二十

 

「沙弥、もう終わりにしてちょうだい」

 時雨はすぐそばに居る沙弥に小さく呟く。すると、沙弥は顔を上げて、時雨のほうを見た。

「……時雨?」

 時雨の言葉の意味がわからない、というように沙弥は時雨の名を呼んだ。表情には、いつもとは違う焦りのようなものが表れていた。焦りから震える沙弥の瞳を、時雨は何も言わずに見つめている。

「貴女なら、できるわ。終わりにしてちょうだい」

「どうして……、どうしてそんな、ことを」

「それが、私の望みだから」

 言い終わると同時に、時雨は沙弥の肩をぐっと押して、突き放した。沙弥の目が、大きく開かれた。

「沙弥、終わらせて」

 微笑む時雨の笑みは、優しいもの。声色は、穏やか。

「私は貴女にとって必要な存在ではないわ。わかっている、はずよ」

「どうして、どうして……? 時雨、どうして、そんなことを……」

「千条亜華音の、存在かい?」

 第三者の声に、時雨がはっと目を開いた。視界の中に、沙弥とは違う別の人物が入っていた。

「ナナコ……? どうして、ここに」

 時雨が名を呼ぶと、ナナコはにっこりと楽しそうな笑顔を浮かべた。

「どうして? そんなこと、思ってないだろう。時雨、キミは何でも知っている人なんだから」

 言いながら、一歩ずつ、ナナコは呆然とする沙弥の横を通り過ぎて時雨に近づく。時雨の真正面に立ったとき、ナナコは笑みを消した。

「キミにとって、千条亜華音の存在はどれほど大きいものだろうね?」

「千条、亜華音……?」

 ナナコの言葉に、沙弥が反応した。小さな沙弥の呟きを逃さなかったナナコは先ほどまでの楽しそうな笑みから、にやりと何かを確信したような笑みを浮かべた。

「まあ、面倒な話はやめにしようか。時雨、こちら側についてもらおう」

「ナナコ、私は何度も言ったはずよ。私は、どこにもつかない」

 時雨は睨むようにナナコを見つめ、ナナコの言葉に首を振った。ナナコは、小さく息を吐き出して、「だろうね」と低い声で言った。それから、ナナコの手に赤い光が現れる。

「なら、千条亜華音はどうなる?」

 銃口を時雨に向けながら、ナナコは尋ねた。沙弥が時雨のほうに視線を向け、その答えを待っていた。

「何故、キミは千条亜華音を突き放さない? 今、沙弥にしたように」

「それ、は……」

「キミにとって千条亜華音はどんな存在かな? ワタシや沙弥、透くんとは違う存在なのかな……」

 ナナコは、引き金を引いた。

 

 息を荒くして、亜華音は走る。放課後ということもあって校舎内には人が少なく、誰かにぶつかるということもなく図書室にたどり着くことができた。

 図書室にたどり着くと、空気の震えが先ほどまでも大きくなったように感じた。亜華音はぎゅっと目を閉じた。

「時雨さん……!」

 ふわり、とやわらかい風が吹くと、亜華音は目を開けた。が、その風は突然強い風と変化した。

「うわっ?!」

 突然のことに対応できなかった亜華音は膝をついた。そしてその風の源を探そうとあたりを見渡すと、亜華音からかなり離れた所で時雨の走っている姿が見えた。

「時雨さん!」

 亜華音は立ち上がって叫び、走り出す。すると、時雨が亜華音のほうを向いて何かを叫んだが、その声は亜華音には届かなかった。

「時雨さん、今そっちに!」

「行かせない」

 背後からの声に、亜華音の目が大きく開かれる。振り向くよりも先に、亜華音は背後から振り下ろされた剣を避けた。あと数秒遅れていたら、スカートの端を切る程度ではすまなかっただろう、と亜華音は引きつった表情を浮かべた。

「……篠江、先輩」

 後ろを見た亜華音は、そこにいた人物を見て小さく呟いた。大型の剣は地面に突き刺さっていて、そして剣の持ち主である沙弥がじっと亜華音を見つめていた。その視線は、どこか怒りを含んだ睨みのようであった。

「私は、貴女を認めない」

「え?」

 何のことかわからない亜華音は、素直に声を上げた。しかし、それが沙弥の怒りを買ってしまったのか、沙弥が亜華音に剣を向けて走りだした。亜華音はわけのわからぬまま、右手に剣を出して、沙弥の剣を受け止めた。ずしり、と重い沙弥の剣に込められた力が、亜華音の腕にかかる。

「篠江先輩! この間もう戦わない、って言ってたはずじゃないですか! なのに、どうして?!」

「貴女が時雨のそばにいるからよ」

 表情も声色も、感情を灯していない。しかし、沙弥から放たれている雰囲気は、怒りに染まっている。問いとずれた答えに、亜華音は困惑していた。

「どういうことですか……? 私がそばにいるから、って」

「沙弥は嫉妬深い子だからね。キミが愛する人のそばにいるのが、気に食わないんだよ」

 そのとき、第三者の声がした。沙弥の背後にナナコが現れ、楽しそうな口調で言葉を続けた。

「沙弥と時雨は一緒にいないのに、亜華音くん、キミは時雨と一緒にいる。これが、沙弥にとってどれほど重要なことかわかるかい?」

「それなら……、どうして時雨さんを傷つけようとするんですか?! そんなことしなくても一緒にいることなんてできるのに!」

「貴女が、特別だから」

 沙弥が、亜華音の問いに答える。瞬間、沙弥は剣を亜華音の剣から放して、右足を一歩引いた。

「時雨が、貴女を選んだから」

 剣を右後方に大きく振る。亜華音はハッとして左手にも剣を出現させて後ろに下がろうとした。が、直後に銃声が響く。

「なっ?!」

 沙弥の後ろに立っていたナナコが、亜華音に向かって銃を撃つ。剣で銃弾を避けた亜華音だったが、それにより背後に下がるタイミングを失った。

「しまっ……?!」

 亜華音の目の前に、沙弥の大きな剣の刃先が現れた。大きく目を開いた亜華音は、動けない。

「亜華音!!」

 時雨が叫ぶ。ナナコが勝利を確信したような笑みを浮かべる。沙弥は感情を映さない瞳で、亜華音を見ていた。

 

 

 

 

  

 

 

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