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五十二

 

 

 

「はあ……透様、素敵だわ」

 うっとりとした声を上げて掲示板に張られている新聞を見上げているのは、柚季。そんな柚季を少し離れた場所から亜華音と小春、美鳥は呆れたように見ていた。

「柚季って、さっきの休み時間もああしてなかったっけ?」

「さっき、というか休み時間のたびにああしてるよ。透様の新聞記事、ずーっと見てる」

「ああなってくると、透様中毒ね」

 三人の呆れの言葉も入らないほど、柚季は新聞の記事を見つめている。

 新聞に載っているのは先日弓道部の大会で個人部門準優勝、学校成績を三位へと導いた透の写真だった。胴着姿の透がいつもと変わらぬ無表情で賞状を受け取っている姿を、柚季は飽きることなく見続けていた。そろそろ授業が始まる、と気付いた美鳥が柚季の隣に立って声をかける。

「ほら、柚季。もう休み時間終わるわよー」

「ええー! もう透様と会えなくなるのー?!」

「……元々会ってないでしょ、あんた」

「美鳥だってアタシの気持ち、わかるでしょ?! 憧れのあの人のそばに居たいーって気持ちをさあ!」

 柚季の言葉に、亜華音は一瞬はっと目を開いた。柚季が美鳥に言うあの人、とは、

「んー、まあ憧れだけどね。ナナコ先輩のことは」

 目を細めて笑いながら、美鳥は柚季の言葉に頷いた。

「でも、あたしは普通に遠くから見かけるだけで十分。授業中まで写真を凝視したいとは思わないわよ」

「えー……。美鳥とは恋する乙女同盟を組めると思ったのにー」

「はいはい。さっさと授業の準備しなさい。それから恋する何とか同盟のことは考えてあげるから」

 そう言って、美鳥は柚季を引っ張って自分の席へと向かわせる。これで大丈夫、というように美鳥は亜華音と小春のほうを見た。それを受けて小春はひらひらと美鳥に手を振ったが、亜華音は何も出来なかった。

「……忘れて、ない?」

 授業中、亜華音がずっと考えていたのは黒板に書かれていた計算式の答えではなく、美鳥の反応のことだった。

 先日芳夜は「アカツキでの出来事は全て忘れる」と言っていたが、美鳥の中にあるナナコへの憧れの思いは消えていなかった。時々、校内でナナコを遠くから見かけたときにも、美鳥はナナコに対する思いを言っていた。

「ナナコ先輩って、素敵だよね。遠くからつい、見ちゃうんだよね」

 そういう美鳥の表情は少しだけ照れくさそうな、それでも幸せそうなもの。先日まであった苦しげなものではなく、純粋な思いの言葉だった。

「……」

 そして、亜華音はあることを、決意した。

 

 放課後の美術準備室。

「おや、珍しいね」

 自分以外に誰もいなかった部屋にやって来た亜華音の姿を見て、ナナコは楽しげな声を上げた。

「こんにちは、ナナコ先輩」

「こんにちは。どうしたんだい、亜華音くん? キミがここに来るなんて」

「少し、訊きたいことがあって」

 亜華音は硬い表情でナナコを見つめている。いつもとは違う強い亜華音の視線を感じていたが、ナナコは穏やかな笑みを崩さぬまま首を傾げた。

「訊きたいこと?」

「ナナコ先輩は、美鳥と、知り合いだったんですか?」

「知り合い……それは、どういう意味かな?」

「美鳥がアカツキと関わる前から、ナナコ先輩と美鳥は知り合いだったかって意味です」

 真面目に答える亜華音に、ナナコはくすりと笑う。

「そうだね、アカツキと関わる前から知り合いと言えば知り合いだ。けれど、それが何かあるのかい?」

「いえ……ただ、確認したかっただけです」

「そう。他に、何か質問はあるかい?」

 ナナコから振られて、亜華音は一瞬言葉を詰まらせた。亜華音が尋ねようとしていることをすでに知っている、と言うような、そんな笑みを浮かべてナナコは亜華音の言葉を待つ。

「……どうして、ナナコ先輩は、美鳥に私を倒すように言ったんですか」

 亜華音は真っ直ぐにナナコの瞳を見つめて、尋ねた。亜華音の黒い瞳に見つめられているナナコも、亜華音から視線をそらさずに答えた。

「彼女なら、キミを倒せると思ったからだよ。けれど、ワタシはキミを倒したいとは思っていない。キミがワタシたちの所に来てくれればどれほどいいか、といつも考えているよ」

「前にも言ったはずです。私は、時雨さんを守る。だから、どこにも所属しないって」

「ああ、わかっているよ。でもね、亜華音くん。ダメと言われたものほど、欲しくなるってことは、ないかい?」

 すっと目を細めて、ナナコは言う。その言葉を聞いた亜華音の背筋に冷たいものが一瞬、走った。

「ワタシも前に言ったよね。欲しいものを手に入れるには、時に強引さが必要だ、って。それは時雨に対してもそうだけれど、キミに対しても同じなんだよ。ワタシはキミが欲しい。だから、キミを手に入れるために彼女を使って強引な手に出た。ただ、それだけだよ」

「……先輩は、知っていたんじゃないですか。美鳥が、先輩のことを、……好きだって」

 亜華音の声は、低く、そしてわずかに震えていた。その言葉は、ナナコは一度聞いたことのある言葉だった。

「知っていたよ。彼女が、ワタシに好意を抱いていたことを」

 亜華音の目が、はっと大きく開かれた。

「知っていたのに……、美鳥の気持ちを、利用したって言うんですか?!」

 大切に思っていたナナコに、いつも一緒にいた友人を倒せといわれたとき、美鳥はどれほど苦しんだのか、亜華音にはわからない。けれど、アカツキでの戦いで、美鳥が吐き出した感情はほんの一部であることはわかっていた。

 ナナコへの思い、かつて裏切った友人への思い、変わりたいという願い、そして、亜華音に対する思い。その中の、自分への思いを利用したのが、ナナコだったのだ。

「美鳥が先輩のことが好きだから、先輩のためならなんでもするって知ってたから、……だから、あんなことをさせたんですか?!」

 亜華音は怒鳴るようにナナコに言った。感情的になる亜華音に対し、ナナコの表情から、感情が消えた。

「……そう思うのなら、ワタシを倒せばいいだろう」

 

 

  

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