02

 

 第三隊司令室。

 その中の空気は、重く息苦しいものだ、とデュオは感じていた。

「……ちっ」

 二分おき程度に舌打ちの音。とんとんとんとんとんとん、というつま先で床を叩く音。その二つだけが沈黙を続ける室内に響いていた。

 デュオはなるべく音を立てないように、時計を確認した。リュウに緊急集合通信を送ったのは、十分も前だ。それなのに、来る気配が未だに無い。実際、ソファに座っている女性よりもデュオの方が苛立っているのかもしれない。早く来い、バカエース、と思いながら扉を見ていたその時だった。

 こんこん、と控えめなノックの音。女性がはっと扉に顔を向け、そのまま立ち上がりドアまで歩いた。

「失礼します、あの警察認て」

「こんの、アホ魔術士が!!」

 扉が開かれたと同時に、女性の怒鳴り声が上がった。直後、ごっ、という鈍い音が響いた。

「いっ……つぁぁ……!」

 そこにいた金髪の青年は頭の天辺を両手で押さえてしゃがみこんでいた。目をぎゅっと閉じて今にも泣き出しそうな顔をしている。

「……な、何だ?」

 青年の後ろに立っていたリュウは、目の前の出来事に呆然としていた。それを見て、デュオは「あっ」と声を上げた。

「リュウ、テメェ、何でこんな時間まで集合しなかった?」

「いや、別に」

「マスターのありがたみを知るため、という目的の元です」

 デュオの問いに答えたのはビィ。言われてしまった、とリュウは小さく息を吐き出した。何となく意味がわかったデュオはリュウに向けて少しだけ引きつったような笑みを浮かべた。

「それで、一体何の用だ、デュオ」

 しゃがみこんでいる青年と、それを見下している女性の横を通り抜けて、リュウとビィはデュオのもとに向かった。

「用があるのは、私だ」

「え?」

 後ろから聞こえてきた声に、リュウは振り向く。女性は、ふう、と一つ息を吐いてリュウのほうを見た。それを見た瞬間、リュウの目は大きく開かれた。

「あ」

「久しぶりだな、いつぞやの魔導士くん」

 にっこりと笑う女性を見て、ぽかんとするリュウに対してビィはじっと女性を見ていた。

「リーチェ・ターコイズ刑事」

「おお、名前まで覚えていてくれたか。君も久しぶりだったね。本当にバディだったとはね」

 へー、と感心したように女性――リーチェはビィの全身を観察するように上から下へと見ていた。

「お久しぶりです、刑事さん。それで、用件というのは?」

「ま、それに関してはとりあえず席についてから」

 デュオが促すと、リュウとビィ、リーチェと金髪の青年がそれぞれ接客用ソファに向かい合って座った。

「説明はどうしましょうか。俺からしたほうがいいですか?」

「いや、私からしよう」

 そう言うと、リーチェは書類をリュウの前に置いた。

「実は、君たちに捜査の協力をお願いしたくてね」

「……捜査の、協力?」

 言葉と、目の前の書類に驚きを隠せないリュウはぱちぱちと瞬きをしながら聞き返す。

「簡単に言うと、今回の事件には登録外の魔術士あるいは魔導士、魔法使いが関与している。だから、君に協力を得たいと思っている」

「協力、ですか」

「そう。一応うちには認定魔術士がいるけど、な」

 リーチェは視線だけ隣に座る金髪の青年に向ける。続きを言わないリーチェを不思議そうに見ていたリュウだったが、そのリーチェが視線を送っている方に気付いて同じように視線を送ると、金髪の青年が「えへへ」と後ろ頭に手を当てながら笑っていた。

