04
昼休憩の時間。ロードはぐったりした表情で訓練所の廊下をふらふらと歩いていた。
「あー……やってられねぇ……。何であんな雑用三昧なんだよ……」
そしてやっとの思いで教室にたどり着いたロードは、ふらつく足で室内に入る。が、
「……えっ?」
エコとサイルが机に突っ伏してぐったりとしているのを見て、ロードは足を止めた。それから、恐る恐る二人に近づく。
「……だ、大丈夫か?」
「この様子を見て大丈夫に見える?」
異様に低い声でエコが答える。ゆっくりと顔をあげたエコの表情は、疲れと苛立ちで少女らしさのかけらが全く無かった。しかし、ロードを見たエコは少し驚いたように目を開いた。
「あんた、大丈夫? やけにやつれてるけど……」
「第三隊の司令室の大掃除して、それからブリッジと情報管理部の往復。文献探しに書類のコピーさせられたからな」
「うっわー……ロードも大変だったんだなぁ……」
そこでようやく、サイルが顔をあげた。笑顔を取り繕っているものの、疲れが見える。声もいつもより張りのないものだった。
「おれは通信訓練。でも全然できなくって、『グリーン選んでてそれはないっしょー』とか、『えー、しょっぼーい』とか……あれは言葉の暴力……」
「あんたたち、まだましよ。管理局の外周十周よりは」
エコの口から出てきた単語に、男子二人はびくりと反応した。
「……じゅ、十周? マジで?」
「マジよ、マジ。信じられない、今時あんな熱血あるの? しかも、隊長とけんかし始めて」
思い出しただけで頭が痛い、とエコは再び机に突っ伏した。同情の眼差しをエコに向けながら、ロードは大きく息を吐き出す。これで今日何回目だ、と思いながら。
「……俺、トイレ行ってくる」
ここにいたら余計気分が落ち込む。ロードは二人にそう言って教室を出ようと扉を開けた。
「わっ、わああ?!」
突然のロードの悲鳴。何事か、とサイルとエコが扉の方を見ると、ロードの一歩手前にビィの姿があった。ちょうどロードと同じタイミングで教室に入ろうとしていたらしい。混乱するロードに対し、ビィは無表情のままじっとロードを見つめていた。
「ロードさん、貴方たちにマスターからの伝達があります」
「は、はい!」
「休憩終了後、午前と同じように中庭に集合するように、とのことです」
「わ、わっか、りま、した!」
声は裏返り、顔は真っ赤。わかりやすいロードの変化に、サイルは生ぬるい視線を送る。
「それでは、失礼します」
ぺこり、と深く礼をしてビィは廊下を歩いてリュウのもとへと戻った。ロードはぼんやりとした表情でその背中を見送っていた。
「……わっかりやすいなあ、ロードって」
「バカみたい。相手はドールなのに」
にやにやと笑うサイルに対して、エコはむすっとした顔と口調できっぱりと言った。そんな二人に気付いていないロードは、まだビィの背中を見つめているのだった。
休憩終了後、ロードたち三人は朝集合したときと同じ場所にやってきた。そこにはすでに、リュウとビィの姿があった。
「よし、全員集合したな。じゃあ、午後の実習を開始する」
「はい!」
リュウの言葉に、三人はそれぞれ元気よく返事をする。が、午前のことを思い出して不安になったエコは手をあげた。
「先生」
「何だ、エコット?」
「午後の実習内容を教えていただいてもよろしいでしょうか」
質問をしたエコに、ロードとサイルは心の中で賞賛の拍手を送った。また午前のような雑用や暴言の嵐に巻き込まれたくない二人にとっては、午後の実習内容はとても重要なものなのである。
「そうだな。ここで説明するより現地で説明した方が早いから、とりあえず移動するぞ」
「えっと、じゃあ、午後の実習は先生も一緒ですか?」
「ああ」
頷いたリュウを見て、ロードは瞳を輝かせた。憧れの魔導士であるリュウと一緒に訓練することができるとあって、気持ちが高揚している。
「それじゃあ移動するぞ」
「はい!」
リュウとビィが先に行くのを、ロードが先頭に学生三人がついて行く。一歩先をゆくリュウを見つめていたロードだったが、ふと視線をずらすとビィの姿が見えた。瞬間、ロードの顔が真っ赤に染まる。
「なんかさあ、ロードって見てて面白いよなあ」
「鼻の下伸ばして、アホみたいな顔」
後ろではサイルがにやにやと笑い、エコはむすっとした表情でロードを見ている。エコの言葉を聞いたサイルは、視線を今度はエコに向けた。
「はっはーん、もしかしてエコってば嫉妬?」
「はあ?! あんた、バカじゃないの!! っていうか、なれなれしく人の名前を呼ばないでって何度言えばわかるわけ?!」
怒りを露にして、エコはサイルに怒鳴る。しかし怒鳴られたサイルはへらりと笑ったままで、気にしていない様子である。エコの声に気付いたロードは、呆れたようなため息を吐き出しながらゆっくりと振り返った。
