File 05:ドール・コロシアムの罠
01
時刻は午後十一時五十九分。
街の一角、薄暗い明かりがあたりに不気味な影を落としている。
「……こちら、ターコイズ。A班、配置についたか」
場所は街の一角にある『Cafe&Bar:Fe's』。入り口の前で、赤茶色の髪の女性が耳につけているインカムに手を当てながら、通信相手の反応を待っている。女性の周りにいる警官たちが、扉の向こうを睨むように見つめていた。
[A班、配置につきました]
[B班、同じく配置につきました]
「了解。予定通り、始めるぞ」
女性はそう言うと、拳銃を取り出して構えた。それにあわせて、捜査官たちも銃を取り出す。がちゃがちゃ、と物騒な音があたりに響いた。
そして女性は腕時計を確認した。アナログ式の腕時計の秒針が、正確に秒を刻む。
「……三、二、一、突入!!」
秒針が頂点に辿り着いた直後、激しい音を立てて扉が開かれた。
「警察だ! 違法賭博行為の現行犯で全員逮捕だ!!」
女性は拳銃を室内に向けて、大声で叫ぶ。
しかし室内に人影はなかった。ルーレット台やカードゲーム台、スロットといった違法賭博の証拠は残っていたが、すでに関係者には逃げられていたようだった。
「ちっ、逃げられたか……。残っている証拠品から犯人特定の材料を根こそぎ取れ!」
女性は室内にいる捜査官たちに指示をする。それから自身も、室内を見て回り始めた。一歩ずつ店の奥に入ると、照明が消えており、暗くなっていく。目を凝らすが、暗闇のせいで何も見えない。
「この部屋には何が……」
懐からライトを取り出し、目の前を照らす。その瞬間、女性の目が大きく開かれる。
「なっ……、何だ、これは?!」
そこにあったのは鳥かごの形をした大きな檻。その中に、倒れている人の影が二つあった。
「おい、大丈夫か?! しっかりしろ!!」
女性が檻に駆け寄るが、人影からの反応はない。最悪の事態を女性が考えたそのときだった。
「心配しなくても大丈夫ですよ」
背後からの突然の声。女性が振り向くと、そこには仮面をつけた黒いスーツの男が立っていた。
「……お前が、これをした張本人か」
女性は後ろの檻を親指で指しながら男に尋ねる。男は口元をにやりと上げて頷いた。
「違法賭博どころの話じゃねぇな……殺人の容疑で、逮捕する」
「殺人? 私は、誰一人と殺した覚えはありませんよ?」
「なら、この檻の中の二人はどういうことだ」
「簡単な話です。その二人は――人じゃありませんから」
男の言葉に、女性は再び大きく目を開いた。男はすっと右手を上げた。
「お前、まさか……」
「さて、見られてしまったのなら仕方ない」
「おい! お前!!」
男に気付いた捜査官が銃を構える。が、時はすでに遅かった。
白い魔法陣が天井に現れる。直後、周囲は強い光に包まれた。目を背けても、視界は白く染まって何も見えなくなる。
「くそっ……!」
女性は男の方に向かって手を伸ばしたが、何も掴めない。それから、少しずつ意識が遠のいてゆく。眉間に深い皺を寄せて、女性は手を伸ばし続ける。視界は黒く染まった。
それから三日後。
「まさかこんな事態になっているとは思っていなかった」
「はい。こちらも想定外の事態です」
魔導管理局機動部隊第三隊の司令室。デュオはデスクについて渡された書類と、自分に書類を渡してきた接客用のソファに座る女性を見ていた。
赤茶色の肩までかかるほどの髪。黒い瞳はすっとしたつり目で、凛々しいという言葉が似合うような形をしていた。現在、凛々しいその瞳はさらに鋭くなって苛立ちを露にしている。右の太ももを左のそれに乗せて足を組んで、踏まれている左足のつま先から、とんとんとんとん、と一定のリズムを刻み続けている。
「あのバカ、一体何をしている? 一緒に行くならそれでよかったものを……」
「ま、まあまあ。きっと迷ったんでしょう。ここ、わかりにくいですし」
「魔導管理局ごときで迷子になりやがって……これで別行動の捜査するとき、どうするつもりだ」
ち、と舌打ちをしながら女性は呟く。何気なく自分たちの組織を見下したような発言が見られたが、きっと苛立ちから来るものなのだろうとデュオは納得することにした。苛々としている女性を見ながら、デュオは少し呆れたようにため息を吐き出した。
「……っつーか、うちのエースもまだかよ」
その頃。
「マスター、よろしいのですか」
「何がだ?」
廊下をだるそうに歩いているのはリュウ。その隣を、同じ速度でビィがついてきていた。
「デュオ司令官からの緊急集合通信が入っていました。それに対して、この速度で司令室まで行った場合、到着まで五分二十三秒必要となります」
「五分か……ビィ、ちょっとテラスでも行って休憩するか?」
「しかしマスター、緊急集合はどうされるのですか」
ビィの尤もな意見に対してリュウははあ、と大きく息を吐き出した。明らかに、面倒くさそうな反応である。
「たまには、奴にも苦労をしてもらわないといけない」
「奴とは、デュオ司令官のことですか」
「その通り。いつも人をこき使ってばかりの奴だ。たまには俺のありがたみを知ってもらうためにも、こういうことをしないといけないと思う」
簡単に言ってしまえば、ただの八つ当たり。しかしそんなリュウの心理を理解できないビィは、ぱちぱちと瞬きをしたままリュウを見ている。
「マスターのありがたみ、ですか」
「そうだ。俺がいなければ、デュオは何にもできないからな」
にや、と不気味な笑いを浮かべてリュウはビィの方を向いた。と、その時だった。
「マスター、前方に」
「え、うお?!」
「うわあ?!」
どんっ、という音がしてリュウはバランスを崩しかけた。何かにぶつかった、と思いリュウは前を見る。
「いったたた……ああっ、すみませんでした!」
尻餅をついて倒れている金髪の青年。リュウが視線を向けたのに気付いた青年は、はっと顔をあげて慌てて立ち上がろうとする。それを見て、リュウは青年に手を差し出す。
「こちらこそ悪かった。大丈夫か?」
「あ、はい! ありがとうございます!」
リュウの手を掴み、青年はゆっくりと立った。へらり、と柔らかく笑う青年につられて、何故かリュウも微笑んでいた。
「あの、管理局の方、ですよね?」
「あ、ああ」
青年に言われ、リュウは頷く。何故か、嫌な予感を覚えていた。
「第三隊の司令室ってどこにあるんでしょうか? 迷っちゃったみたいで」
えへへ、と笑う青年。リュウは、苦笑いを浮かべていた。