「……え?」

「紹介しておこう、リュウ。彼は、警察認定魔術士キラベス・ヒドランジアくんだ」

 デュオの声が聞こえてきたような気がする。リュウは首をぎこちなく動かして、デュオの方を見た。

「今、何て」

「警察認定魔術士、キラベス・ヒドランジアです! よろしくお願いします!!」

 慌てて立ち上がり声を上げたのは金髪の青年、キラベス・ヒドランジア。両目をぎゅっと閉じ、深々と礼をしている。リュウは何度も何度も瞬きをして、キラベスを見ていた。

「はああ?!」

「信じられないだろう。わかるぞ、その気持ち。でも、本物なんだよ、これが」

「な、なんですかリーチェさん! その言い方! おれは本当の本当に警察認定魔術士なんですよ、ほら!!」

 そう言ってキラベスはスーツの内ポケットから手帳を取り出し、広げた。そこにあるカードには、大きく『警察認定魔術士』という文字が記されている。リュウは顔面からさあっと血が引くように、冷え切っていくのを感じた。それを見て、リーチェはにやりと笑う。

「……だが、君が感じているようにこの男は頼りない。そうだろう?」

「……申し訳ないですが、そうですね」

「おいリュウ。言っとくけど、彼はお前より立場は上なんだぞ」

 デュオの言葉を聞いて、リュウはばっ、と勢いよくデュオの方を向いた。その表情は、リュウにしては珍しく焦りと驚きが入り混じったようなものになっている。

「当たり前だろ。だって、お前はただの魔導士。現場では指示できねーし、それどころか司令官の指示ないと動けねーし。それに比べてキラベスくんは、パワーランクこそお前より下だが、事件現場では単独行動も指示も可能となる」

「だがな、こいつは信じられないほど使えない。魔術とかいうレベルじゃない。お前は何を警察学校で習ったんだ、とぶん殴って聞いてやりたいぐらいだ」

 デュオが褒めた全ての要素を打ち砕くようにリーチェが言う。リュウからすれば、リーチェの意見の方が正しく思えた。しょんぼりと俯くキラベスと、満足げに頷くリーチェを見ながらデュオは苦笑いを浮かべ、話を進めた。

「まあ、今回の事件に関わっている人物が広範囲・大人数に対する魔術を使ったことや魔術探索になかなか引っかからないことから推定ランクはB以上となっている。だから、お前への協力要請があった、というわけだ」

「B以上……なら、俺じゃなくてもいいんじゃないのか?」

 思っていたよりも低いパワーランクの相手と知り、リュウは表情を曇らせる。B以上の対応ならAやA+の魔導士でもできる。わざわざAAA+という魔導管理局最高ランクのリュウでなくてもいいはずだ、と冷たい視線をデュオに向けた、が、

「いつぞやの爆発の件、私が対応しなければ君らもかなりの処罰があったと思うけど?」

 声は予想外の方から聞こえてきた。びくり、とリュウが肩を震わせて声の方を向けば、リーチェがにやりと勝ち誇ったような笑みを浮かべている。

「まあ、別に君が協力しないのならそれはそれでいいけれど。あそこの修繕費は、全額魔導管理局……いや、君の給料から出してもらえばいいだけだから」

「……なんで俺だけなんだよ」

 リーチェの言う『爆発の件』は実際リュウが何かしたわけではない。主な原因としたらビィとルミナなのである。

「バディの罪はマスターの罪って奴だろ、リュウ」

「それに、あの場に置いて魔導士の責任者となり得るのは君だ。つまり、ルミナ・ガーネリアの行動を制限できる権限があったにも関わらず、行わなかったということは、君があの映画館を破壊したと言っても間違いではない」

「うっ……」

 デュオとリーチェの双方から爽やかな笑みと棘だらけの言葉が放たれる。ぐさぐさぐさ、と言葉がリュウの何かに突き刺さる。

「協力して、くれるだろう?」

 にこり、と笑うリーチェはすっとリュウの前に書類を差し出した。分厚い書類を受け取ったリュウは、苦い笑みを浮かべて頷くしかできなかった。

 

 

 

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