二十四

 

「先輩を傷つけるヤツは、あたしが消す」

 美鳥は芳夜に向かって言ったあと、走り出した。芳夜も銃を構え、美鳥に向かって銃弾を放った。その弾を美鳥は手にしているナイフに当てて避けて、それからそのナイフを芳夜に向けて投げた。

「なにっ?!」

 ナイフは二つ、四つ、八つ、とどんどん数を増やす。芳夜は銃を構えていたが、それを全て打ち落とすことは不可能と判断してその場から離れた。破裂音がした後、あたりに土煙が起こった。

「あんなに力を使うなんて……」

 芳夜は口元に手を当てながら、自分の周辺を見渡す。土煙のせいで、全く何も見えない。銃を握る手に力を込めて、辺りを見ていたときだった。

「相手は美鳥だけ、と思わないことだよ。芳夜」

 背後から聞こえた声にはっと目を開き、芳夜は振り向いて銃を向けた。その直後、自分の頭の後ろに、何かが当てられた。

「……二対一とは、ずるいことをするね、ナナコ」

「勝つためには手段を選べないという状態だからね」

 芳夜の背後に立つナナコは満面の笑みを浮かべている。芳夜の表情は硬く強張っていて、銃を握っていた手は下ろされていた。土煙が消えると、芳夜の目の前には美鳥の構えるナイフの刃があった。

「崎森芳夜。ここで、消えてもらうわよ」

 美鳥ははっきりとした口調で、芳夜に言う。その瞳にためらいはなく、ナイフをいつでも芳夜の頭に突き刺すような状態だった。

「ここで、消える……か」

 小さく呟き、芳夜は視線を下に向ける。前後は挟まれ、横に逃げても背中を見せることとなって、相手に攻撃されてしまう。透も現在時雨との戦闘中、と考えると助けもない。このままナナコの銃に撃たれるか、美鳥のナイフに突き刺されるか。

「消える……終わり……」

 芳夜の頭に過ぎったのは、アカツキで消えていった少女の姿。消える直前まで芳夜に笑顔を向けていた彼女は、消えた後――

「終わるわけには、いかない」

 芳夜の声が、ナナコの耳に届いた。先ほどまでの諦めきった声ではなく、また決心したような声。同じように芳夜の声を聞いた美鳥は、はっとした表情を浮かべている。

「まだ抵抗するっていうの? この状況で!」

「……あまりわたしを舐めないでほしいな、佐木美鳥、くん」

 直後、ナナコと美鳥の視界から芳夜の姿が消えた。突然の出来事に驚きを隠せなかった美鳥に対し、ナナコは瞬時に状況を把握した。

「しまっ」

 ナナコが言いかけたとき、足元のバランスが崩れた。芳夜はしゃがんで、ナナコの足に蹴りを入れていた。倒れるナナコを見て、美鳥がナナコの方に走り出す。

「ナナコ先輩!」

「来るな、美鳥!!」

 ナナコの言葉は遅く、芳夜は立ち上がって美鳥の横腹に回し蹴りを入れていた。

「きゃあっ?!」

 たった一瞬で、美鳥は遠くに吹き飛ばされ、ナナコは倒れこんでいた。倒れているナナコを見下して芳夜は言った。

「わたしはまだ、ここから消えるわけにはいかない。時雨が、ここにいる限り」

 

 沙弥は、泣いていた。顔を覆う手の隙間から、涙がぽろぽろと落ちる。

 時雨は、沙弥を見つめていた。いつも瞳の奥にある悲しみの色が、隠れることなく表に現れている。しかし、表情は無のままだった。

 もしも、沙弥の気持ちに気づいていたとして、それをどうするのか。時雨に問われた亜華音は、その問いに答えることができなかった。何も言わない亜華音を見た透が、ゆっくりと口を開いた。

「時雨は、私たちとは違う存在だ。私たちと、交わるはずのない存在」

 透の言葉に、亜華音ははっと目を開いた。透の言った『私たちとは違う存在』という言葉に、亜華音は時雨の手に触れたときのことを思い出した。細い指、白い肌、そして冷たさ。氷のような冷たい手が、亜華音の火照っていた頬を冷やした。

 透、沙弥、そして時雨。それぞれが、どこか悲しげな影をもっているように、亜華音の瞳に映った。

「そう……」

 小さな声は、沙弥から発せられたもの。震えた声に、透と亜華音が沙弥のほうを見る。

「時雨は私たちと違う存在。それでもいい、私は、時雨のそばに居ることができるなら、それでよかった」

 そして沙弥は、落ちた剣を拾った。剣を握る沙弥の手が、小さく震えている。

「拒絶されているのもわかっている。距離を置かれているのもわかっている。でも、私は時雨のそばに居る、と思えたからよかった。彼女が私の近くに居てくれる、と思えただけで、よかった」

 沙弥の視線は、亜華音に向けられた。

「けれど、貴女は違う」

「わ、たし……?」

 睨む沙弥の視線を受けて、亜華音は戸惑いの声を上げた。

「千条亜華音。貴女は、時雨に拒まれていない。距離を置かれていない。それは、何故?」

「何故、って……私、何も……」

「そう。貴女は何も知らない。時雨は、何も答えない……」

 そして、沙弥は小さく首を振った。

「答えを求めることは、もう止める。千条亜華音、貴女が消えれば、それでいい」

 剣の先は、亜華音に向けられた。亜華音がはっと目を開いた直後、沙弥が走り出した。

 ぎんっ、と甲高い音が響く。

「私も、知りたいです。篠江先輩の求める、答え……」

「……何?」

 沙弥の剣を自身の剣で受け止めた亜華音は、沙弥に言う。

「答えって、絶対見つかるものだと思います。答えを探すことを止めたら、なんだかもったいない気が、するんです」

「貴女に……何がわかるの」

 沙弥の言葉は低く、重い。亜華音の剣を押す力も、更に増す。

「貴女は何も知らない。私にとって時雨がどんな存在で、どれほどの意味を与えてくれるのか。貴女は何も知らないのに、なのに……」

 

 どうして、私じゃなくて貴女が時雨のそばに居るの?

 

 瞳の中に見える沙弥の感情。怒りと妬み、そして悲しみ。言葉にしなくても伝わるその感情に、亜華音は言葉を発することができなかった。沙弥の中にある感情は、亜華音が想像していた以上のものだった。そして、どの感情の矛先も亜華音に向けられている。

「答えを探すのを止めることが、勿体無いというのなら、教えてあげる」

 紫の剣は一度黄色く光る剣から離れた。その直後、亜華音は腹部に強い痛みを感じた。同時に、足が地から離れ、そのまま吹き飛ばされた。

「っ!!」

 亜華音は着地して、剣を構えた。沙弥は剣を振って、亜華音を睨んで言葉を続けた。

「私の答えは、貴女を消すこと。それで、いいでしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

  

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