自分は図書室に居たはずなのに、と亜華音は何度も何度もあたりを見渡した。

 そこには特に目立つ建物も何も無い。空を見上げると、夕暮れかそれとも明け方かわからないような赤い空だった。亜華音の真上に浮かぶ月も、真っ赤に染まっている。

「夢? なら、どこから夢?」

 呟きながら亜華音は歩き始める。しかし、辺りに何かが現れることは無い。そう思っていたときだった。

「ふせて!!」

 突然の叫び声。亜華音が足を止めたと同時に、爆発のような大きな音と衝撃が亜華音に届いた。

「きゃあああ?!」

 そのまま亜華音の体は宙に吹き飛ばされた。地面にぶつかれば、大けがどころか死ぬかもしれない。受け身など取れるはずも無い亜華音は、死を覚悟し始めていた。

「せめて……亡霊さん、見たかったなあ……」

 地面にぶつかる、と思って亜華音が目を閉じた瞬間、誰かが亜華音の体を受け止めた。

「……え?」

 ゆっくりと亜華音は目を開ける。目の前に、女性の顔があった。見知らぬその女性の顔は、とても美しかった。

「あな、たは……?」

「どうして、ここに」

 亜華音が問うのと同時に、女性も口を開いた。が、その言葉は続かずに女性は亜華音を抱きかかえたまま、走り出した。

「え?! な、何?!」

「ごめんなさい、今は事情を説明できる状態じゃないわ」

 女性が言った直後、再び爆発音が響く。何が起きているのかわからない亜華音は、混乱したように辺りを見ている。どこから爆撃されているのか、一体誰が爆撃しているのか。そして、何故この女性が狙われているのかわからなかった。

「貴女、名前は?」

「え?」

 走りながら息を切らすことも無く、女性が尋ねる。一瞬、誰に問われているかわからなかった亜華音はすぐに返すことができなかった。

「えと、千条、亜華音です」

「亜華音。素敵な名前ね」

 予想もしなかった女性の言葉に、亜華音の頬は何故か赤く染まった。きれいな人に名前を褒められるなんて、と喜んでいた亜華音だったが、爆発音でその熱くなった頬は一気に冷えた。そのとき、女性の足が止まった。

「亜華音、降ろすわね」

 そう言って、女性は亜華音を地面に降ろした。改めて女性を見ると、自分と同じ制服を着ている。どうやら、生徒の一人らしい。下ろしている黒く長い髪は、さらさらと揺れている。

「あなたは、一体……」

 女性は亜華音の呟きに気づいていない様子で、じっと目の前を見つめている。先ほどの爆発の影響で煙が立っているが、女性はその向こう側を睨むように見ていた。

「来る」

 女性が言うと同時に、煙の中から影が二つ現れた。そして、煙から抜け出した人物を見て亜華音の目がはっと開かれた。

「この二人……!」

 そこに現れたのは、先ほど亜華音が図書室で目撃した先輩だった。一人は目の前の女性同様黒く長い髪を高い位置で一つに結っているつり目の女子生徒。もう一人はふわふわとした茶髪の女子生徒で、左目に医療用の眼帯をつけている。

「透」

「ああ」

 透、と呼ばれた黒髪の女子生徒は茶髪の生徒の言葉に頷いた。

「時雨、お前を消しに来た」

「そう。けれど透、貴女に私を消すことができるかしら」

 女性――時雨は口元にわずかの笑みを浮かべて透に言った。二人の言葉の意味がわからず、亜華音はただ時雨と透の顔を見比べていた。そのとき、茶髪の生徒が亜華音のほうに視線を向けた。

「透、そこに」

「何だ」

 透の鋭い視線が、亜華音に向けられた。その視線を受けた瞬間、亜華音の肩は小さく震えた。まるで、胸を貫かれたかのような鋭さを感じたのだ。

「……お前は」

「亜華音」

 透が口を開いたと同時に時雨が亜華音の名を呼んだ。直後、亜華音の視界が白くなる。

「何?!」

 叫ぶ声は、光の中に包まれるかのように消えた。白かった亜華音の視界は、少しずつ黒に染まる。

 

 目覚めたとき、亜華音は図書室の床に倒れていた。

「……あれ」

 図書室の独特のにおい。そして、薄暗い天井。亜華音は起き上がって、室内の様子を見た。誰もいない空間が、広がっている。

「やっぱり、夢?」

 呟きながら腕時計を見ると、そこにはきちんと針が存在していた。針が六時三十分示したと同時に、チャイムの音が鳴った。

『下校時刻になりました。校舎にいる生徒は窓とドアの施錠を行い、速やかに寮に帰ってください。繰り返します――』

 外は薄暗く、日は沈みかけていた。亜華音はぼんやりと窓の外を見た後、図書室を出た。ぱたぱたと亜華音が歩く音が遠のいたとき、奥の本棚の陰から二人の人物が現れた。

「透、どう思う? 彼女、時雨とは接点がなかったようだけれど」

 先ほど、亜華音の前に現れた眼帯の少女と一つ結びの少女。眼帯の少女はどこか楽しげに一つ結びの少女、透に尋ねた。

「……どれほどの力を秘めているかわからない。それに、時雨との接点も無いようだ」

「これからどうする?」

「簡単な話だ。我々と共に来てもらう」

 透は扉の向こう側をじっと見つめて、はっきりとそう言った。

 

 

 

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