「ここで、お前たちと遭遇した」
「……遭遇って、何か変なものみたいな扱いするなよな……」
着替え終わったリュウとビィ、そしてヴァイとシュネイはリュウたちがもとの世界に戻るための手がかりを探すために探索を始めていた。メイアも参加したい、と希望していたが、店のこともあるため結局この場にはいない。
「転移法陣……は、まだ残っているみたいだな」
リュウたちとヴァイたちが始めて出会った林の中。その地面には、リュウとビィがもとの世界で見たものと同じ転移法陣が記されていた。しかし、リュウはそこから魔力波動を感じられなかった。
「もうこの転移法陣は機能していないのか?」
「ああ、そのようだな。だが……」
ヴァイは地面に膝をつき、転移法陣を観察するように見た。それにあわせ、リュウもヴァイの隣にしゃがむ。
「どうした?」
「……これは、普通の転移法陣と違う。何か、違う系統の魔術が入れ込まれているようだ」
「何?」
ヴァイの言葉を受けて、リュウも改めて転移法陣を見る。すると、転移法陣に記されている表示の中に、見慣れた魔術コードが入っていた。
「どうやら、俺のところの魔術が入っているみたいだ」
「なるほど。だから、あの奇妙な気配を感じたわけだな」
「それじゃあ師匠、これって……」
ヴァイとリュウの後ろで様子を見ていたシュネイが少しためらいがちに言葉を入れる。ヴァイは立ち上がり「ああ」と頷いてシュネイを見た。
「“あいつ”とは関係のないものだ」
それを聞いたシュネイは、どこかほっと安心したような表情を浮かべた。二人の会話を聞いていたリュウは、ただならぬ雰囲気に気付いていたが、そこは部外者である自分が口を入れるものではない、と言う空気を察した。リュウも立ち上がり、大きく息を吐き出す。
「困ったな……この転移法陣が機能していたら、ここから帰れると思ったんだが……」
ざわ、と風が吹いた。葉が揺れて、大きな音を立てていた。
「マスター」
ビィがリュウを呼んだ。ただならぬ気配を、ヴァイは感じ取っていた。
「……ああ」
リュウは、ビィが何を言おうとしているか理解していた。シュネイは表情を険しくさせ、魔法銃を手に取った。
「リュウさん、これって、なんですか……?」
「魔獣だな」
「魔獣、だと?」
そんなものが存在するのか、と言う意味でヴァイは聞き返したが、リュウがしっかりと頷くのを見た。違う魔術系統があるのであれば、自分たちが知らない存在があってもおかしくないのだろう、とヴァイは納得してリュウに背中を向ける。
「それは、こちらを狙って攻撃してくるのか」
「まあ、魔力があるものに惹かれるみたいだからな。でも、感じられるランクからすると、Bぐらいだろう」
「はい。魔力波動探索結果、対象のパワーランクは最高B、と推定されます」
そう言ったあと、ビィはリュウの隣に立った。シュネイも、銃をしっかりと握り締めてヴァイの隣に立つ。
「それじゃあ、私たちで対応できる、ってことですか?」
「多少、面倒ではあるかもしれないがな」
シュネイの質問にそう答えたリュウだったが、正直、まだ二人の魔術の実力を知らない以上、何とも言えない。なるべくなら、彼らに負担をかけずに自分が解決させればいい、とリュウは考えていた。
「マスター」
その時、隣からビィが呼んだ。リュウがビィのほうを見ると、ビィは赤い瞳でリュウを見上げていた。
「私は、貴方と契約したドールです。貴方を守ることが、私の使命です。マスター、指示を」
リュウの気持ちを読み取ったかのようなその言葉に、リュウの頬から筋の緊張が取れた。
「……そうだったな」
――俺には、優秀なバディがいたじゃないか。
「ビィ、さっさと魔獣を片付けるぞ」
「了解しました」
ビィの返事を聞き、リュウはふっと笑う。一方のヴァイは、木陰から感じられる何かをじっと睨んでいた。
「師匠」
「お前はいつものようにしろ。無理は、するな」
「……はい」
シュネイはヴァイの言葉に頷き、ヴァイが睨む木陰に銃口を向けた。
「……来る」
リュウが呟いた、瞬間。
木陰から黒い影が、四つ現れた。四人に向かって同時に咆哮を上げたのは、狼型の魔獣。体長は一般的な成人男性ほどであり、リュウが先日対峙したものよりは小柄だった。
「魔術展開!」
リュウは唱えて、ロッドを出す。しっかりと握り、魔獣に向ける。隣のビィも、別の魔獣に向けて右手を向けていた。
