四十三

 

 

 それは、美鳥が入学したばかりのこと。

「本当に、この学校に入学したのね、美鳥」

 図書室へ向かうと、時雨の姿があった。ふっと微笑むその姿を、美鳥は睨むように見つめていた。

「ここの推薦ぐらい通る成績はあったわよ。それに、あの人と、また、会いたかったから」

「あの人、というのはナナコのこと?」

 時雨に問われると、美鳥は小さく頷いた。それから図書室を見渡すが、探している人物は見つけられなかった。

「ナナコはここにいないわ」

「……そう、みたいね」

「そんなに求められているとは、思わなかったねえ」

 その場に突然、第三者の声が入る。美鳥が図書室の入り口を見ると、扉に寄りかかっているナナコの姿があった。

「あっ……!」

「久しぶりだね。また会えて、嬉しいよ」

「えと、あの……宇津美先輩」

 ナナコの姿を認めた瞬間、美鳥の頬は赤く染まる。ナナコは扉から美鳥の元に歩き出し、その頬に触れた。

「ナナコ、と呼んでくれていいよ。名字で呼ばれるのは、慣れていないからね」

「ナナコ先輩……あたし、ずっと」

 美鳥が何かを言おうとしたが、ナナコはそれを止めるように美鳥の口の前に人差し指を出した。にこりと笑ったままのナナコは、時雨のほうを見た。

「時雨、ワタシがここに来たということは、わかるよね?」

「そうね……。けれど、貴女もわかっているはずでしょう? 私の答えは、変わらないということを」

 ナナコと時雨は微笑みのままで互いを見つめ合っていた。しかし、美鳥からすればその雰囲気が穏やかとは思えなかった。不安げに美鳥が二人の様子を見ていると、ナナコが顔だけを美鳥のほうに向けた。

「キミの名前、聞いていなかったね」

「え……?」

「教えてくれないかな。キミの、名前」

「佐木、美鳥……です」

「美鳥、いいね。君によく似合っている名前だと思うよ」

 雰囲気に不釣合いな言葉だったが、美鳥の心臓は何度も高鳴っていた。どきどきと心拍数を上げる美鳥に対し、ナナコは平然とした様子で美鳥の肩を掴み、自分の元に引き寄せていた。

「一緒に来てくれ。キミに、見せたいものがある」

「えっ……」

 ナナコはそっと美鳥の耳元に顔を寄せて囁く。

「望んでごらん。この先に待つ、新しい自分を。キミなら、きっと行くことができる。あの場所に」

「……アカツキ、に」

 呟く美鳥の声を聞いて、ナナコはにやりと笑う。その直後、鐘の音が鳴り響いた。

「私はね、アカツキを手に入れたいんだ」

 そのときのナナコは、穏やかな表情で穏やかな声で言った。

「このアカツキという空間があれば、ワタシは変わることができる。もちろん、キミも変われる。きっと、キミも同じだろう? この学校に来たということは、かつての自分とは違う自分になりたいと思ったから、だろう?」

 美鳥はナナコの言葉に頷いていた。

――違う自分になりたい

 それは、ずっとずっと、美鳥が望んでいたことだった。

 それからずっと、美鳥はナナコと共にいることを選んだ。『違う自分』というナナコの言葉を信じていたこと、そしてナナコに惹かれていたこと。それが、美鳥の選択の理由だった。

 

 そして、時は流れ現在。

「はあっ……、はあっ……」

 美鳥は、荒い呼吸をしながらも目の前の時雨を睨んでいた。一方、時雨は息を一切乱さずに美鳥を見つめている。

「ねえ、美鳥? これが、貴女の全力なのかしら?」

「バカに……しないでよ……」

 美鳥は胸の辺りを押さえながら、ナイフを構える。しかし、その直後、ナイフは突然弾き飛ばされた。

「遅いわよ、美鳥」

 ナイフを弾き飛ばしたのは、時雨の矢。弓を構えている時雨は笑みを浮かべている。

「ふざけんな!!」

 しかし、美鳥はすぐにナイフを出して一気に投げつける。時雨は弓を剣に変えてナイフを弾いて避ける。その間、美鳥は走り出して時雨に飛びかかった。

「遅い」

 どんっ、と音が響いて土煙が舞う。美鳥は舌打ちをした。

「避けやがって……」

 ナイフは地面に突き刺さり、その場に時雨はいない。辺りをきょろきょろと見て、人影を探す。

「時雨!! どこに行ったのよ!!」

 その時、うっすらとした煙の中に時雨の姿が見えた。美鳥はにやりと笑って、その影に向かって走り出す。

――役に立たない子は嫌いなんだ

「……大丈夫。あたしは違う、あたしは……あの時とは……!」

 煙を越えたその先に、時雨がいた。美鳥に気付いて振り向いた時雨の表情は、諦めきったような穏やかな笑み。

「終わらせてくれるのね、美鳥」

 美鳥にとっての時雨は、ナナコの求めるアカツキの一部。アカツキを手に入れるために消せるのであれば、ナナコのためであれば、ためらいなど生じない。

 だから、ナイフを振り上げて時雨に突き刺せるはずだった。

 

「美鳥!!」

 

 ぎん、と音が響く。

 美鳥はナイフを握っている自分の手が震えていることを感じ取っていた。それは金属にぶつかって生じる震えだと感じていた。

「……亜華音」

 時雨と美鳥の間に入ったのは、亜華音の黄色い剣。亜華音は二本の剣で美鳥のナイフを挟み、受け止めていた。

「……止められるなら止めろって、言ったでしょ。だから、止めにきたの」

 

 

 

  

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