四十八

 

 

 佐木美鳥は、親友――澤田希色を裏切った。

 自分が救われたい、と自分勝手な感情のために、大切な親友を犠牲にしてしまった。どうあがいても消せない事実であることは、一番美鳥がわかっていた。

 それでも、もしも過去を消すことができるのなら。もしも過去と違う自分となれるのなら。

「このアカツキという空間があれば、ワタシは変わることができる。もちろん、キミも変われる。きっと、キミも同じだろう? この学校に来たということは、かつての自分とは違う自分になりたいと思ったから、だろう?」

 会って間もないナナコが言い当てたことは、不可能だと美鳥がずっと思っていたことだった。それでも、アカツキでナナコとそばにいればいるほど、淡い期待が確信できる現実となっていくように感じた。だからこそ、美鳥はナナコに惹かれ、ナナコのために全てを捧げるつもりでいた。

「ワタシは、役に立たない子が嫌いなんだ」

 そう言われた瞬間、美鳥の中で何かが壊れたような気がした。いや、もしかしたら最初から壊れていたのかもしれない。親友を裏切ったその時から、美鳥は大切なものを失っていたのかもしれない。

「それはただ、昔の自分から逃げてるだけだよ」

 亜華音の言葉を聞きたくなかったのは、美鳥が一番そのことを理解していたから。自分の今までしてきたこと全てを否定されているような気がして、怖くなったからだった。

「うるさい!!」

 亜華音を倒せ、と大好きな人――ナナコに言われたときにためらった理由は今でも美鳥には理解できていない。ナナコに全てを捧げる、と言いながらたった一人の友人すら捧げることが出来なかったのだ。

 どうして、そんな簡単なことすら出来ないのか。

――その答えは、ひどく単純なものだった。

 

 大きな音が響いて、亜華音と美鳥はすれ違う。

 しばらくの沈黙の後、どさ、という地面に何かが落ちる音がした。

「……どうして」

 声を上げたのは、亜華音だった。ゆっくりと振り向くと、地面にうつぶせに倒れている美鳥の姿があった。

「美鳥!!」

 亜華音は美鳥の元に駆け寄り、その上半身を起こす。美鳥はふっと穏やかに笑っていた。

「どうして魔法使わなかったの?! 何で、ナイフを……」

 亜華音と美鳥がすれ違おうとした瞬間、突然美鳥は武器を消した。そしてそのまま、亜華音が放った一撃を、受け止めたのだ。

「どうして、って……。あたし、本当にバカだなあって、思っただけよ」

「バカって」

「あたし、逃げてただけなの。裏切った友達のことを忘れる、とか言ってさ。でも、亜華音が言ってくれたから、やっとわかったんだ」

 そう言うと、美鳥はそっと手を伸ばして亜華音の頬に触れた。

「あたし、亜華音のことが大好きなの。亜華音はあたしのことを思ってくれてる、大切な友達なんだって、やっとわかった」

「美鳥……!」

 亜華音の頬が真っ赤に染まり、その目から涙がぼろぼろと零れ落ちる。美鳥は目を細めて笑い、亜華音の目じりについた涙を拭った。

「亜華音って、泣き顔、ぶさいくなんだね」

「バカ……! 人のこと、そう言う風に悪く言って……!」

「あんただって、あたしのことバカバカ言ったくせに」

「美鳥が先に言ったからでしょ」

「何よ、名字とかけて上手いこと言ったつもり?」

「バカぁ……」

 からかうような美鳥の言葉を聞き、亜華音は余計に涙を零した。

「ごめんね、亜華音。あたし、亜華音をいっぱい傷つけたね」

「……ううん、大丈夫。だって、美鳥はちゃんと謝ってくれたし」

 そう言って、亜華音は美鳥の身体を自分の身体に寄りかけて、ぎゅっと抱きしめた。

「美鳥はもう、友達にちゃんと謝れるよ。私だけじゃなくって、柚季や小春にも……昔の、大切な友達にも」

「……うん。ありがとう、亜華音」

 瞬間、亜華音の身体にかかっていた体重がふっと消えた。

「……美鳥?」

 アカツキには、亜華音の姿しかなかった。

 

「美鳥!!」

 美鳥が目を覚ますと、そこには顔を真っ赤にして必死に叫んでいる亜華音の顔があった。どうやら、自分は倒れているらしい、と認識した美鳥はゆっくりと身体を起こした。

「あれ、あたし……」

「よかった……! 大丈夫、美鳥?!」

 うん、と返事をする前に亜華音が美鳥の身体を引き寄せて突然抱きしめた。

「え、ちょ?! 亜華音、ちょっと、苦しい……!」

「え?! あ、ごめん!!」

 亜華音は慌てて美鳥を解放して、大きな声で謝罪する。慌しい様子の亜華音を見て、美鳥はくすり、と笑いを零していた。それからゆっくりと辺りを見渡して、「あれ?」と声を上げた。

「ここ、図書室、だよね?」

「うん。美鳥、急にいなくなっちゃったから、どうしたのかと」

「いなくなった?」

 美鳥が不思議そうに尋ね、亜華音も同様にぱちぱちと瞬きをする。

「そうだよ? アカツキから、急にいなくなって」

「……アカツキ?」

 まるで初めて聞く単語のように呟く美鳥に、亜華音は少しずつ混乱した。

「アカツキ、って学園自治組織の『赤月』のこと?」

「いや、そうじゃなくって……。美鳥、どうしたの? そんなこと言って」

「それはあたしが言いたいわよ。ねえ、亜華音、何の話してるの?」

 はっと、亜華音の目が大きく開かれた。まさか、と亜華音が美鳥に言おうとしたその時。

「こら、きみたち。もう図書室の利用時間は過ぎているよ」

 こんこん、と扉をノックしながらの声。亜華音と美鳥が声の方を向くと、そこには芳夜の姿があった。

「あっ、自治組織の……」

「ほら、早く寮に戻ってね。じゃないと、自治組織からのお仕置きがあるかもよ?」

 からかうように言う芳夜に、美鳥は苦笑いを浮かべて立ち上がる。

「亜華音、ほら、行くよ!」

「え、あ、えっと」

 亜華音は混乱したように美鳥と芳夜を見比べる。その様子に気付いた芳夜がふっと笑って、亜華音を見た。

「亜華音くんは、ちょっとわたしと話があるから。佐木くん、先に戻りなさい」

「はい。……しっかり怒られて来なさいよ、亜華音」

 にや、と笑いながら美鳥は言って、そのまま図書室から出て行った。呆然とする亜華音は、走り去る美鳥の姿を見ることしか出来なかった。

「……大丈夫かい、亜華音くん」

 その時、視界にすっと手が差し伸べられた。亜華音は芳夜の顔を見て、それから差し出された手を見た。

「あ、ありがとうございます」

 芳夜の手を握り、ゆっくりと立ち上がる。それから、亜華音が口を開こうとしたが、

「詳しい話は自治会室でしよう。きみも、知りたいことはたくさんあるだろうし、わたしも知りたいことがある」

「……は、はい」

 芳夜に言われるまま、亜華音は一緒に自治会室へと向かった。

 

 

  

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