「たいしたお茶じゃないですが、どうぞ」
「すみません、わざわざ……」
その後、ヴァイとシュネイ、リュウとビィはメイアの家にやってきていた。
本来ならどこか別の場所で事情を聞こうかと思っていたヴァイだったが、いつの間にか姿を消していたヴァイを探していたメイアに見つかってしまい、そのまま家に戻ることとなっていた。
「それにしても二人とも……珍しい格好をされているのね? どちらから来られたの?」
「ああ……えーっと……」
お茶を差し出してくれたメイアが、リュウとビィの姿を見て不思議そうに首を傾げながら尋ねる。リュウは言葉を濁すが、何かいい言い訳が思い浮かばないらしい。視線を不自然にずらすリュウを見たヴァイが、小さく息を吐き出した。その隣に座っていたシュネイが「あの……」と小さく手を挙げて口を開いた。
「先ほど言っていた、魔導……というのは、一体どういう意味ですか?」
「どう説明すればいいかな……正直、俺も今の状況がわかっていないからな」
困ったような表情を浮かべてため息を吐くリュウに対し、隣に座るビィは無表情のままである。対照的な二人を、シュネイもメイアも不思議そうに見ていた。
「聞きたいんだが、ここは一体何処だ?」
「ここはハーフェンよ」
「……ビィ、聞き覚えのある都市か?」
「私の情報範囲内にはありません」
「だよなあ……」
メイアの答えに対しても、二人はどこかはっきりしない様子だった。
「俺たちが来たのは、もしかしたら別の世界なのかもしれない」
「……え?」
驚きを隠せず、シュネイとメイアは同時に声を上げた。ヴァイは再び息を吐き出したあと、ようやく口を開いた。
「お前らはどうやってここに来たんだ」
「さっき俺たちの足元にあった魔法陣みたいなものに近づいた瞬間、突然光って、あの場所に倒れていた」
「魔法陣……お前らは、転移法陣を知らないのか」
「……全くもって聞き覚えのない単語だな」
「私も把握していない単語です」
ヴァイの問いに、リュウは苦い笑みを浮かべて答え、ビィは無表情のまま淡々と答えた。二人の反応に納得した様子であるのはヴァイだけで、メイアとシュネイは「え?」と声を上げていた。
「お二人は、魔術師……でしょう?」
それなのに、どうして、という意味合いでメイアはリュウとビィに尋ねる。リュウはどうしたものか、と苦笑いを浮かべたままビィを見つめた。ビィはそれを受けて、口を開いた。
「まだ推測の段階ですが、私たちが用いる魔術とここで用いられている魔術には根本的な違いがあると考えられます。具体的なものは把握できていませんが、先ほど魔力波動の探索を行った際に詳細な探知が行えなかったこと、ならびに探索魔術の発動が行えなかったことから判断できました」
「だから、俺たちはその転移法陣……だったか? それを見たことも使ったこともない、ってわけだ」
「じゃあ、本当に別の世界から来られたんですか?」
信じられないと言いたげな口ぶりで、シュネイはリュウとビィを見て尋ねた。状況からして否定ができないリュウは、ゆっくりとぎこちなく頷いた。
「すごい!」
と、その場の空気に合わないような明るい声を上げたのはメイア。予想もしていなかった反応に、リュウだけでなく、ヴァイとシュネイも驚いたような顔を浮かべる。それからようやく口を開いたのは、リュウだった。
「……す、すごい?」
ぱちぱち、と瞬きしながらリュウはメイアを見て、先ほど自分に向けて発せられた言葉を繰り返した。メイアはこくこくと頷いて、そして微笑んだ。
「だって、他の世界から来られる方なんてそう居ないわ! ねえ、そうでしょう?」
満面の笑みを浮かべたまま、メイアは話をヴァイに振る。ヴァイは眉間に皺を寄せ、「何故俺に話を振った」と言うような視線をメイアに送っていた。目をキラキラと輝かせながら言うメイアを見ながら、リュウは更に苦い笑みを浮かべるしかできない。
