03
なんだかんだあって、一ヵ月後。
「……うっわー、やっべー、緊張するー……ビィ、あと何分だ?」
「十五分四十二秒後です」
「十五分後か……」
「マスター。この問いは二十五秒前にもされていましたが、どのような意図があるのでしょうか」
「あー、やばい、どうしよう、ビィ、あと何分だ?」
「十四分五十三秒後です」
「あー、どうしよう、緊張する」
そわそわと周辺を歩き回るリュウを、ビィは無表情のまま追いかけていた。全く会話が成り立っていない異様な光景を、近くを歩いている管理局の関係者たちは不思議そうに見ていた。
「マスター。心拍数、発汗量、ともに上昇しています。身体状況に何か以上が発生しているのでしょうか」
「あー、ビィ、あと何分」
「リュウさん!!」
何度目か数え切れないほどの質問をリュウが繰り返そうとしたそのとき、リュウの名を呼ぶ少年の声が響いた。リュウははっと顔をあげて、ぴたりと歩くのを止める。
「おはようございます! リーダーのロード・ダンデリオンです!! 本日からの実習、よろしくお願いします!!」
「あ、ああ……よ、よろ、よろしく」
期待いっぱいの表情をしているロードに対し、リュウは混乱したような表情を浮かべている。その光景を見て、エコが呆れたようなため息を吐き出す。
「これじゃ、どっちが実習生かわからないわね」
「あはは、なんか面白そうじゃん」
「……本当にあんたって単純能天気でいいわよね。その思考回路、羨ましいわ」
「ま、それはいいとして。リュウ先生、本日からの実習お願いしまーっす。サイル・アーネットでーす」
へらり、と笑いながらサイルはロードの隣に立って挨拶をする。それを見て、慌ててエコもサイルの隣に立ち、礼をする。
「エコット・サフィーアです。これから、よろしくお願いします」
「あ、ああ……教官のリュウ・フジカズだ。それと、こっちは」
「リュウ・フジカズのバディ、ベリー・オブ・ブラックです」
「よろしくお願いします!!」
これからどんな実習が始まるのか、期待しているのはロードだけではなくサイルもエコも同じだった。特に、魔導管理局でも最強、と言われているAAA+ランクの魔導士から直接指導を受けられるということもあって、どのような内容なのか、厳しい内容なのか、それとも優しいのか、と期待は膨らむばかりだった。
そして、その期待はリュウにもひしひしと伝わってきていた。
「……ものすごく期待しているみたいだが、お前ら、一体どんな実習だと思ってる?」
「前回は先生がずっとついて、管理局の施設内の見学だったり、何回かは外で魔術の練習をしたり、あとは話を聞かせてもらったり、って感じだったんで、そんなノリかと」
「なるほどなあ……」
「それで、先生。今日は一体、どのようなことをするんですか?」
エコが尋ねると、リュウはうん、と頷いて答えた。
「ロード、お前は第三隊のデュオのところに行け。エコットは第一隊レンのところ、サイルは第二隊、ルルーノのところに行ってこい」
「……え?」
リュウの答えを聞いて、エコは疑問符だらけの声を上げた。ロードもサイルもぽかんとして、瞬きをしていた。
「話はつけてある」
「……あ、あの、実習、は」
「そこで実施する。ほら、さっさと行かないと怒られるぞー」
ぱんぱんと手を鳴らしてリュウは三人を行かせようとする。不安げな表情の三人は、互いの顔を見たり、リュウの顔を見たりを繰り返し、諦めたようにそれぞれの場所に向かった。三人の背中が遠ざかったのを見て、リュウは大きく息を吐き出した。
「あああ……緊張した……」
「マスター。何故、それほどまでに緊張状態にあったのですか」
「……今思ったんだが、ビィ」
「はい」
ビィの質問に答えず、リュウはビィの顔を見る。
「最初からお前にさせておけばよかったんじゃないのか、説明とか」
「給料泥棒ですか、マスター」
「以上。それではチームで、任務に行って来い」
「あ、あの、デュオ先生、質問が……」
第三隊のブリッジでは、デュオが実習に来た三人の学生に魔獣討伐任務についての説明を終えて、自分の仕事に戻ろうとしていた。学生たちは戸惑ったようにデュオを呼び止めると、デュオは不思議そうな顔をして学生を見る。
「デュオ先生は、現地に来られないのですか……?」
「俺? 俺が行ってどうする」
「で、でも、実習担当の先生ですから……」
「それ以前に、俺は司令官だぞ? 安心しろ、お前らの行動はここからしっかり見てるから、評価は適切につけてやるぞ」
にっこりと笑い、デュオは司令官の席につく。ここから一歩も動かない、というデュオの意思が学生たちに嫌と言うほど伝わってきた。学生たちははあ、と息を吐き出してブリッジをあとにした。
「……お、お疲れ」
一連の流れを見たロードはすれ違う学生たちに挨拶をしたが、学生たちはぐったりとした表情を浮かべるだけで返事はなかった。
「ん? お前は?」
学生たちを見送っていたデュオはぼんやりと立っているロードを見て、声をかけた。ロードは慌てて背筋を伸ばした。
「リュウさん……じゃなくて、先生に言われて……。ほ、本日の実習、よろしくお願いします!」
「おー、お前がロードね。あー……確かに黒って感じじゃねぇなー……」
「……ん?」
最後の方はほとんど聞こえないように呟いたデュオの言葉であったが、ロードの耳には届いていたようだった。それをごまかすように、デュオは咳払いしてロードに向かって手招きをした。ロードは慌てて、ブリッジに入ってロードのそばに立った。
「あの、デュオ先生。本日の実習は……」
「部屋の片付け」
デュオが指さしながら指示をする。ロードは視線をデュオが指さしたほうに向ける。そこにあるのは、司令室。
「……かた、づけ?」
「そうそう。ここ連日なあ、上の会議が続いてな。まともに書類の片付けできないままになってるんだよなあ」
「……か、た、づけ?」
何度も瞬きをしてロードはデュオに尋ねる。デュオはしっかりと頷いた。
「じゃ、よろしくな。ファイルはそれぞれ用意してるから、その中にまとめといてくれ。終わったら呼んでくれよ……っと、こちら第三隊、クローヴ。どうした?」
適当に説明した後、デュオは通信の対応をし始めた。そのまま放置されてしまったロードは、呆然とした表情で仕事をしているデュオのそばに立っていた。どうすればいいのか……とロードが悩んでいたそのとき、デュオは顔を動かさないままで人差し指を再び司令室に向けた。さっさと行け、という意味である。
「……わかりました」
先ほどすれ違った学生たちの気持ちがわかる、と思いながらロードはとぼとぼと司令室に入った。
「なっ?!」
仕事用のデスクの上だけではなく接客用のテーブル、ソファの上にも書類は散乱していた。想像していた以上にひどい状態だった。ロードは扉をしっかりと閉め、大きく息を吸った。
「学生は雑用じゃねえんだよ、チクショー!!」