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03

 

「……これこそまさに書類地獄」

 カフェテラスでリュウは受け取った書類を見ながら小さく呟いた。読む気はすでに失せているようで、先ほどから書類を開いたり閉じたりを繰り返している。隣に座るビィはそれを観察するように見つめている。

「マスター。書類地獄、とはどういう意味でしょうか」

「これを見てお前は何も……感じないよなあ」

 ビィに書類を見せて一瞬だけ期待したリュウだったが、書類に対する感情など持つはずがないと改めて考えて、大きなため息を吐き出した。ビィは無言のまま目を左右に動かし、差し出された書類を見ていた。ビィの行動を特に気にせずリュウがテーブルの上に置いていたコーヒーを一口飲みおえると、ビィが書類をそっとテーブルに置いた。

「A4サイズ、上空白11mm、下空白11mm、左空白16mm、右空白14mm。フォントサイズ推定8、一行に対する文字数54、一ページに対する行数54。ページ数13ページ、全文字数三万七千五十二文字。この状態を書類地獄と表現するのでしょうか」

「……頼む、ビィ。現実を突きつけないでくれ」

 ビィの話を一通り聞いて、リュウは上半身をテーブルの上に乗せた。

「マスター、どうされましたか」

「……いろいろ、疲れた」

 やけに低い声でリュウがビィに答えると、ビィは首を傾げた。

「お疲れ、リュウ」

 リュウの上方から、声がかかる。視線を少し上げると、そこにはルミナの姿があった。

「ルミナ……」

「どうしたの? この書類の束?」

「どこかの誰かさんが大規模爆発を起こしたとばっちりが俺に回ってきたんだよ」

 少し嫌味交じりにリュウが言うと、ルミナは表情を引きつらせ「うっ」と小さく唸った。

「し、仕方ないでしょ?! あの時は、ああしないとみんな危なかったんだから!」

「そうだよなあ」

 はあ、とため息を一つ吐いてリュウは書類の端をつまんでぺら、と捲る。読む気はすでにないらしい。疲れたリュウを見てルミナは眉を歪ませ、俯いた。しゅんとしたルミナの様子にリュウは驚きの表情を浮かべる。

「なんか、ごめん」

「いや、お前の判断が間違っていたとは思ってないさ。ただ、まさかここまで話が延びるとは思わなかっただけだ」

「うん……」

「だから、お前がそんな風に凹まなくていいんだよ」

 リュウはそう言うと、手を伸ばしてルミナの頭に乗せた。それからがしがしと頭を撫でた。

「ちょっと、子ども扱いしないでよ!」

 ルミナは顔を真っ赤にして、リュウの手を掴んで自分の頭から放した。その反応を見て、リュウはにっと笑った。

「子どもだろ、まだ十七なんだから」

「うるさいわね! ちゃんと魔導士やってるんだから、子どもじゃないわよ!」

「はいはい、そうだな」

 からかうように笑うリュウに、ルミナはぷうっと頬を膨らませた。が、すぐに表情をふっと戻して、また素直になれなかった、と後悔した。と、そのとき携帯から着信音が鳴った。ルミナとリュウが同時に携帯を取り出すと、音を発していたのはルミナのものだけだった。

「はい、ルミナです。はい……ええ?! 何であたしなんですか、司令官?! はあ?!」

 電話の向こうの相手にルミナががんがんと怒鳴り声を上げる。リュウだけでなく、カフェテラスにいた者の視線はそんなルミナに集中していた。

「アレックスさんも、苦労するなあ……」

 電話の相手であろう第二隊の司令官に同情を向けながら、リュウはそっと席を立つ。それを見て、ビィも同じように立ち上がった。

「行くぞ、ビィ」

「了解しました、マスター」

 二人はルミナの邪魔にならないように静かにその場を去った。気付かないルミナは、まだ電話に向かって怒鳴っている。

「あたし今休憩中って言ったじゃないですか! せっかくリュウと一緒にいられるのに―――――!!」

 

「……ここだな」

 リーチェがリュウたちと打ち合わせをした日の深夜。リーチェとキラベス、そしてその他の捜査官たちはある港の倉庫にいた。本来なら使われていないはずのその倉庫は、明かりが灯っていて内部に誰かがいる様子だった。リーチェとキラベスは倉庫の裏側にある扉の前で待機していた。

「キラベス、中の様子は?」

「ええっと……」

 緊張した面持ちでキラベスは目を閉じ、息を潜めた。わずかに震えているキラベスの様子を見て、リーチェは少しだけ呆れた顔をした。

「魔力波動は感知できませんでした。多分、中に居るのは普通の人間だけだと……」

「よし。中の探索を」

「は、はい」

 リーチェの言葉に返事をすると、キラベスはスーツのポケットから香水瓶のような小さな瓶を取り出した。その中には、透明な水が入っている。

「い、行きます」

 そう言うとキラベスは震える手で瓶の蓋を開け、地面と扉の間にあるわずかな隙間に水をかけた。それから持っていたロッドを水の方に向ける。

「魔術展開」

 親指と人差し指で輪を作ったような大きさの魔法陣が展開され、水は青い光をうっすらと灯す。すると、水はずるずると動き出して室内へと消えていった。その間、キラベスは目を閉じたままである。

「中には何人いる?」

「四人、です。男三人と、女が一人。ただ、室内が思ったより薄暗くて、顔の判別はできません」

「お前にしては上出来だ。続けろ」

 リーチェに指示を受けて頷き、キラベスはぎゅっと目を閉じる。中で使役させている水から、わずかな振動を感知し、それが音となって伝わってきた。

――……するつ……だ、リー……

――なに…………さ、好きに……れば……

――さ…………ド。俺……のリーダ……

「リーダー……?!」

 伝わってきた言葉を繰り返したキラベスは驚きの表情を浮かべる。それは、リーチェも同じだった。

「リーダー、ってことは、この中にアンダーナイフのトップか……」

「多分……」

 眉間に皺を寄せ、キラベスは集中を深める。すると、音が先ほどよりクリアに聞こえてきた。

――いいじゃないか、カジノ。俺もしてみたいし

――何をバカなことを言っている。あんな物の、何の意味がある

――資金源としては有効だと思う。こちらの武器補給にもかなりスムーズになっているし

――あ、じゃあ今度みんなで一発当ててみる? 面白そうじゃーん

 楽しむようにいう男の声、苛立ったような男の低い声、事実を淡々と述べるだけの女の声、最初のものとは違う軽く明るい男の声。その中の一人が、武装犯罪集団アンダーナイフのリーダー。

「カジノの存在はトップに知られている……けれど、彼らが直接関与していない……?」

「奴らの面倒なところはそこだ。芋づる式で捕まえることができないんだよ」

 アンダーナイフという組織には上層幹部は居るものの、それと直接関わりを持っている者は少ないという。リーダーがどのような人間か知らないで組織に所属するものや、ただ勝手にアンダーナイフを名乗っている犯罪者も多い。そして、アンダーナイフの大きな特徴としては、その組織内でグループを形成しているということである。それが効率よく組み分けられているのか、適当に形成しているのか、現時点では判明していない。いずれにせよ、一つのグループを捕まえても全体像が見えない、という奇妙な組織形態をしているのである。

――当てるって、お前どこで開催されてるのか知ってんの?

――今度はあそこだよ、スカイタワーの……

――待て

 低い声の男が、突然会話を制止した。キラベスはすぐに魔法陣を消した。

 

 

 

 

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