「今は二人とも、何もわからない状態でしょう? だったら、しばらくここに居るといいわ」
「え?」
「どうせ父さんも母さんも行商でしばらく帰ってこないから部屋も空いているし。ねえ、そうしましょう?」
にこ、と笑って提案するメイアに、リュウもにこりと笑って「そ、そうですねえ」というしかできなかった。
「以上が、この世界での魔術だ」
「……わお」
リュウはヴァイに頼み、この世界の魔術について説明を受けていたのだが、自分たちが用いているものとの違いの差が想像以上にあったことに驚きを隠せなかった。だからこそ、どこか間抜けな顔をしてそんな反応をしたのだが、ヴァイからすると到底真面目には思えない反応だった。
「お前、人に話をさせておいて聞いていなかったのか」
「いや、むしろ真剣に聞いていたほうだ。なんて言うか、魔術一つとっただけでこんなに違いがあるとはな……」
はー、ほー、へー、と間抜けすぎるため息を吐くリュウを、ヴァイは内心呆れた表情で見ていた。
「……お前らの世界の魔術師は、みんなそうなのか?」
「それはどういう意味だ?」
「……いや、いい」
ヴァイはリュウから顔をそらして、大きく息を吐き出した。さすがに自分より年下の青年に魔術のことで見下されるのは、魔導管理局で最高ランクを持っている自分のプライドが少しだけ、傷ついたような気がした。
しかし、今リュウたちが居る世界では、魔導管理局のランクなどは関係ないものであり、自分の知識もゼロに等しいものである。ヴァイの反応は仕方ないものではあるのは、わかっているつもりだった。つもりなのだが、やはり、切ないものがある。
「しかし、こうも魔術形態が違うとなると、俺たちがまともに使えるかどうか……」
そう言って、リュウは首にかけていたネックレスを外した。
「それは何だ?」
「ロッド。えーっと、こっちの世界で近いのは呪物……だったか? 俺たちの世界の魔術士……まあ俺は魔導士なんだけど、そう言った奴らが魔術を使うのに必要なものだ」
「……そうか」
反応はどこか鈍いものだったが、ちゃんと話は聞いていたのか、とヴァイはリュウの言葉を聞いて頷いた。そして、リュウはネックレスの紐を下げ、小さく息を吐き出した。
「……魔術展開」
リュウが唱えると、ネックレスは黒い光を灯して形を変えた。今まで見たことのない魔術に、ヴァイは一瞬目を大きく開いた。一方のリュウも、驚いたような顔を浮かべたがすぐに安堵の表情に変わる。
「よかったー……これがなかったら、本当に魔術使えないかと思ったー……」
「それで魔術が使えるようになるのか?」
数回瞬きをした後、ヴァイはリュウのロッドを見ながら尋ねた。その視線は先ほどまでの不信感の含まれたものではなく、好奇心が先行しているようなものだった。そんなヴァイの変化に気付いたリュウはふっと微笑み、ロッドをヴァイに差し出した。
「試しに持ってみるか?」
「……」
ヴァイはゆっくりとした手つきで、ロッドを握る。思っていたよりもずしりと来る重みに、ヴァイの目はまた少しだけ大きく開かれる。そう言う反応は少年らしいな、とリュウはヴァイを見ながら微笑ましく思っていた。
「……さて、これからどうしたものかな」
夜も深まった時間、そろそろ休もうというメイアの提案でリュウとビィはメイアの両親の寝室で寝ることになった。ベッドに横になったリュウは大きく息を吐き出し、困ったように呟いた。ベッドのそばに置かれている椅子に腰掛けているビィは、そんな呟きをしたリュウをじっと紅い瞳で見つめている。
「どのようにして私たちがこの世界に辿り着いたかの解明が出来ない限り、以前の世界に戻ることは困難だと判断できます」
「ああ、そうだな……。だが、何とか魔術は使えるみたいだな」
「はい。多少、魔術の発動に時間が必要となりますが、使用は出来るようです」
