02
一方の魔術指導訓練所。
「えーっと次のチームはー?」
通常授業を終え、実習のオリエンテーションが行われている。チームの発表はすでに行われており、現在、ミリーネと学生との打ち合わせが行われていた。
「よ、よろしくお願いします!」
面談室に入ってきたのはロードとサイル、エコの三人だった。がちがちに緊張したロードが大声で挨拶し深く礼をする。その後ろでへらりと笑ったサイルが「よろしくお願いしますー」といつも通りに挨拶し、エコもいつもと変わらぬ無表情で小さく会釈をした。
「はいはい、入ってちょうだい。えーっと、チームメンバーはエコット・サフィーア、サイル・アーネット、ロード・ダンデリオン、の三人ね。それで、三人の担当教官ですが……」
ミリーネが書類に視線を落としながら言う。担当教官、という言葉にロードだけではなくサイルとエコも固唾を飲んで待った。
「機動部隊第三隊所属魔導士、リュウ・フジカズです」
「ほっ、本当ですかっ?!」
ロードは大声を上げ、ミリーネに顔を近づける。想像以上の勢いに、ミリーネの上半身は反射的に後ろに下がった。
「ここで嘘言ってどうするのよ」
「しかし、リュウさんはAAA+の魔導士ですし……」
興奮するロードに対して、冷静に聞き返したのはエコだった。AAA+という上位ランクを持っていて忙しいのに、実習担当なんかできるのか、と言いたいのがエコの発言からミリーネは読み取った。
「大丈夫よ。あいつ、AAA+とか言って、ただの給料泥棒だから」
「給料泥棒って……」
ミリーネが笑いながら言うのを見て、サイルは苦笑いを浮かべて呟いた。
その頃、第三隊のブリッジでは。
「っくしょっ」
「おや、風邪ですか、リュウ?」
「あー……?」
不思議そうな顔をして尋ねるレオンは、リュウの顔を見る。リュウは鼻をすすっているが、風邪をひいている様子は見られない。
「まさか、またミリーネの奴がなんか言ってるんじゃないのか?」
「はは、羨ましいですね。ミリーネ通信士の話題に上がるなんて」
「……お前、ちょっと趣味疑うぞ」
笑いながら言うレオンに向かってリュウは真剣な表情で言った。しかしレオンは気にしていない様子で、爽やかな笑顔のままだった。呆れたリュウはレオンを無視して、ブリッジ内を見渡してデュオの姿を探した。が、その姿は見当たらない。
「我らが司令官様サマはどこ行きやがった? 報告書を提出してやろうと思ったんだが」
「ああ、ここじゃ集中できない、とかなんとか言って、三時間ほど前から司令室に引きこもっていますよ」
集中できない、という言葉で思いつくことはただ一つ。リュウは肺の中の空気を全て出すような勢いで大きく息を吐き出し、ずかずかと司令室に向かって歩き始めた。その背後を、ビィがついて行く。
「マスター、デュオ司令官が司令室に引きこもっている理由がわかったのですか」
「ああ」
ビィの質問に短く答えると、リュウは司令室の扉の前に立つ。それからロッドを扉に向けて、思い切り息を吸った。そして、
「魔術展開!!」
「はあ?! ちょっと待てリュウ?!」
大げさに叫んだリュウの声を聞いて、扉の向こう側から慌てたような声が上がる。そして、扉が開かれた。
「司令室に向かって魔術展開って、何考えて」
「五月蝿いバカ」
ごっ、という鈍い音が耳に届いた瞬間、デュオは頭頂部に強い痛みを感じた。リュウの持っていたロッドの先端は、デュオの頭にぶつけられている。
「っ、あぁぁぁぁっ……!」
喉に何かが詰まったかのような、苦しい悲鳴を上げながらデュオはその場にしゃがみこんだ。リュウはふん、と鼻から大きく息を吐き出し、デュオを見下している。
「っざけんなよ、リュウ……! ロッドで殴る奴がいるか……!」
頭を手で押さえながらデュオは苦しげな声でリュウに言う。しかしリュウはロッドをぶんぶんと振り回しながらデュオを見下したままだった。
「ふざけてんのはどっちだ。仕事サボって実習の準備とか、俺という部下がありながらよくできたな」
「あ、ついでに私も実習担当なのですが」
引きつった笑みを浮かべながら言うリュウの後ろから、顔をのぞかせたのは、レオン。レオンもまた、ミリーネに頼まれて実習担当をしている。つまり、部下二人も自分と同じような状況でありながら、デュオは自分だけ仕事をサボって実習の資料を読み込んでいたのだ。