「……なるほど、確かに魔獣だな」
「本当に、こんなものがいるんですね……」
ヴァイとシュネイは目の前に現れた魔獣を見て、未だに目の前の光景が信じきれていない様子だった。しかし、魔獣が自分たちに明らかに敵意を向けていることはわかっていたし、このまま何もしないわけでいいはずがないことも、理解していた。
魔獣の一体が吼え、そして四体は同時に飛び掛った。
「魔術展開!」
「魔術展開」
「……」
「行きます!」
シュネイが引き金を引き、白い閃光が銃口から放たれる。ビィの右手から魔法陣が展開され、その中央から矢が現れ、放たれた。それぞれ魔獣の腹部に直撃し、魔獣は地面に叩きつけられた。
一方、リュウのロッドは鎌に変形した。リュウはそのまま鎌を大きく横に振り、飛び掛った魔獣を斬る。ヴァイの周囲からも強い風が吹き、その風に巻き込まれた魔獣は刃物で切り裂かれたような傷を負った。
しかし、どの魔獣も荒い呼吸をしているが、まだ四人に向かってくる様子があった。
「意外としぶといな」
「マスター、対象のパワーランクの上昇がみられます」
ビィの言葉を聞き、リュウの眉がぴくりと動く。攻撃を受けるほどに魔力を増すタイプの魔獣。相手にする時間が長ければ長いほど、魔獣の攻撃力が増してくるという厄介な相手だ。
「まずいな……。ヴァイ、あんまりあいつに攻撃するな。仕留めるなら」
「一撃で終わる」
リュウの心配の言葉に対し、ヴァイはリュウに背中を向けたまま一言で返した。そしてヴァイは静かに目を閉じ、魔獣のいる方に掌を向けていた。
「<裂け>」
ヴァイが唱えた直後、掌から緑に光る魔法陣が現れ、そこから突風が吹く。魔獣はその風を正面から受け、見えない大玉に直撃したように吹き飛ばされる。大きな音を立てて木にぶつかった後、魔獣はぱん、と弾けて姿を消した。地面に、黄色い魔鉱石だけが残った。
「……なるほど、一撃だな」
ヴァイから大きな魔力波動を感じたリュウは、ふっと笑って鎌を構える。
「魔術展開!!」
リュウの叫びを聞いた魔獣が、大きく口を開いて咆哮を上げた。リュウに狙いを定めた魔獣が後ろ足を強く押して、リュウに向かって飛び掛る。それと同じタイミングでリュウも足元に魔法陣を展開させ、跳躍する。
「おらぁっ!!」
すれ違う瞬間に、リュウは魔獣の腹部に横一線に鎌を振った。しかし魔獣はまだ息の根を止めておらず、背中を向けるリュウを横目で見ていた。着地してすぐ、攻撃をしようとする気配が、魔獣から放たれている。
「なめんな、Bランク」
リュウが小さく呟いた直後、魔獣は地面に着地した。そこは、つい先ほどまでリュウが立っていた場所――魔法陣が展開されているままの場所。そして、リュウも同時に着地してロッドを魔獣に向ける。
「魔術発動!!」
魔獣の足元の魔法陣が光り始める。突然の出来事に、魔獣は困惑したようにきょろきょろとあたりを見ていた。そして、光が魔獣を包み、はじける音がした。
「あと、二体か」
リュウの様子を見ていたヴァイが、ぽつり、と呟く。地面に転がっている魔鉱石を拾ったリュウはヴァイの言葉に頷き、戦闘を続けているビィとシュネイの方を見た。
「行くぞ」
「……言われなくても」
そして、二人は同時に駆けた。
魔法銃で応戦していたシュネイだったが、魔獣の想像以上の生命力に苦戦を強いられていた。すでに魔獣には五発以上撃ちこんでいるのだが、相手が向かってくるのをやめる様子はない。このままだと、自分が倒れてしまうほうが先だ。シュネイは銃口を魔獣に向けて集中する。魔獣は再び、シュネイに向かって飛び掛った。
「今度こそ……」
「捕縛魔術発動、対象前方魔獣」
その時、シュネイの耳に淡々とした少女の声が聞こえた。するとシュネイの後ろから魔獣に向かって黒い紐のようなものが放たれ、魔獣の身体を縛った。どんっ、と大きな音を立てて、魔獣は背中から倒れた。突然の出来事に呆然とするシュネイの横に、ビィが立った。
「ビィさん!」
「対象の腹部中央を狙ってください」
「腹部中央……」
縛られている魔獣は抵抗するように暴れているが、体勢を元に戻せずにいる。そんな魔獣の腹部を狙うのは容易いことだった。
「っ!!」
シュネイが引き金を引くと、白い閃光が魔獣の腹部の中央に当たった。はじける音がして、魔獣は姿を消した。それをみて、シュネイはほっと小さく息を吐き出した。
「助けてくれて、ありがとうございます、ビィさん」
