File 04:教官、リュウ・フジカズ
01
「……はあ? 何て言った、ミリーネ」
第三隊のブリッジで、リュウは呆然とした表情を浮かべてミリーネに言った。ミリーネは視線をリュウではなく目の前にあるモニターに向けたままで答えた。
「だから、実習担当になってよ。あんた、どうせ暇でしょ」
「……俺の労働状況を知っていてよく言えるな」
「やってくれるでしょ、リュウ?」
そこでようやく、ミリーネはリュウを見た。目を細めて微笑んでいるミリーネを見て、リュウはむっと表情を曇らせた。
「何で俺が」
「私が教官してるのに、同級生のあんたがしないわけ? 給料泥棒かAAA+」
「どこが給料泥棒だ。むしろ特別手当を貰いたいぐらい働いてるんだよ、こっちは。大体、させるなら俺よりもデュオにさせれば」
「させてるわよ」
リュウの言葉に重ねるようにミリーネが言う。予想していなかったことに、リュウはぱちぱちと瞬きをした。
「マジか」
「マジよ。証拠はあそこ」
そう言ってミリーネは司令官席を指差す。そこに、書類や本を片手に真剣な顔をしているデュオの姿があった。
「……何をどうしたらあの面倒くさがりが動くんだ?」
「それもこれも愛よ、愛」
まるで愛が含まれていないような淡々とした口調でミリーネが言った。ミリーネとデュオを見比べたあと、リュウは諦めたようにため息を一つ吐いた。
「わかった。やればいいんだろ、やれば」
「さっすがリュウ! わかってくれると思ったわ。ありがとう」
ぱん、と手を叩きながらミリーネは言うと、どこからとも無く十冊ほど本を取り出した。
「はい、これ。実習担当のマニュアルね。あと、書類はまた部屋に届けとくから」
久しぶりに見た同級生の満面の笑みに、リュウは顔を引きつらせた。
「……お前は鬼か」
「で、あるからして、ここの公式に当てはめて解を求めることが可能となります」
魔術指導訓練所では、座学の授業が行われていた。ロードはぼんやりとスクリーンに映し出される数式と、それを教える教官を見つめていた。
「……やけにぼんやり気味だな、ロード」
「あ?」
ロードの隣の席に座るサイルのからかうような声に、ロードは不機嫌そうに返す。
「ほら、さっきから頬杖ついちゃってさ。何? 恋煩いとか?」
にやにやと笑いながら尋ねるサイルにロードは大きくため息を吐き出す。
「はぁ? それよりお前、当てられるぞ」
「え?」
「サイル・アーネット。ここの解を求めなさい」
「へっ」
授業など全く聞いていなかったサイルは高い声を上げた。その声を聞いて、教室内に小さな笑い声が生じる。呆れたロードは、サイルの手元に一枚の紙を置いた。そこに記された答えをサイルはそのまま言った。
「あ、えーっと……、x=3、です?」
「正解。では、次の問いを……」
教官が違う学生を指名したのを見て、サイルはほっと息を吐いた。
「サンキュ、ロード。助かったぜ」
「学籍番号順で当たるのわかってただろ。よくノーガードで人にちょっかいかけようとしてきたな」
「悪い悪い。で、何か悩みなのかロードくん?」
「隣の席でちょっかいかけてくる奴がうっとうしくてしょうがないのが悩みだ」
「ん? それって、誰のこと?」
にっこりと笑いながら聞き返すサイルを見て、ロードは同情と憐れみの目をサイルに向けた。
第一期実習を終えた学生たちは、再び座学と校内演習の日々を送っていた。実習で自身の力の程度を知った者、カラーコードの適性を知った者、学習の不足や新たな知識を知った者、と、それぞれの思いを抱きながら授業を受けている。
ロードはぼんやりとした表情のままで先日の実習のことを思い出していた。希望のカラーコードである黒の適性に関しては問題が無く、評価は本人が思っていたよりも良いものだった。実際に黒の魔術を学んで、使いにくさも強く感じたが、それ以上に使いこなせた達成感を強く覚えた。今後の実習でも活かしたい、と思っていたロードだったが、
「次……か」
ロードはちらりと視線を隣に向ける。人にぼんやり気味と言っていたサイルだったが、本人はまぶたが閉じないように目を開こうとしていた。それを見て、ロードは小さくため息を吐く。
「やっていけるのか、こいつと……」
次の実習。ロードのチームメートの一人は、隣で睡魔と格闘しているサイルなのである。
サイル・アーネット。前回の実習ではそこそこの成績を修めたとされているが、学業成績は下の上。ペーパーテストでもロードより悪い点を取っている。現状の授業態度を見ていると、頼れるような存在ではない。
そしてロードの不安はもう一人。視線をサイルから別の人物へ向ける。一番前の席でじっとスクリーンを見つめている水色の短髪の少女。
エコット・サフィーア。学内でも成績優秀で有名な女子学生である。しかし、前回の実習での評価は周囲の予想よりもはるかに悪いものだった。その原因としては、彼女が単独行動に走りがちなことにあった。魔術の制御能力は周囲に比べて長けているが、協調性はまるで無かった。その上、周囲に対して上から目線でバカにしたような態度が見られた、という同じチームだった学生から話もある。
「……サイルに、エコットか」
はあ、と困ったようにロードは大きく息を吐き出す。隣でサイルは完全に熟睡していた。
「殺意すら湧くぞ、この労働環境」
はあ、と怒りを含んだため息を吐き出したのはリュウ。現在、外で任務が終了したというところである。
「マスター、任務完了です」
「ああ。本部に連絡頼む」
「了解しました」
ビィが頷いて返事をしたのを見て、リュウは空を見上げる。青い空に白い雲が何個か浮いていて、風でゆっくりと動いていた。このままピクニックにでも行ったら気分が良いだろうな、と思ったリュウだったが、自室に置いてきた書類の山を思い出してその考えを払った。それ以前に、ピクニックに行く相手もいないだろ、と内心自分にツッコミを入れる。
「マスター、上空に何かありますか」
連絡を終えたビィが、リュウの隣に立って同じように空を見た。ビィにとっては、何の異常も無い空に見えるのだろう、と思いながらリュウは視線をビィに向けた。
「いや。ただ、いい天気だな、と思ってな」
「上空の状態から判断すると、この地区の降水確率は20%と推定されます」
「……なんか、すごく現実に戻された感じだな」
目を細めて微笑みながら、リュウはビィに言う。ビィはリュウの表情の意味が読み取れず、首をかしげていた。
「本部のレオン副通信士から帰還するようにとの命令がありました」
「了解……ってレオン? 何で、レオンからの命令?」
ビィの報告に、リュウはぱちぱちと瞬きをして聞き返した。現在、第三隊の主通信士であるミリーネは授業で抜けているため、通信をするのが副通信士のレオン・S・ローゼンであることはリュウもわかったが、命令をするのは司令官であるデュオのはずである。
「……まあ、いい。じゃあ、本部に戻るぞ」
「了解しました」
深く考えることはやめてリュウはビィと共に本部へと向かった。