04
「気付かれたか」
「はい」
「全員退避」
リーチェはインカムに向かって指示をしたそのとき、足音が扉のすぐそばから聞こえてきた。
「まずい……!」
「リーチェさん、おれの後ろに隠れてください!」
「え?」
「いいから!」
そう言って、キラベスはリーチェを背後にやると、ロッドを構えた。
「魔術展開」
がちゃ、と扉が開かれる。中から出てきた男は、黒い長髪を後ろで一本にまとめている。つけているマフラーで顔の下の部分が隠れているが、特徴的な鋭い瞳はしっかりと表れている。
一瞬、キラベスたちの方に視線を向けた男だが、何もなかったかのように倉庫の中に戻った。一連の流れを見ていたリーチェは呆然とした表情で小さく呟いた。
「……お前、実はすごいんだな」
「実はってなんですか……」
そんな会話をした後、リーチェたちもその場からそっと立ち去り、捜査官たちと合流した。署に戻り、キラベスは聞こえてきた話を説明した。
「中に居たのはおそらく上層幹部の四人。その中に、トップがいた、と」
「今回の件、上層幹部は関与していないが、資金源として有効活用する予定か」
「今度開催されるカジノはスカイタワー周辺」
捜査官たちはそれぞれ得た情報から様々な推測を立てる。そのうちの一人がそっとリーチェに近づき尋ねた。
「けれど、良かったんですか? あの場で突入しておけば、アンダーナイフのリーダーが確保できたのに……」
「アンダーナイフのリーダー相手に、この人数で対応できると思ってんのか? あいつは一人で何十人を平気で潰すような奴だぞ」
リーチェの言葉に、一同の空気は冷える。
「……一度私は奴に遭遇したが、信じられなかった。捜査官を三十人動員させたはずなのに、誰一人立ち上がっていなかった。運がいいことに、誰も死んでなかったけどな。だが、それをしたのが中心に立つ十代の少年だったからな。目を疑ったよ」
「……少年が、そんなことを」
「ああ。多分、今ごろ二十代後半ぐらいだろうな」
そんなに若い人物が世界最大ともいわれている武装犯罪集団を取りまとめているリーダーとは誰も想定していなかった。それを実際に見たというリーチェが、きっと一番信じられなかったのだろう。小さく吐き出された息には、忘れたい回想も含まれているようだった。
「今はスカイタワー周辺の探索を急げ! キラベス!」
「は、はい!」
大声で名前を呼ばれたキラベスはびくりと全身を震わせて裏返った声で返事をした。
「お前も魔術探索で例の魔法使いがいるかどうかを探せ! いいな?!」
「わ、わかりました!!」
それぞれが別れて作業に戻る。リーチェは机に置かれた地図に手を乗せ、そこに書かれているスカイタワーを人差し指でとんとんと強く叩いた。
それから数日後の、魔導管理局。
「実は、相談したいことがある」
第三隊の司令室でいつかと同じようにデュオはデスクにつき、リーチェとキラベスが隣り合って座り、その向かい側にリュウとビィが座っていた。リーチェは深刻そうな顔をして、言葉を続けた。
「潜入捜査を、頼みたい」
「潜入捜査、ですか」
リーチェの言葉を繰り返してリュウが言うと、リーチェは頷いた。しかし、その言葉に眉をしかめたのはデュオだった。
「でも、潜入って……そう言ったのは、そちらの方が得意じゃないんですか?」
「これを入手した」
リーチェはテーブルに一枚のカードを乗せた。
「……会員証、ですか」
「ああ。先日の潜入で指紋が残っていた犯人を確保できた。その犯人の所持品の中に、これがあった」
そのカードを手に取ったリュウは書かれていた名前を呼んだ。
「ブラック・ゴースト?」
「しかも、この男はアレに参加していたらしい」
アレ、という単語にリュウの表情が険しくなる。
「ドール同士の決闘、ですか」
リーチェが見た檻の中に倒れていた二人はドールであり、その損傷の状態から争いあった様子が見られた。しかも、その傷は明らかに魔術によって受けたもの。以上のことからその場でドール同士が戦ったということがわかった。ドールを分析した結果、マスターとの契約は破棄されており、誰が使っていたかわからなかった。ということが、リーチェの書類には記されていた。
「じゃあ、その捕まえた犯人は魔法使いだったんですか」
「それが、ただの人間だった」
「え?」
「最近出てきた、ブランクドールって奴ですね」
はあ、とため息混じりにデュオが言う。
本来ドールは魔法使いしか作り出すことができず、契約できない。しかし近年、闇市で『ブランクドール』と呼ばれる契約を破棄した状態のドールが売り出されている。そのドールは再び商人の魔法使いと契約を結び、購入者の指示に従うという命令を下すことによって一般の人間にも使えるようになる。
「便利なものはすぐに流行るから怖い。そのうち、ブランクドールで犯罪するような奴が出てくるかもしれない」
「というか、現時点で出ているわけだが」
デュオの言葉に訂正を入れながらリーチェが答える。
「このブラック・ゴーストと呼ばれていた男もまたドールの決闘……奴は“ドール・コロシアム”と呼んでいた。それに参加していたというわけだ」
「……ドール同士を、賭け事で戦わせる」
リュウは膝の上に乗せていた手を、力一杯に握った。それに気付いたビィがリュウを見る。
「マスター」
「腹が立つな。ドールを、魔術をそんな下らないことで使うなんて。まして、ドールを傷つけあうだけなんてな」
「しかし、ドールはマスターの指示に従うだけです。それが、ドールの存在理由です」
ビィの言葉に対し、リュウは険しい表情をさらに強める。部屋の中に漂う不穏な空気にキラベスはきょろきょろと首を動かす。それから、リーチェの耳元で小さく囁く。
「ど、どうするんですかリーチェさん……、リュウさん、完全に怒っちゃってますよ……」
「どうするって……」
怒りのスイッチを入れてしまったと、警察二人組は不安げな表情を浮かべる。一方のデュオは平然とした様子で、小さく息を吐き出した。
「リュウ、怒るならここじゃなくて犯人に怒れ。俺たちにキレられても困るんだよ」
「わかってる。……それで、俺はどうすればいいんですか」
冷静さを取り戻したリュウはデュオの言葉に頷いてリーチェに尋ねる。リーチェは一瞬驚いたように目を大きく開いたが、すぐに普段どおりに戻して説明を始めた。
「君はこの会員証を使って潜入して欲しい。そして、内部の人間の様子を探って欲しい。その間、私たちも別ルートで潜入して、関係者の確保を行う」
「私も潜入します」
その時、ビィがはっきりと、宣言した。