にこ、と笑いながらシュネイがビィに言うと、ビィはぱちぱちと瞬きをするだけだった。
「ビィ!」
駆けてくる足音と、リュウの声。二人は声がした方に顔を向けた。
「師匠!」
リュウとその後ろから駆けてくるヴァイ。その姿を認めたシュネイは、ヴァイのもとに走っていった。
「師匠、大丈夫ですか?」
「ああ。お前のほうは」
「問題ありません!」
明るく言うシュネイに、ヴァイは安堵の息を吐いた。そしてその隣のリュウの元にもビィがやって来た。
「マスター、対象魔獣討伐完了しました」
「お疲れ。大丈夫だったか?」
「はい、問題ありません。マスターの外傷、魔力波動の乱れ、認められませんが問題はありませんでしたか」
「ああ、大丈夫だ」
[そりゃよかった。うちのエース様が無事で]
突然した第三者の声に、四人の目がはっと開かれた。
「その声……デュオ?!」
リュウは声の方向を見て、叫ぶ。そこにあったのは、リュウたちが倒れていた転移法陣。しかし、今は緑の光を放ち、法陣の真上にはスクリーンのような四角い光が現れていた。その中に、ふっと笑うデュオの顔が映し出されている。
「な……なんで通信が使えるんだ?!」
[決まってるだろ。俺のミリーネが頑張ってくれてるおかげだ]
[デュオ、あんた給料上げてもらうからね]
光の中にはデュオの姿しか映し出されていないが、何処からかミリーネの怒りの声が聞こえてきた。その声を聞いて、デュオだけでなくリュウも苦い表情を浮かべる。そしてリュウが画面をよく見ると、デュオの後ろに見慣れない男がいるのを見つけた。
「デュオ、その後ろにいるのは誰だ?」
[ああ、そうだ。こいつ、どうやらお前が今いる世界から来たらしくて……]
「……レーヴェさん?」
リュウたちの後ろから様子を見ていたシュネイが、その人物の名を呼んだ。すると、呼ばれた男が[やっぱり!]と声を上げた。
[やっぱりシュネイか! ってことは、そこにいるのは、ヴァイか!]
「……」
ヴァイの姿を認めると、男――レーヴェの先ほどまでの引きつっていた表情がぱあっと明るくなった。しかし呼ばれたヴァイの方は少しだけ、視線をそらしていた。
[何だ、知り合いか。ならちょうどいい。こいつと引き換えに、うちのエースを寄越せ]
「……お前、それ、完全に悪人の台詞だからな」
デュオの言葉に、リュウは呆れ顔でツッコミを入れる。
「寄越すとしても、どうするつもりだ。こいつらはどうやって来たかわかっていない状態だ」
[ん? ああ、そこは大丈夫だ。何とかこの魔法陣を転送魔術風にアレンジしたところだからな。っつーことで、リュウ、ビィ、さっさと帰って来い。そしてリュウは俺に飯を作れ]
「わかった。お前をぶん殴るために帰ってやるよ」
リュウはにっこりと満面の笑みを浮かべて、拳を顔の横で強く握った。物騒な会話におろおろとするシュネイに対し、ヴァイは呆れのため息を大きく吐き出した。そして、四角い光は消えた。一段落着いたところで、リュウはヴァイのほうを向いた。
「世話になったな」
「世話をした覚えはない」
ばっさりと切り捨てるように言うヴァイに、リュウは引きつった表情を浮かべる。
「あ、あの! また、どこかで会えたらいいですね!」
ヴァイとリュウの間に漂った気まずい空気を察したのか、シュネイが明るく言った。また会えることなどないだろうが、それでもシュネイの気持ちを理解したリュウは引きつった表情を解いて、「ああ」と頷いた。
「そうだな、また会えたらいいな。それじゃあ、メイアさんにもよろしく伝えといてくれ」
「……ああ」
そして、リュウとビィは緑に光る転移法陣の上に立つ。
「それじゃあな」
転移法陣が強い光を放つ。その強さに、ヴァイは腕で目を隠し、シュネイは目を閉じた。光が収まると、そこにリュウとビィの姿も、転移法陣もなくなっていた。それを確認したヴァイは、後ろを向き、歩き始めた。
「……行くぞ、シュネイ」
「え? あっ、えと……あっ! 師匠、待ってください!」
「って、おい!」
そこに呆然と立っていたレーヴェは、自分をさっさと置いて去ってゆくヴァイの背中に向かって、怒鳴り声を上げたのだった。
***
「ところでリュウ……、その格好どうしたの?」
「え? ああ!! 俺のコート!! あっちに置いてきた!!」
「兄さん、リュウさんのコートあるけど……着てみる?」
「……なんで俺が」