くやってくれるだろうし」
とりあえずレンから解放される、と安心した二人はほっと息をついた。ふと、ロードがリュウの持っているファイルを見ると、表紙に見たことのある印が見えた。
「リュウ先生。それって、警察の事件ファイル、ですか?」
「え? ああ、そうだけど」
リュウはファイルを持ち上げながらロードとエコにその表紙を見せる。さほど興味がないように見るエコに対し、ロードはじっとそのファイルを見つめている。視線の違いを不思議に思い、リュウはロードに尋ねた。
「どうしたんだ?」
「え、あ、いえ。警察関係の事件なら、もしかしたらうちの家族か親戚に会うかもなあって思って」
「家族か、親戚?」
「はい。うちの家系って警察関係者が多くて、父も刑事やってるんです」
「へえ」
なるほど、だから熱血漢なのか、などとよくわからない納得をしながらリュウは頷いた。
「まあ、ともかく。これのおかげでちょっと実習予定にずれ込みがあるけど、それは臨機応変に対応してくれ」
「わかりました!」
ロードはびしっときれいに敬礼をしながら返事をする。その姿に、リュウは微笑みを零していた。