そして、翌日。
「……怪しすぎる」
第三隊のブリッジ。通信席についているミリーネが、ぽつりと呟いた。
「どうされたのですか、ミリーネ通信士?」
その隣に座っていたレオンがミリーネの呟きに気付いて聞き返した。
「いや……リュウのところの実習生たちがね、自ら率先してあの不審者の世話をしたいって」
「ほう、そりゃいいことじゃねえか」
それを聞いていたのはレオンだけでなく、二人の上のほうにある司令席に座るデュオも同じだった。「感心、感心」と頷くデュオに、ミリーネは白けた視線を送る。
「昨日までの態度、あんた知ってるでしょ。それに、彼のほうもやけにロードたちになついてるし……」
「ミリーネ通信士、それは普通逆じゃないでしょうか?」
学生がレーヴェになつく、というならわかるが、レーヴェが学生になつくとなると何か意味が違って聞こえる。そう思いながらレオンが訂正を入れるが、ミリーネは聞いていない様子である。
「怪しすぎる。あの子ら、一体何考えてるのかしら……」
眉間に皺を寄せ、深刻そうに言うミリーネに、デュオは小さくため息を吐いた。
一方、訓練所の中庭。
「レーヴェさん!」
待ち合わせの時間通りにやって来たレーヴェは、すでにその場にいた学生三人に手を振った。ロードはやけに表情を明るくさせてぶんぶんと手を振っている。サイルも軽く手を振っているが、エコは昨日と同じような呆れ顔のまま。
「よう、待たせたな」
「いえ! ……あの、その背中にあるのは?」
ロードはレーヴェが背負っているものに気付き、首を傾げながら尋ねた。レーヴェは「ああ」と言って、視線を背負っているそれに向ける。
「俺の武器。やっと返してもらえたからな……」
検査の間、セイレンに「調べるから」ととられていた愛用の武器である弓矢。ようやく返って来たとあって、レーヴェの表情から安心感が伺えた。
「本当に狩人みたい……」
改めて弓矢を背負っているレーヴェの姿を見つめながら、エコは呟く。エコの視線に気付いたのか、レーヴェがエコの方を見ると、慌てて顔をそらす姿が見えた。
「……なんだ?」
「それじゃあ、さっそく行きますかー」
レーヴェの疑問を払うように、タイミングよくサイルが声を上げた。やる気があるのかないのかわからないような、柔らかい声色にレーヴェは少し不安を抱いたが、その後ろで大きく手をあげ「おー!!」と意気揚揚な様子を見せるロードに表情を緩めた。
「よし! 行くぞ!」
「……と、遠い」
歩き始めて早三十分。ぐったりとした声を上げたのは、サイルだった。
「何だー、お前ら。まだちょっとしか歩いてないだろ」
「いやいやいや、かなり歩いてますからね」
「……なんでそんなに歩けるのよ」
「レーヴェさん、もうちょっとゆっくり歩いてもらえませんか……?」
さくさくと歩くレーヴェに対し、サイルもエコもロードも疲れきった表情を浮かべている。何故三人がそんな表情を浮かべているかわからないレーヴェは、頭の上に疑問符を浮かべながら三人が来るのを待った。ようやくレーヴェのもとについたエコが不満げな顔を浮かべてレーヴェに尋ねる。
「レーヴェさん。本当にこっちで合ってるんですか?」
「多分、こっちだと思うが……」
「多分?!」
レーヴェの言葉に、学生三人が同時に声を上げた。あまりの声の大きさに、びく、とレーヴェは体を震わせた。
「もしかして、探索魔術もしてないんですか?!」
「探索、魔術?」
「ありえない。そんな中で歩かせるなんて……!」
「あの、えーっと」
「そっか、レーヴェさん魔術使えないんだっけ……すっかり忘れてた……」
「おーい」
学生三人は疲れたようなため息と不満を、レーヴェを無視して言い続けていた。会話に入れないレーヴェは中途半端に手を伸ばして、小さな声を上げていた。そんなレーヴェに気付いたのか気付いていないのか、エコが大きなため息を吐いて会話に区切りを入れた。
「仕方ないわね……魔術展開」
ネックレスを取り出してエコが唱えると、ネックレスから青い光が放たれ、形を変えた。
「何だ、それ……?!」
光が消えると、エコの手にはネックレスはなく、変わりにバトン形のロッドが握られていた。レーヴェは驚きを隠せず目を丸く開いてその光景を見ていた。
「……おにーさん、本当に魔術使えないんだ」
「え? ってことは……」
レーヴェがサイルのほうを見ると、いつの間にかサイルもロードもロッドを持っていた。
「じゃ、早速していきますか」
「おう」
「魔術展開」
三人が目を閉じて同時に唱えると、それぞれの足元に魔法陣が現れる。
「探索魔術発動」
そして、魔法陣は黄色く光って広がり、音も立てずふっと消えた。何が起きているかわからないレーヴェは、ただ呆然とした表情で三人の様子を見るしか出来なかった。しばらく沈黙していた三人だったが、ゆっくりと目を開けて同じ方角を見た。
「何かわかった?」
「具体的な距離はわからないけど、北西になんかあった」
「私も同じ。サイルは?」
