06
翌日午後。
「今日は俺がする」
そう言って探索魔術を発動させたのはロードだった。驚いたような反応をするエコとサイルを見て、ロードはむっと表情を曇らせる。
「なんだよ、お前ら」
「あんた、できたの? なら、何で昨日しなかったのよ」
「できてたら昨日してるっつーの。エコットの言うとおり、常識レベルだからな。勉強してきた」
さらっと言うロードに対してサイルが「はあ?!」と声を上げた。
「おま、昨日のレポートどうしたんだよ?! あんなに大量にあったの、書き上げたのかよ!」
「提出物は期限を守って提出するのが当たり前だろ」
「そうじゃなくって! レポートと勉強同時進行でしたのかって!」
「当たり前だろ」
想像できない領域にいるロードに、サイルは呆然とした。それから、隣にいる成績優秀な学生――エコを見た。
「や、やっぱりエコも、あれぐらい普通なの?」
「えっ、……あ、当たり前でしょ?! だから、馴れ馴れしく呼ばないでって言ってるじゃない!」
エコはロードから顔を反らしてサイルに答える。しかし実際は、レポートが手一杯で他の勉強などできる余裕も無かった。それでも朝見たロードのレポートは自分が書いたものよりもしっかりと書けている印象があった。
「行くぞ。魔術展開! 探索魔術発動、対象物は魔鉱石、探索範囲は二キロ!」
「はあ?!」
ばっと振り向いて、エコはロードを見る。ロッドを剣の状態にして地面に突き刺し、片膝をついているロードの姿があった。
「あんた、バカなの?! 一度も使ったことの無い魔術をそんな風に使ってただで済むと思ってんの?!」
「五月蝿い! ちょっと黙ってろ!」
エコの言葉をさえぎってロードは怒鳴り、それから目を閉じた。その直後、黄色い魔法陣がロードの足元に展開される。
「……すげ」
素直に感想を口に出したのはサイル。瞬きをしながらロードの展開した魔法陣を見つめていた。先日リュウが出したものとほぼ同じ形の魔法陣は、少しずつ大きくなってふっと消える。
「ロード、すげーじゃん! 普通に探索魔術できて……、ロード?」
反応の無いロードを、サイルは不安げに呼ぶ。その不安は、的中した。
ロードの体はふらりと傾き、そのまま地面に倒れた。
「ロード?!」
サイルとエコは慌ててロードに駆け寄る。サイルがロードの体を起こすと、目を閉じたまま反応が無かった。
「ろ、ロード?! ど、どうしよう……!」
「落ちつけって、エコ。大丈夫、息してる」
「……ほ、本当?」
震える声でエコはサイルに尋ねる。そんな風にしてれば、普通にかわいいのに、と思っていても今は口に出す場合ではないと思ってぐっと飲み込んだ。
「サイルさん」
突然、目の前から声がした。視線をエコから前方に向けると、ビィの紅い瞳がそこにあった。
「おぉお?!」
「ロードさんの状態を確認します。こちらへ」
「あ、はい」
驚きの声を上げても一切動じないビィにつられて、サイルもすぐに落ちつくことができた。ビィはロードの上半身を支えてじっと見つめていた。
「身体損傷なし、心拍、呼吸ともに安定状態、意識障害も見られませんが、魔力波動が不安定な状態です」
「あの、少し休ませたほうがいいと思います。おれ、救護室まで運びますよ」
「問題ありません。私が運びます」
そう言うと、ビィはロードの腰と肩をしっかりと支えて立ち上がる。細い体で支えられるのか、と不安に思っていたサイルとエコだったが、立ち上がりに不安定さはまるで見られなかった。
「サイルさん、エコットさん。お二人は、マスターからの指示を続行してください」
そしてビィはすたすたとその場から去った。
「ロード、起きてたら大変な状態だったろうなあ」
「……バカじゃないの」
それからリュウが戻ってきて、その日の実習はそのまま終了となった。リュウはすぐに救護室へと向かい、ロードの状態を確認した。
「全然心配いらないわ。ただちょっと無理しただけで、今日休めば明日から普通に実習させても問題ないわ」
にっこりと笑うセイレンの言葉に、リュウはほっと胸をなでおろした。
「すみません。俺の指示不足で、こんなことに……」
「大丈夫よ。ま、リュウの学生時代に比べればこれぐらいかわいいものだと思うけどね」
にっこりからにやにやとした笑みに変わるセイレンの言葉に、リュウは苦い表情を浮かべる。
「……いろいろと、すみません」
この組織には逆らえない人が多いなあ、と思いながらリュウは救護室を出た。そのとき、
「エコット?」
「あっ」
入り口のそばにいたのは、エコ。リュウが出てきたのを見て、はっと目を開いて、わかりやすいほど驚きの表情を浮かべている。
「どうした? ロードの見舞か?」
「そ、そんなのじゃないです!」
「そうか。ロード、今日休めば明日から復帰できるらしいぞ」
ぴくり、とエコの肩が震えた。知りたかった情報はどうやらこのことだったらしい。素直じゃないな、と微笑ましくリュウがエコを見ていると、エコはゆっくりとリュウのほうを向いた。
「……先生。ロードが、無理をしたのは……やっぱり、私のせいじゃないか、って思うんです」
「お前のせい?」
「私が、彼を挑発するようなこと、言ったから……。だから、使ったことも無いような探索魔術を、広域で使おうとしたんだと、思うんです」
「どうだろうなあ」
エコの真剣な声に対し、どこか軽い返事をするリュウ。眉間に皺を寄せ、睨むようにエコはリュウを見た。
「あいつは自分の限界を知らなかっただけだろ」
「だから私は、言ったんです。そんなことして、ただじゃすまないって」
「言ってもわかるような奴かと思うか、ロードって」
考えるよりも先に、エコの口は動いていた。
「絶対わからないです」
「まあ、その通りなんだろう。だから、今回はいい学習になったわけだ」
「……そんな学習方法で良いんですか?」
不満げにエコはリュウに尋ねた。本人はポーカーフェイスを気取っているつもりなのだろうが、実際は感情が表に出ている。それもまた、微笑ましく思いながらリュウは答えた。
「痛みを知るから転ばないように走れるようになる。小さい頃、そんなことなかったか?」
「それと、これは」
「同じだ。それに、これぐらいの痛みで自分の限界を知れて、良かったと思うぞ、俺は」
ふ、と笑うリュウの瞳はどこか悲しい。そんな風に、エコには見えたが、真意はわからない。
「今は静かに休ませておけ、ってことだからお前も戻れ。また明日のレポートもあるからな」
「……わかりました。失礼します」
しっかりと礼をして、エコはリュウに背中を向けて去った。