第三十八章
何度も夢に出てくるあの姿。
震える瞳に映る自分を見て、いつも吐き気を覚える。
ああ、自分はなんて愚かな姿をしているのだろう。そう思うのも、いつものことだった。
「美鳥……」
その声は、二重になる。あの時聞いた声と、今、目の前で聞いた声。
それが、どちらの声なのかは、わからなかった。
「っ!」
刃物と刃物がぶつかり合い、耳障りな高い音が響いた。
亜華音は刃を食いしばり、美鳥のナイフを払い避けた。美鳥は跳躍し、地面にすべるような形で着地した。荒い呼吸をして、立っている美鳥を見て、亜華音は胸に何かが引っかかったような苦しみを感じた。いつも見ている美鳥と違うその様子に、不安を覚えていた。
「美鳥、どうして……」
「あたしは、レッドムーン。あたしたちの目的は、知ってるでしょ?」
「……時雨さんを、手に入れること。そうじゃ、ないの」
「手に入れるのは時雨じゃない。アカツキよ」
はっきりと、美鳥は否定をする。その目は、やけに暗い。
「亜華音、そこを退いて。時雨を、渡して」
「時雨、さんを……」
亜華音は剣を握ったまま、美鳥を見つめる。握っている手が、震えているのを感じた。
「美鳥、私、は……」
「お願いだから、退いて」
時雨に刃を向けている美鳥のナイフも、わずかに震えていた。
「あたし、亜華音と戦いたくない」
俯いた美鳥から発せられた声は、悲しげで苦しげなもの。その言葉に偽りが無いことは、亜華音にもひしひしと伝わってきた。苦しげな美鳥の声を聞けば聞くほど、亜華音の胸の苦しみも強くなる。
「私も、戦いたくないよ……、美鳥」
――ワタシ、亜華音くんが欲しいな
――ワタシは、亜華音くんのことが好きだよ
頭の中で繰り返された、声。
愛する人が名を呼んだ、大切な友人。
愛する人が求めた、大切な友人。
「……美鳥?」
突然沈黙した美鳥を不安げに見つめる亜華音。名前を呼んでも、美鳥は俯いたままで亜華音のほうを見ない。
「……して」
「え?」
「……んた、なの」
「美鳥、どうしたの?」
「どうして、あんたなの」
顔をあげてはっきりと言った美鳥の言葉は、亜華音が今までに聞いたことのないほど、敵意に満ちた声だった。背筋がぞっと冷えたように感じた亜華音は、剣を握る力を強めた。先ほどまで、戦いたくないと言っていたはずの美鳥は、冷たい視線を亜華音に向けている。
「どういう、意味……?」
「どうしてあんたなの。あんただけ、どうして……!」
頭を押さえながら、美鳥はうなされるように繰り返す。まるで、亜華音の言葉が耳に入っていないように。
「美鳥……」
亜華音の後ろで、時雨が美鳥の名を小さな声で呼ぶ。そのとき、美鳥の冷たい視線が時雨に向けられた。
「時雨……!」
再び美鳥はナイフを手の中に出して、しっかりと掴む。
「あんたが……!」
憎しみの対象は、都合のいい方に向けられる。
「あんたさえ、いなければ!!」
時雨はただ美鳥を見つめていた。美鳥もまた、時雨を見つめて――否、睨んでいた。
「やめて!!」
叫び声、刃物と刃物がぶつかる音、びりびり、と手に現れる感覚。
「お願い、美鳥……、やめて!」
「いい加減にしてよ、亜華音……」
震える声、刃物と刃物が触れ合う音、がちがち、と震える手。
「……いいのよ、亜華音。私を、守らなくても」
亜華音の後ろから聞こえた声は、諦めきったものだった。一瞬、亜華音の手の力が抜け、美鳥に押される。
「退きなさい、亜華音!!」
美鳥の叫び声は、悲鳴だった。目を閉じて叫ぶ美鳥は、全ての力を握っているナイフに込めていた。
「美鳥!!」
名を呼ばれて、美鳥は目を開いた。目の前にいる亜華音は今すぐにでも泣き出しそうなほど、目に涙を溜めている。そして、その瞳に映る自分の姿を見て全身が冷えたように感じた。
「……あたし、は」
何故こんなにも醜い表情をしていたのだろう。
瞬間、美鳥の手からすっと力が抜けて、ナイフが地面に落ちた。
「……亜華音、あたしは……、時雨を、消す」
「どう、して……」
「それが、ナナコ先輩の望みだから」
亜華音を見つめて答える美鳥の表情は、何故か、苦しげなものだった。
「……覚えといて」
そう言い捨てて、美鳥はすっとアカツキから姿を消した。