第二十一章
目の前にあるのは、紫に光る、大きな剣。
避けるタイミングを逃してしまった亜華音は、その剣を見つめるしかできなかった。このまま、沙弥に斬られてしまうのか、と亜華音が思ったときだった。
剣と亜華音の間にあったわずかな隙間に青白い光が通った。
何が起きたかわからない沙弥は動きを止め、剣を引いた。亜華音は、緊張の糸が切れたように、地面に膝をついた。肩は呼吸で、荒く上下している。
「亜華音！！」
時雨が叫んで亜華音に駆け寄る。その表情は、亜華音に対する心配にゆがみ、今にも泣きそうなものだった。それを見た亜華音は呼吸を落ち着かせようとしながら声を発した。
「だ、大丈夫です……。ごめんなさい、私……、全然時雨さんを守れなくて……」
「亜華音……」
「それより、今のは……」
亜華音が視線をずらして、光が放たれたほうを見る。そこには、一つの影があった。
「宇津美、やはりお前か」
高く結った黒い髪をなびかせながら、光の矢を放った本人である透がナナコに近づいた。鋭い瞳は真っ直ぐにナナコに向けられているが、その横顔を見ただけで亜華音はびくりと震えた。しかし、ナナコは全く動じていない様子でにっこりと楽しそうな笑みを浮かべている。
「何のことかな？」
「休戦宣言をしたのはお前のはずだ」
「そうだね……じゃあ、開戦宣言をするのもワタシ、ということでどうかな？」
ナナコはいい終えると同時に赤い銃を透に向ける。透が目を大きく開いた瞬間に、弾けるような大きな音が響いた。
「真木田先輩！」
音の直後、透の髪を結っていた紐が地に落ち、黒く長い髪が解かれた。
「……どういうつもりだ、宇津美」
「これが開戦のしるし。そう言うことで、どうだい」
怒りのような表情を見せる透に対しても、ナナコは何の変化も無い。笑みを浮かべて、ただ楽しそうに言うだけだった。その姿に、亜華音はどこか不気味さを覚えていた。亜華音のそんな心情を読み取ったのかどうかわからないが、ナナコが亜華音のほうに微笑みを向けて声をかけた。
「亜華音くんもわかったかな？ これで、休戦は終わりだ。もう何も気兼ねなく戦えるよ」
「……どうして、ですか」
亜華音はゆっくりと立ち上がりながら、ナナコに尋ねる。透が少し驚いたような顔をして亜華音を見ていたが、尋ねられているナナコは特に表情を変えぬまま首をかしげた。
「何が、かな？」
「どうして、そんなに戦おうとするんですか？ 時雨さんのことも、戦わずに済むはずなのに……」
「前にも言っただろう？ 欲しいものを手に入れるためには、時には強引さが必要って。キミにはわからないかな？」
「わかりませんし、わかりたくもありません」
はっきりと亜華音が答えると、ナナコは感心したように口笛を鳴らした。
「私は時雨さんを守りたいから魔法を使うし、真木田先輩は時雨さんを消したいから魔法を使っています。けれど、宇津美先輩が魔法を使う理由は、あるんですか」
「宇津美先輩、なんて堅苦しいからやめてくれ。ワタシのことはナナコ先輩、と呼んでほしいな。それで、キミの問いに対する答え、だけれど」
ふう、と一息ついてナナコは亜華音に言った。
「ワタシは、ここを……アカツキを、自己表現の場だと思っている」
「自己、表現？」
「魔法はそれぞれがもつ力。それぞれの能力。だから亜華音くんは剣を二本持っているし、透くんは弓と刀を使う。それはつまり、自分が自分であることを表しているのではないのかな？」
「自分が、自分であること……」
「そう。アカツキに入る前と後の自分は変わる。ここにいるワタシは、今までとは違うワタシになる」
言いながら、ナナコは銃をくるくると回していた。そして手を止めて、銃口を亜華音に向けた。
「亜華音くん。キミは、こう望んだことはないかな？」
銃を向けているとは思えないような、穏やかな表情でナナコは亜華音に尋ねた。
「もしも、違う自分になれたなら。今までと違う自分になれたなら。そう、考えたことはない？」
「違う、自分……？」
亜華音の小さな呟き。その言葉に透も沙弥も、そして時雨も顔を俯けた。ナナコだけは、亜華音のほうを見つめている。
「そう。ワタシはずっと思っているよ。だから、ワタシはここが……、アカツキが好きだ」
そしてナナコは銃口を亜華音から、隣にいる時雨へと向けた。目を細めて微笑むナナコに、亜華音と透、そして沙弥もそれぞれの武器を握る手の力を強めた。しかし、時雨は驚いた様子もなく、顔を上げてナナコを見つめた。
「時雨、ワタシがキミを手に入れたい理由は、ここにある。わかるだろう？」
「それほどまでに、貴女は変わりたい……、そう思っているの？」
変わりたい。
違う自分になりたい。
今までと違う自分になれたなら。
ナナコはゆっくりと目を開く。瞳にも、表情にも、先ほどまでの笑みは失われていた。
「……ああ、そうだよ」