ビィの言葉を聞いて、リュウは内心安堵していた。そして、その安堵は眠気となってリュウの身体を包み込む。
「まあ、今は休んでおこう……。ビィ、お前も休んでおけ」
「了解しました、マスター」
「それじゃあ、おやすみ」
それから数秒後、室内の音はリュウの規則的な寝息だけとなった。
「その格好のままだったら変に目立っちゃうのよね」
と言ったのは、リュウとビィの姿を上から下から視線を動かして見ているメイアだった。実際、リュウの姿は出動時に来ている黒いコートに白いズボン、黒いブーツのままであり、ビィもいつもと同じ白いブラウスに黒いカーディガン、白いフリルが多く入った黒いスカート、ニーハイソックスに黒いパンプスである。目の前のメイアや、その隣に立つヴァイやシュネイを見るとリュウたちの服が浮いているようにも見えた。
「まあ、そう言われれば……」
「と、いう事でリュウさんはこの父さんの服を着てもらえるかしら?」
メイアは丁寧にたたんである服をリュウに差し出した。リュウはそれを受け取り、広げてみた。まるで民族衣装みたいだな、と思いながらコートを脱ぎ、シャツの上からその服を着た。それを見ていたヴァイは、一瞬だけ、リュウの背中にメイアの父であるフェストの姿を重ねた。
「そして、ビィさんは……ちょっとこっちに来てくれるかしら?」
にこにこと笑うメイアはビィに手招きをする。ビィは判断を求めるように、リュウの顔を見上げた。
「うん、行って来い」
「了解しました」
そしてそのままメイアとビィは奥の部屋へと入っていった。その途端、残されたリュウとヴァイ、そしてシュネイの間に何とも表現しがたい、重くも軽くもないような……つまり、微妙な沈黙と空気が生まれた。
「……あっ、リュウさん、その服、似合いますね!」
そんな沈黙と空気を壊そうと、シュネイがぱん、と手を軽く鳴らして明るく言った。
「そうか? 何か、こんな服着たことないから不思議な感じがするな」
「そうなんですか? じゃあ、リュウさんって普段、どんな服を着られてるんですか?」
興味津々な様子でシュネイが尋ねる。それを聞いて、リュウはふと、自分の日常生活を思い出した。
朝、仕事で上司のデュオに起こされる。昼前に仕事が終わるが、そのまま別件に駆り出される。それが終わるころには日が暮れており、気付けば夜遅くになっている。そして、そのまま泥のように眠り、また朝起こされ……と、考えると出動時の黒いコートしか着ていない。少しだけ、リュウは、悲しくなってきた。
何故か突然沈黙して、そして少しだけ泣き出しそうな顔をしているリュウを見て、シュネイは何が起きたかわからなかった。
「リュウさん?」
「あっ、ああ……いや。うん、なんでもない……」
はあ、とため息混じりに言うリュウに、シュネイは首をかしげていた。と、その時。
「お待たせしましたー!」
奥の部屋の扉が開かれ、メイアの明るい声が響く。その声に気付いて、リュウもシュネイも、ヴァイも扉のほうを見た。
「わあ……!」
シュネイは頬を桃色に染め、感嘆のような声を上げた。リュウも目を大きく開いてその姿を見ている。ヴァイは無表情を貫こうとしていたが、表情の端に驚きの色が見える。
「マスター、何か問題があったでしょうか」
そう言うのは、シュネイの服を借りているビィ。いつもの白と黒の服ではなく、鮮やかな桃色のワンピースを身にまとっている。無表情な白い頬に、服から反射した桃色が映っているように、リュウには見えた。
「そう言う色も、意外と似合うんだな」
「あら、女の子にそういうのは失礼じゃないの?」
くす、と笑いながらメイアがリュウに言う。リュウが「えっ?!」と慌てたように声を上げると、メイアとシュネイが同時に吹き出して、くすくすと笑い始めた。そんな光景を、ビィは理解できていない様子で無表情のまま見つめていた。