「いや、まさかとは思いましたね。しかし、デュオ司令官ともあろう方がそんなことをされるとは思っていなかったので、何も言わなかったのですが……」
「うっわー、部下の信頼を裏切るとかサイテー」
「勤務中に行うべき行為ではないと判断できます」
「ビィまで言うなよ……」
レオン、リュウ、ビィのそれぞれから口攻撃を受けたデュオはがっくりと肩を落とした。
「いいか? 俺は、司令官だから忙しいわけだよ。司令席でただ座ってるだけと思うなよ? あそこに座っている間はずっと作戦の修正変更を脳内で行ってるわけだし、他の部隊との連絡調整もしなくちゃいけないし、大変なんだぞ? お前ら一回司令官やってみろよ!」
「先程私はしましたけどね、司令官代行」
レオンの一言で、デュオの最後の砦は完全に崩れ去った。リュウは完全に呆れた顔をしてデュオを見ている。
「まあ、いい。とりあえず報告書だ。目標の魔獣は全部討伐した」
「あ、ああ、ご苦労」
「じゃあ、俺は実習の準備に『集中』するために自室に戻らせてもらう」
書類をデュオに渡したリュウはにっこりと穏やかな笑顔で言う。つい数十分前に、自分が言ったものと全く同じ言われ方をしてしまったデュオは、表情を引きつらせた。
「AA以下の事件で人手が足りてるのに俺を呼んだらどうなるかわかってんだろうな、司令官サマ」
ロッドはそのままにした状態で、デュオに向かって言ったあと、リュウはビィと共に部屋に戻った。その背中を見てデュオははあ、と大きく息を吐き出した。
「恐ろしい部下がいたもんだなあ」
「そんなことより、早く仕事に戻ってくださいデュオ司令官」
同意を求めようとデュオがレオンに視線を向けるが、そこには自分の持ち場に戻るレオンの背中しかなかった。
「……俺、もうちょっと部下に優しくされてもいいと思うんだけどな」
ぽつり、と零したデュオの呟きは、誰にも届かなかった。
「信じられない。何で私が、『ストレンジ・ブラック』と、学年の低レベル男と同じチームなの」
「わーお、目の前で低レベルとか言われちゃったぜ! どうする、『ストレンジ・ブラック』?」
「うっせぇ、お前らまとめて後で殴る」
ミリーネとの打ち合わせを終えた帰り。右に不満げに視線を合わせようとしないエコ、左にへらへらと笑いながらも自分をバカにするサイルという最悪の状況で、ロードは怒鳴らず暴れずという状態を保っていた。
「あ、そういえばおれたちのチームリーダーって、どうするんだ?」
まるで他人事のようにサイルが話を出した。ロードとエコはじっとサイルを見る。
「こういうのは、言い出しっぺがするもんじゃね?」
「えー、やだー。だって、おれってリーダーって柄じゃないじゃん?」
はっきりというサイルに対し、ロードとエコは同時に「ああ……」と納得したような声をあげた。
「おれ的には、ロードが良いと思うんだけど」
「……は?」
サイルの口から出た自分の名に、ロードは驚きの声を上げる。隣のエコも、驚いたように目を大きく開いていた。
「エコにリーダーは無理でしょ。だから、ロード」
「なれなれしく人の名前を呼ばないで。あと何で私にリーダーができないって言うのよ?」
「え? だって、本人たちの目の前で低レベルとか言っちゃってテンション下げちゃうからでしょ」
にっこりと笑いながら言うサイルだが、言葉には毒のようなものも入っているように、ロードには感じられた。しかし、サイルの言うとおり、周りのテンションを下げるような発言をしてしまうエコにリーダーが務まるようには思えない。が、
「俺もリーダーって柄じゃないんだけど」
「消去法よ。諦めなさい」
ふん、とそっぽを向きながらエコはロードに言い放った。消去法、と言われてロードは苦い表情を浮かべるしかできない。
「ま、よろしくな、ロード。いいじゃん、リュウさんといっぱい話す機会があるんだし」
サイルはぱんぱんとロードの肩を叩きながら言う。リュウさん、という単語を聞いてやる気が失われていたロードの瞳から、輝きが復活した。
「そ、そうだな! じゃあ、お前ら、俺について来いよ!」
「わー、頼もしいなあ」
「……単純」
ノリノリになったロードを見て、サイルはにこにこと笑ったまま。エコは呆れたように、ため息混じりに呟いたのだった。