「お前ら、何してんだよ」
「いやー? エコがやきもち妬いちゃっててさあ」
「妬いてないわよ! こんなヤツに、妬くほど私は餓えてないわよ!!」
「こ、こんなヤツ?! なんだよそれ!!」
「こらー、お前らー。実習中だぞー」
ロードとエコの口争いが始まろうとしたそのとき、リュウがやんわりと二人に注意をした。事情がよくわからないリュウは、二人を見て微笑ましい視線を送る。隣のビィはじっとリュウの顔を見つめていた。
「マスター、何故そのような表情をされているのですか」
「いやあ、なんか若いなあと思ってな」
「実際、彼らの年齢はマスターよりも十二歳下です。年齢の違いを感じるには妥当な差であると考えられます」
「……現実を突きつけるなよ、ビィ」
ビィの言葉にリュウはがくりと頭を落とした。そんなに俺も老けたのか……と少しだけ悲しく思いながら。
それからしばらくして、一同は訓練所から少し離れた平地に到着した。周辺には建物や木などもなく、これから工事が行われるような広い場所だった。リュウが足を止めたのを見て、隣にいるビィも学生たちも足を止める。
「先生、ここが目的地ですか?」
「ああ。ここで、今から実習を行う。今から行うのは、魔力波動の探索だ」
「……魔力波動の、探索?」
ぽかん、とした表情でサイルがリュウの言葉を繰り返した。ロードとエコもぱちぱちと瞬きをして、驚いているようだった。
「そんな驚くことでもないだろ? これも立派な仕事の一つだ」
「でも、魔力波動なら本部でも探索可能では?」
エコが不思議そうに、というよりは不満そうにリュウに尋ねる。わかりやすいエコの態度に、リュウは苦笑いを浮かべながら答える。
「確かに本部からの探索も可能だ。だが、一瞬だけ反応があるものや微弱なものに関しては実際に現地に行って探索する必要がある。じゃあ、ここで質問だ」
にこ、とリュウが笑いながら三人を見る。瞬間、三人の表情が引きつった。
「魔力波動が一瞬だけあるものや微弱なもの、この原因は何だ?」
「はい!」
「じゃあロード」
リュウの質問にすぐ手を挙げたのはロード。
「魔獣の反応です。種類によっては高速移動も可能な魔獣もいるからだと思います」
「うん、正解。だが、それ以外の原因はないか?」
「えっ」
自信のあった回答に対し、それ以外のものを求められるとは思っていなかったロードは言葉を詰まらせる。そのとき、ロードの隣に立っていたエコが手を挙げた。
「エコット」
「魔鉱石の存在があると考えられます。あるいは、魔鉱石と魔獣の接触です」
「その通り」
ぱちぱち、と拍手をしながらリュウはエコに言う。エコは喜んだ様子も一切見せず、むしろ、当然であると言うような態度だった。
「つまり、今からするのって魔鉱石の探索ですか?」
「おお、ナイス推測だなサイル。その通りだ」
「え」
その通り、と言われたサイルは表情をさらに引きつらせた。
「今から、ここから半径二キロの魔鉱石の探索を行う。ただし、お前たちが動いていいのは、ここから半径五メートルの範囲のみだ」
「……え?!」
リュウの言葉に、ロードが大声をあげた。目を大きく開き、ぱちぱちと瞬きをしている。エコがむっと表情を曇らせて反論する。
「あの、先生。私たちの中に、黄のカラーコードはいないのですが」
「それぐらい把握している。だが、それが何か問題なのか?」
「何か問題って……」
「カラーコードはあくまでその魔術士・魔導士が得意として優先的に使える色のことだ。だから別にカラーコードにこだわる必要はない。同じ魔術士なら使えるカラーコードが多いほうがいいだろ?」
言いながらリュウはロッドの先端を地面に向ける。
「魔術展開」
すると、ロッドの先端の先にある地面に魔法陣が現れる。色は、普段リュウが使う黒ではなく黄色く光るものだった。学生三人はその光景を見て大きく目を開いた。
「……すごい」
「探索対象魔鉱石、範囲半径二キロ、探索魔術発動」
瞬間、円はすっと大きく広がって消えた。ゴッ、という小さな音がして、足元に土煙が生じた。
「探索完了。……と、言うわけで俺は一応探索したからそれなりに正確な魔鉱石の数を把握している。今から三人で協力して、魔鉱石の探索を行うように」
「三人で協力、って……」
エコはちらりと視線をロードとサイルに向ける。
「時間はそうだな……午後の実習が終わるまで。三時間後、俺が来るまでに探索しとけよ」
「え?! 先生、どこか行かれるんですか?」
てっきり午後はマンツーマンで実習ができると思っていたロードは慌てて尋ねる。
「これでも仕事はいろいろあってな。あ、ちゃんと動ける範囲は守れよ? あとビィ、三人がさっきの条件を守っているかどうかの観察と指導をしておいてくれ」
「了解しました」
ビィが返事するのを聞くと、リュウはさっさとその場を去ってしまった。