二十二

 

 この学校に入学するのに、目的も目標も、特に何も無かった。

 宇津美ナナコにとって、入学する学校の基準は『自分を知る人間がいないこと』、『比較的人と関わらずに済むこと』だった。

「誰かと関わることなんて苦痛だ。そんなことして、傷つくのは自分だから」

 入学してから半年、ナナコは時雨と出会った。そのときのナナコは黒い髪を長く伸ばし、特に前髪は俯けばその表情を隠すようなほど伸びていた。制服は優等生、と言われるようなほど丁寧に着こなしていて、低く暗い声からは同級生から発せられるような活発さは全くなかった。

 アカツキで、時雨とナナコは話していた。浮かぶ月は赤く、二人だけの空間は静かに広がっていた。

「時雨、ここは素敵だね」

「……素敵?」

「そう。だって、時雨以外に誰にも関わらなくていい。それに、この力も」

 ナナコが右手を前に出すと、赤い光が現れた。それは少しずつ、銃の形となる。

「今までの自分とは違う、何かを手に入れることができる」

「そうね」

「だから、ワタシはキミと同じ世界にいることを望むよ、時雨。それに、ワタシはキミが好きだからね」

 にこりと目を細めて笑うナナコ。その顔を、時雨は穏やかな表情で見つめていた。

 

「時雨、ワタシはキミのことが好きだよ。だから、一緒にいたいと思うんだ」

 銃口を時雨に向けて、ナナコは穏やかに言う。時雨はナナコを見つめながら、ゆっくりと口を開いた。

「貴女が好きなのは、私ではない。私がいる、このアカツキという世界。そうでしょう?」

「まあ、そうだね。それでもいいじゃないか、ワタシがキミのことを好きだということには変わりないから」

 それでも、銃口は時雨に向けたまま。ナナコの目は、笑っていなかった。

「あのっ」

 そのとき、亜華音が声を上げた。亜華音の声にナナコと時雨だけではなく、透も驚いたような顔をした。

「どうして、どうして好きなのに、時雨さんを傷つけようとするんですか?」

「……え?」

 ぱちぱち、と瞬きをしてナナコは首をかしげた。瞳の中に先ほどまでの冷たい感情はなく、今あるのは亜華音の言葉に対する疑問だけだった。

「だって、ナナコ先輩は時雨さんのことが好きなんですよね? それなのに、傷つけるって、変だと思います」

「変?」

「好きな人が傷つくのは、辛いことじゃないんですか? 見ていて、苦しくならないんですか?」

 亜華音は叫びだしたいのを抑えるように、小さな声でナナコに尋ねた。ナナコは目を閉じて、小さくため息を零した。

「なら、自分が好きな人の望みが、傷つけることだったら……。亜華音くん、キミは、どうする?」

「傷つけることが、望み……?」

 言葉の意味がわからず、亜華音は隣にいる時雨の顔を見た。時雨は、ナナコを見つめていた顔を下ろして、俯いている。

「そんな、こと……」

「それが真実かどうか、ではない。キミに尋ねているのは、どうするか、ということだよ」

 まるで質問から逃げることを許さない、と言うようにナナコははっきりとした口調で訊いた。今までとは違う口調に、亜華音は恐怖を覚えていた。しかし、ナナコは亜華音の答えを聞く前に、いつもと同じ穏やかな笑みを浮かべて銃を下ろした。

「キミには難しい質問だったね。まあ、その答えは今じゃなくてもいいよ。でも、その答えを見つけている人はいるけれどね」

 そう言ってナナコが視線を向けたのは、透。髪を下ろしたその姿は、どこか時雨に似ているような何かがあった。

「宇津美、私はお前とは違う。私は……、時雨を許しはしない。だから、この力を使う」

 透はナナコを睨みながら、低い声で言った。

「そう、わたしもそれは同じだ」

 第三者の声。ナナコははっと目を見開き、銃を構えた。ナナコが視線を透からずらすと、そこには自分と同じような銃を構えている人物がいた。

「芳夜……!」

「全く、お前は我慢というものができないみたいだな」

 銃をナナコに向けながら、芳夜は一歩ずつ、ナナコに近づく。突然現れた芳夜に、亜華音は驚きを隠せない表情をして、ナナコと芳夜の姿を見比べていた。

「ナナコ。わたしはお前のそういう考えが大嫌いだ。好きだから傷つける、なんて悪趣味な考えは全く理解できない」

「別に、キミに理解してもらいたいとは思っていないよ、芳夜。ただ、ワタシたちは意見が合わないだけだろう?」

 ナナコはいい終わると同時に、芳夜に向かって走り出した。芳夜も走り出し、ナナコに向かって銃弾を放った。

「どうして、こんな……」

「決断をしたときから、決まったことだ。お前も同じはずだ、千条亜華音」

 目の前の光景に呆然としていた亜華音に言ったのは、透だった。透は髪を下ろしたままの状態で立っていた。

「時雨を守る。そのために魔法を使い、私たちと戦う。そうだろう」

「そう、だけど……」

「私は、時雨を消すために魔法を使うと決めた。宇津美とは、違う」

「どうして、時雨さんを消すんですか……?」

 亜華音が尋ねると、時雨が亜華音から視線をそらして俯いた。そんな時雨を、透は睨みながら亜華音の問いに答えた。

「お前もわかるはずだ、千条亜華音。その女が、どんな存在か」

「どういう、意味ですか……?」

「私が言ったところでお前が納得できるとは思えない。千条亜華音、そこをどけ」

 透は刀を出し、亜華音の背後にいる時雨に向けた。亜華音は驚きの表情を浮かべたが、すぐに透を睨むように見つめて、両手に剣を出した。

「嫌です。……先輩がおっしゃる通り、これが私の決意ですから」

「そうか」

 透は頷くと、亜華音に向かって走り出した。亜華音も走り出そうとしたそのとき、目の前に黒い影が現れた。

「なっ?!」

「消えて、真木田透」

 亜華音の前に現れた沙弥は、回転しながら剣を振った。突然現れた沙弥の攻撃を、亜華音と透は剣で受け止めるのが精一杯だった。

「うあぁ?!」

 亜華音はその衝撃に耐え切れずに吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。透も吹き飛ばされたが、何とかというところで着地に成功していた。亜華音はゆっくりと顔を上げて、二人の状況を見た。

「篠江、先輩……?」

「千条亜華音、時雨のそばにいる貴女を認めない。だけれど」

 沙弥は大きな剣を透のいるほうに向ける。

「真木田透。時雨を消そうとする者は、私が消す」

「……そうか。誰が相手でも、私は構わない。かかって来い、篠江沙弥」

 透は刀を弓の形に変えながら、沙弥に向かってはっきりと言った。挑発のようなその言葉に顔色一つ変えなかった沙弥だが、瞳に怒りの色が灯る。

「真木田透……!」

 沙弥は剣を構え、透に向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

  

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