四十七

 

 

 助けて、という声が亜華音の頭の中に聞こえてきた。

「……美鳥?」

 目覚めるとそこはアカツキではなく、暗闇の中。そんな真っ暗な空間の中、亜華音が見たのは二つの影だった。

 一つは真っ直ぐに立って亜華音の見知らぬ制服を着ている少女。もう一つは地面に膝をついて座り、立っている少女を見上げている。彼女も亜華音の知らない制服を着ていた。

 助けて、と誰かが言っている。

 真っ直ぐに立っている少女は、亜華音のよく知る人物だった。

「どうして、あたしは、同じことを繰り返すの?」

 立っている少女は俯きがちのまま呟く。その声は、間違いなく、

「美鳥」

 亜華音が少女の名を呼ぶ。少女は、ゆっくりと顔を上げ、横を向いた。それは間違いなく、佐木美鳥、その人だった。しかし、美鳥の顔には一切の感情は映されておらず、瞳も光が全く灯っていない。まるで、人形のようだった。

「あたしは、変わりたいの」

「……変わる?」

「そう、変わるの」

 すっと、美鳥の足元が暗闇に溶ける。それを見て、亜華音ははっと目を開いた。

「美鳥!」

――貴女は、変わりたいのでしょう?

 その時、美鳥のすぐ後ろにもう一人の人物が現れた。暁翔学園の制服を身にまとった、黒く長い髪を持つ人物。美鳥の耳元にそっと顔を近寄せて、囁く。

――貴女は、変わりたいのでしょう?

「そう、変わるの」

 美鳥が答えると、また闇は美鳥の体を包み込む。少しずつ、美鳥の姿が闇と同化していく。

「変わるって……」

「過去のあたしとは違う。あたしは、違う自分になるの」

 美鳥は視線を亜華音から、地面に膝をついている少女に向けた。少女はゆっくりと顔をあげて美鳥を見る。

「美鳥、どうして」

 エコーのかかったようなぼやけた声に、美鳥の表情が歪んだ。

「あたしは、変わる。今までのあたしとは違うのよ。もう、あの時と同じことは繰り返さない」

「……だめ」

 美鳥の言葉を聞きながら、亜華音は必死で美鳥を止める言葉を考えた。しかし、どう考えても思いつく言葉は単純なもので、説得に使えそうにない。それでも、亜華音は声を上げた。

「だめだよ、美鳥!!」

 

 アカツキに響いた亜華音の叫び声に、美鳥ははっと目を見開いた。

「……亜華音」

 亜華音に背を向け、アカツキから去ろうとしていた美鳥の耳に聞こえてきたのは、先程までの掠れた声ではなくはっきりとした否定の言葉。

「だめだよ、美鳥……。そんなの、違う」

「何が、違うって言うのよ?」

 美鳥が振り向くと、亜華音はわき腹の辺りを押さえたまま、足をわずかに震わせ立っていた。

「変わりたい、って美鳥は言ったでしょ。でも、美鳥がしようとしてることは、全然違う」

「……どういう、意味よ」

「私を消せば、昔のことも消せるって、思ったんでしょ? でも、違うよ」

 過ちを繰り返さないために変わりたいと望む美鳥に、亜華音が何を言おうとしているのか理解できなかった。

「昔のことは、今いくらがんばっても消えない」

「何、言ってるのよ」

 美鳥は表情を引きつらせる。身体が、わずかに震えていた。

「昔失敗したことをなかったことにするなんて、誰にもできないよ」

「うるさい……」

 そんなこと、わかっている。

「うるさいのよ!!」

 美鳥は亜華音に向かって走り出し、右手を振り上げる。その手には、緑色に光るナイフが握られていた。

「あんたに、あんたに何がわかるって言うのよ!!」

 亜華音の胸に向かって下ろされたナイフは、黄色く光る剣に受け止められた。

「わかるわけないでしょ!! 美鳥は何も言わないんだから!!」

「あんたに言ってどうなるって言うのよ! じゃあ、あんたが昔のあたしを助けてくれるの?!」

 ぎんっ、という刃と刃が擦り合わさってすべる音がして、美鳥と亜華音は跳躍して離れた。

「美鳥は、間違ってるよ……。終わったことを、なかったことにするなんて、できないのに」

「お願い……黙って……」

「後悔する気持ちも、反省する気持ちも、間違ってるとは思わない。でも、それを否定してまで違う自分になりたいって」

「黙って……!」

「それはただ、昔の自分から逃げてるだけだよ」

「うるさい!!」

 美鳥は叫び、ナイフを亜華音に向けて走る。亜華音も剣を構え、美鳥に向かって走り出した。

 

 

 

  

←四十六章    目次    四十八章→