二十三

 

 

 矢が、放たれた。

 青白く光る矢は沙弥に向かったが、沙弥の振った剣によって弾けて消えた。沙弥は矢を放った透に向かって、勢いを失わないままで走る。透は弓を刀に変えて、構えの体勢を取った。

「真木田透、貴女を消す」

「『赤月』の……私の邪魔をするのなら、敵と見なす」

 沙弥の大きな剣を、刀一本で受け止める透。両足を広げ、全身の力を込めてようやく受け止めている、という状態の透の表情は、険しい。それに対して沙弥は、無表情のままだった。

「かかって来い、と言った割には大したことがない。透、もう終わり」

「っ……!」

 沙弥の手に、力が加わる。透の刀がかたかたと震え、体が下がる。押し返そうとする透の力は及ばず、このまま斬られるか、と思ったときだった。

 黒い光の矢が沙弥の剣にあたり、剣をはじいた。その隙を突いて、透が後ろに下がって沙弥と距離を置いた。沙弥は、剣を持ち直して視線を透から別のほうへ向けた。

「……時雨、どうして」

 沙弥の視線の先には、黒い弓を持っている時雨の姿があった。沙弥が不安げな表情を浮かべている一方、時雨は感情を映し出さない、というような表情だった。

「私は、貴女たちが戦うことを望まない。貴女たちが、傷ついたところで何になると言うの」

「なら、何故貴女は傷つくことを望む? 終わりを、望む……?」

 剣を降ろして、沙弥は時雨に尋ねる。その声は、少し震えていた。

「終わりを、望む……?」

 言葉の意味がわからない亜華音は、沙弥の言葉を小さく繰り返した。それは、先ほどナナコが亜華音に尋ねたことと、同じこと。

「時雨さん、それって、どういう……」

「私には、貴女が必要だ! 時雨!!」

 亜華音が時雨に尋ねようとしたとき、沙弥が叫んだ。感情を表に出さない沙弥の叫びは、時雨に対する強い感情が、含まれている。泣き出しそうな沙弥の叫びに、亜華音は困惑の表情を浮かべる。

「篠江、先輩……?」

「私には貴女が必要だ……。貴女がいなければ、私は……!」

 沙弥は剣を落とし、両手で顔を押さえた。手の隙間から、ぽろぽろと涙が落ちる。突然の涙に、透は困惑の表情を浮かべていた。亜華音も困惑の表情を浮かべていたが、その涙を見て確信した。

「……好き、なんだ」

「何?」

 亜華音の小さな呟きを聞いた透が疑問の視線を亜華音に向けた。

「篠江先輩は、本当に時雨さんのことが、好きなんだと、思ったんです。本当に、心の底から」

「……」

 その言葉を聞いて、透は黙り込む。亜華音は弓を下ろした時雨のほうを見て、口を開いた。

「時雨さんは、わかっているんじゃないんですか? 篠江先輩が、時雨さんのことが大切で、好きだって思っている、って」

 亜華音に問われた時雨は弓を消して目を伏せた。

 沙弥が自分に抱いている感情はわかっていた。自分を必要として、自分を求めているということは彼女の言動からしっかりと感じ取ることはできた。けれど、

「わかっていたら、どうだというの?」

「え……?」

 時雨は顔を上げて、亜華音に尋ね返した。はっきりと尋ねる口調に対して、時雨の瞳はどこか悲しげで、少し揺れていた。

 

「わたしは、お前の考えが心底嫌いだ、ナナコ!」

「それはどうも。ワタシの考えを聞いてもらえていると思うと、嬉しくてしょうがないね!」

 ナナコは芳夜の叫びに答え、銃弾を芳夜に向かって放った。芳夜は銃弾を避け、すぐにナナコに向かって銃を撃った。

「いいよ、芳夜! ワタシはこういうやりとりが、大好きだ!」

 ナナコも銃を撃つと、弾丸はお互いにぶつかって相殺された。ぱん、と弾けるような音がすると、芳夜はナナコに向かって走り出した。

「なら、お前の望むとおりにしてやろうか!!」

 楽しそうに笑うナナコ、怒りの表情で睨む芳夜。真逆のような表情を浮かべる二人は、同じような武器を用いて互いを攻撃しあう。走る芳夜を見ていながら、ナナコは銃も向けずにその場に立っているだけだった。

「終わりだ、ナナコ!!」

 あと数メートル、数十センチ、芳夜がナナコに迫ったときだった。

 どん、どんどんどん、とリズミカルにも聞こえるような衝撃音が芳夜の目の前で響いた。緑色の光を見て、芳夜は歯を食いしばった。

「やあ、来てくれたね、美鳥」

 ナナコの目の前に立つのは、緑色に光るナイフを持つ美鳥。芳夜を睨む顔は、敵意が剥き出しになっている。そんなナイフを構える美鳥を見て、芳夜はナナコのほうを睨んだ。ナナコは睨みを受けながらも、笑みを消していない。むしろ、先ほどまでよりも楽しそうに思えるような笑みになっていた。

「彼女が来ることを想定していたのか、ナナコ」

「ワタシたちは信頼の関係にあるからね」

 言いながら、ナナコは美鳥の肩にそっと手を乗せた。美鳥の耳元に顔を近づけ、囁く。

「キミが傷つくことはワタシも辛い。だから、ほどほどにね」

 美鳥は顔を赤らめ、ナナコの顔を見た。その瞳には先ほど芳夜に向けていた怒りや敵意は全くなく、キラキラと純粋に輝いているようだった。ナナコの笑みを見た美鳥は強く頷き、再び芳夜を睨む。

「先輩を傷つけるヤツは、あたしが消す」

 

 

 

 

 

 

 

  

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