第三十一章
土曜日。場所は学校の最寄り駅から一駅ほど行ったところにある、競技場に亜華音はいた。
「今日はどこの運動部も試合なの?」
目的の弓道場に向かう途中、亜華音はあたりをきょろきょろと見ながら先を歩く柚季に尋ねた。すれ違う学生たちは様々なユニフォームを着ていたり道具を持っていたりと、慌しい様子で走り回っていた。
「えーっとね、今日はテニスとサッカーとバスケとバレーと剣道と柔道と弓道の試合だったかな。で、アタシの担当は弓道部!」
「へえー。よく一年だけで許してくれたね、取材」
「まあね! アタシの弓道への情熱が伝わったってことよね!」
「弓道って言うか、透様、じゃないの?」
からかうように亜華音が言うと、柚季はにやりと笑って「まあね」と肯定した。否定すると思っていた亜華音は、予想していなかった反応にがくりと肩を落とした。
「ここ、ここ! ここが弓道場よ!」
ぴょんぴょんと跳ねながら、柚季は会場を指差す。その表情はきらきらと輝いており、無邪気な子どものように思えた。
「まるでテーマパークにでも来たみたいな盛り上がり方だね」
そのとき、亜華音と柚季に近づいてくる袴姿の少女が声をかけた。少女の顔を見て、亜華音は「おお!」と驚いたような喜んだような声を上げた。
「小春! わー! 袴だー!!」
「まあ、試合に出るわけじゃないけど、応援でも正式な服装でって言われて」
にこり、と笑いながら小春は答える。普段とは違うその姿に、いつも大人びて見えた小春が更に大人のように亜華音の目には映った。見慣れているのか、柚季は普段と変わらない様子で小春に声をかけていた。
「ねえねえ、透様は?」
「試合前のミーティング中だから、今は会えないよ。見学なら、向こう側だよ」
「うん、ありがと! 亜華音、移動するよ!」
小春の姿に見とれていた亜華音は柚季の声に気づかなかった。うっとりとする亜華音の視線に苦笑いを浮かべながら、小春は声をかける。
「あの、亜華音? 柚季、もう行っちゃったよ?」
「え? あ、ああああっ! 待ってよ、柚季ー!!」
亜華音はどたばたと走って柚季を追いかける。その背中を見てこけなければ良いけど、と思った小春だったが、そのささやかな願いはあっさりと亜華音がつまずいたことで打ち砕かれたのだった。
しん、と静まり返っている。
普段はにぎやかな柚季も真剣な表情でじっとデジタルカメラを見つめている。デジタルカメラの設定を変更して、よりよい状態で撮影できるようにしているようだった。亜華音はそんな柚季と、会場を見る。見学席には柚季と同じような新聞部らしき生徒や、応援の生徒などが多く集まっていたが、会話はほとんど行われていない。ぴりぴりとした緊張感があたりの空気を包んでいる。
「今回、どこが強いかな?」
ぼんやりとしていると、後ろの席からの小声の会話が聞こえてきた。どうやらどこかの新聞部の生徒らしく、他の学校の生徒を調べていたようで、予想を立てている。柚季に話し掛ける雰囲気ではなかったので、亜華音はその会話をこっそりと聞いてみることにした。
「やっぱりあれでしょ、暁翔学園じゃない?」
「暁翔ってあの女子高、だっけ? 今までそんなに強かったっけ?」
「ほら、今回あの人が参加するんだよ。真木田透って、知ってるでしょ」
出てきた名前に、亜華音ははっと目を開いた。一瞬振り向きそうになったが、後ろの学生が知り合いというはずもないので、振り向きたい気持ちをぐっとこらえて会話を聞くことにした。
「ああ、中学大会で超強かった人でしょ?」
「そうそう。今回、代役で参加らしいけど、絶対強いよ。だって、あの人が参加したら個人優勝全部とられちゃうし」
「でも、そのわりには団体じゃ強くなかった気がするけど? 毎回表彰台逃してた気がする」
「もしかして、協調性ないのかもね、真木田透って」
「違います」
気がつけば、亜華音の口からはっきりとした声が出ていた。しんとしていた会場周辺に、亜華音の声が響いた。突然の声に、会話をしていた学生たちも、隣にいた柚季も、目を大きく開いていた。
「あ、亜華音……?」
柚季が亜華音を呼ぶと、亜華音は立ち上がって後ろを向いた。その顔は、どこか怒っているようだった。
「あなたたちは、透さんの何を知ってるんですか」
「な、何よ……急に」
突然亜華音に言われた二人は困ったように、視線をきょろきょろと動かしている。しかし、亜華音は視線をそらすことなく、真っ直ぐに二人に向けている。
「協調性ないとか、試合見たあとに言ったらどうですか。何も見てないのに、勝手に透さんのことを悪く言わないでください」
「別に悪くなんか……」
「じゃあ、本人に向かって言えますか、協調性ないって」
「……わかったわよ。ね、行こ」
一人が亜華音に謝ると、隣に声をかける。そして頷いて、二人は会場を出て行った。去っていく二人の背中を、亜華音は睨むように見つめていた。
「亜華音、とりあえず座りなよ」
柚季が声をかけると、亜華音はふっと表情をいつも通りの緩んだものに戻した。すると、あたりの視線が一人立っている自分に向けられていることに気づき、亜華音は慌ててベンチに座った。
「ちょ、何で皆見てるの?!」
「そりゃあ、あれだけ言えばねえ」
小声で悲鳴のような声を出した亜華音に対して、柚季は苦い笑みを浮かべている。
「でも、亜華音が言わなかったらアタシが言ってた」
「え?」
「だって、透様に対して失礼でしょ、あの人たち。だから、亜華音が言ってくれて良かった」
そう言うと、柚季は亜華音のほうを向いてにっと歯を見せて笑った。