「同じく。じゃあ、方角としては合ってたんだー」
「……お前ら、何したんだ?」
ぱちぱち、と瞬きをしながらレーヴェは尋ねる。問われた三人は、それぞれの顔を見合わせた後、レーヴェを見た。
「本当におにーさん、魔術わかんないんですね」
「え?」
「今のは、探索魔術。簡単に言うと、あなたが来た魔法陣を探すための魔術です」
疑問符だらけの声を上げたレーヴェに続けて、エコが説明をした。
「俺が来た……ああ、転移法陣のことか」
「転移法陣?」
「ああ。俺が来たとき、足元にあったやつだ」
そう言いながら、レーヴェは何があったかを思い出していた。街に行く近道、と林の中を通り抜けていたが、突然足元に光が現れた。いつか経験したような感覚に包まれたが、意識は白い光の中に消えた。そして、目覚めて――不審者呼ばわり。
「本当に異世界の魔術、ってあるんですね」
ぱちぱち、と驚いたようにロードが瞬きをしながら言う。あるんですね、と言われても実際自分が魔術を使う立場では無いのでどうリアクションすればいいかわからないので、レーヴェは「あ、ああ」と適当に返事をするしかなかった。
「とりあえず、方角はあってたんだろ? じゃあ、さっさと行くぞ」
「おー!」
レーヴェが先頭を行き、ロードとサイルが手を上げて声を上げた。エコはその後ろに続いていた。が、
「……待って」
エコの言葉に他三人の足が止まる。
「どうした?」
疑問の声を上げたのはレーヴェだけだった。ロードとサイル、そしてエコはそれぞれ背中を向けてロッドを構えていた。
「魔獣です」
「……はい?」
「だから、魔獣! とりあえず、おにーさん下がって!」
サイルの言葉を受けて、どうしようも出来ないレーヴェはそのまま三人が背を向ける中心に立った。しん、と静まり返る森の中で、何かの気配をレーヴェは確かに感じ取っていた。
「……行くぞ」
「言われなくても」
ロードの言葉に、エコが返す。サイルはふっと穏やかに笑った。そして、茂みが、揺れた。
「魔術展開!」
三人は同時に叫び、三方向に跳躍した。三人それぞれが向かった先の茂みから、狼のような魔獣が現れた。
「モード、ソード!!」
ロードが唱えると、持っていたロッドが剣の形に変わる。そのままロードは魔獣の一体に向かって斬りかかった。が、魔獣も後ろ足で跳躍し、剣は掠った程度しかあたらなかった。
「サイル!!」
「えぇ?!」
魔獣の一体と交戦していたサイルに向かって、ロードが逃がした魔獣が飛び掛ってきた。ロードが追いかけようとしたその時、魔獣の背中に何かが突き刺さった。
「え?」
直後、魔獣の背中から炎が上がり、そのまま炎が全身を包んだ。突然の出来事に、ロードは足を止めてその光景を見るしか出来なくなった。
「サイル!!」
叫び声と、ひゅんと風を切る音。サイルの耳にそれが届くと、サイルの目の前にいた魔獣が悲鳴を上げた。
「レーヴェ、さん?」
声がしたほうを向きながら、サイルは名を呼ぶ。呼ばれた本人、レーヴェは弓をサイルの方に向けていた。
「命中、だな」
にや、とレーヴェが笑ったと同時に再び魔獣から炎が上がる。炎の中心には、魔獣の頭部に当たった矢があった。魔獣は混乱したように頭をぶんぶんと振り回して炎を消そうとしているが、消える様子はない。
「今だ!!」
サイルの横を突っ走り、ロードは高く飛ぶ。そして、攻撃することを忘れている魔獣の背中の中心に剣をつき立てた。
「魔術展開!」
黒い魔法陣が魔獣の背中に現れ、そして魔獣の体は砂となって消滅した。それと同じタイミングで、全身炎に包まれた魔獣も消滅し、残ったのは黄色い魔鉱石だけとなった。
「魔術展開! 拘束魔術発動!!」
残る一体の魔獣と交戦しているエコは、ロッドの両端から青い光を魔獣に向かって放った。が、魔獣は素早くその光を避け、エコに迫った。
「こっ、の!!」
エコはロッドを大きく回して、魔獣の腹を突いた。ぎゃっ、という高い悲鳴を上げて、魔獣は宙を舞う。その魔獣に向かって、矢が、飛んだ。
「あれは……」
とんっ、と魔獣の腹に矢が刺さると炎が上がる。魔獣は先ほどよりも悲痛な悲鳴を上げて、地面に叩きつけられた。暴れる魔獣だったが、やはり炎は消えそうに無い。炎に包まれたまま、魔獣は動きを止めた。
「エコ、大丈夫か?!」
呆然とするエコに向かって、サイルとロード、そしてレーヴェが駆け寄った。
「う、うん……。あれ、は」
「呪物の効果。お前らの魔術みたいなもんと同じだ」
「でも、あれ? おにーさん、魔術使えないんじゃなかったんですか?」
サイルが尋ねるが、レーヴェはその問いに上手く答えることが出来ない。魔術と呪術を同じように認識する彼らにどう説明すればいいかわからなかった。レーヴェはこれほどまでにヴァイの存在の大きさを感じることはなかった。
「……とにかく先に行くぞ!」
レーヴェは誤魔化すように声をあげ、一歩進み始めた。森の奥に歩み始めたその時だった。
四人の鼓膜を、獣の咆哮が揺らした。