三十四

 

 図書室の亡霊に会うといい。

 ナナコにそう言われた美鳥は、その意味を理解できないまま図書室に向かった。

「亡霊って、幽霊よね……。そんなの、いるわけないじゃん」

 美鳥は小さく呟き、図書室の前に立つ。図書室のある校舎は先ほどまでいた校舎よりも古めかしく、やけに重く静かな雰囲気を出していた。そして、少しためらいながらも、美鳥は図書室の扉を開けた。

「……誰も、いない」

 図書室の中はしんとした静寂に包まれていた。窓から差し込む赤い日の光だけが、図書室に明かりを入れている。

「そうだよ、いるわけないじゃん……そんなの」

 もう一度、同じ言葉を繰り返す美鳥。納得しているような言葉に対して、表情はどこか悲しげなもの。諦めたように、美鳥は扉の方を向いて出て行こうとした。が、足は動かない。

――キミなら、ワタシと同じところに行けるかもしれない

「あの人と、同じ……」

 もしも、変われるのなら、あの人のように――――

 そのとき、美鳥の頬に風がふわりと当たった。窓はしっかりと閉められているし、扉も先ほど閉めた。どこから風が入ったのか、と後ろを向いたときだった。

「……え」

 そこに、先ほどまではいなかった人物がいた。黒く長い髪は少し動いただけでさらさらと揺れる。

「いつの、間に……」

「貴女、私が見えるの?」

 その人物は暁翔学園の制服を正しく着ているが、どこか学生らしからぬ雰囲気を出していた。

「あんたが……、『図書室の亡霊』?」

「そうね。そう、言われているわ」

 ふ、と微笑む『図書室の亡霊』。穏やかな笑みなのに、楽しげな感情は感じ取れない。むしろ、暗い、悲観的な感情すら見える。

「貴女は? この学園の生徒じゃないようだけれど」

「あたしは、その……宇津美先輩に、言われて……」

「ナナコが?」

 亡霊の発した言葉に、美鳥は眉をしかめた。何故、この女があの人の名をこんなに親しげに呼ぶのか、と。

「……ねえ、あんたなら連れてってくれるの」

「連れて行く?」

「あの人と、同じところ」

 自分で、何故こんなにも低い声で尋ねているのか、美鳥にはわからなくなっていた。しかし、考えるよりも先に、口が動いていた。

「あたしも、あの人と同じところに行けるのか、あんたが連れてってくれるのか、訊いてるの」

「貴女が望むのなら、行けるわ」

 亡霊が言った瞬間、黒く長い髪が風に吹かれるように揺れる。その直後、どこからか鐘の鳴り響く音が聞こえた。

「何の音……」

 美鳥の耳に鐘の音が届いたと同時に、目の前から強い風が吹き付けた。突然のことに、美鳥は腕で顔を隠して、風を避ける。

「何?! 何なのよ!!」

 風が落ち着き、ようやく美鳥は辺りを見渡した。そこは、先ほどまでいた図書室ではなかった。

「ここ……どこ?」

 辺りは、赤い照明に照らされたように真っ赤に染まっている。自分自身も、影も、空も、その空に浮かぶ月も、赤かった。

「ここは、アカツキ」

 美鳥の問いに答えたのは、亡霊。いつの間にか美鳥の背後に立ち、空を見上げていた。

「あ、かつき……?」

「そう。赤い月が浮かんでいるから、アカツキ。私たちは、そう呼んでいるわ」

「あんた……、一体何なの?」

 動揺し、怯えたように美鳥は尋ねる。亡霊は美鳥の方をゆっくりと向いて答えた。

「私は、時雨。さっき貴女が言ったように、私は『図書室の亡霊』と言われているわ」

「じゃあ、ここがあの人の言ってた、場所……」

 こうありたい、と思った人と同じ場所に立てている。そう気づいた瞬間、先ほどまでの同様や怯えがふっと消えて喜びに変わった。顔に笑みが浮かび、拳をぎゅっと握れる力が入った。

「貴女も、同じなのね――佐木美鳥」

「え」

 亡霊――時雨が美鳥に向かって言った。どうして名前を、と美鳥が尋ねようとしたが、突然目の前が白くなる。そのまま、意識も白の中に消えていった。

 

「まさかね、図書室に本当に行っているとは思わなかったね。よく、ワタシの言葉を信じてくれたね?」

 ナナコの言葉に、はっと美鳥は目を開いた。回想に浸って、ぼんやりとしていたらしい。辺りを見て、そこがアカツキではなく美術準備室であることを思い出した。

「先輩が行ってごらん、って言ってくれたからですよ。それに……」

 美鳥は、小さく息を吐き出して言葉を止める。ナナコは、何も言わず言葉の続きを待つ。

「それに、あたしも、ナナコ先輩と同じところに、行きたかったから……」

「ワタシと同じところ、か」

 美鳥の言葉を繰り返すナナコ。

「ねえ、美鳥」

「はい」

「ワタシ、亜華音くんが欲しいな」

「……え?」

 

 

 

  

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