Magician of Black―魔導管理局の黒き死神― × TESTAMENT
――獅子、魔導管理局に迷う。
目覚めたレーヴェは、ゆっくりと立ち上がって辺りを見た。
先ほどまでいた林よりも、鬱蒼とした森の中。見上げると、木々の隙間から水色の空が捕われているように見える。
「……ここは」
「動かないで」
突然、レーヴェの背後から少女の声が聞こえた。声から、わかりやすいほど敵意が向けられている。
「そのまま手を、頭の後ろで組んで」
「……一体、何だ」
「動くなぁ!!」
振り向こうとしたレーヴェだったが、少女の怒鳴り声にびくりと体を震わせ、言われたとおり頭の後ろで手を上げて組んだ。その時、レーヴェは背中に何かが向けられているのを感じた。剣とも槍とも思えるような、鋭いものの気配が背中から伝わる。
「……た、……に……ったの、よ……」
「……は?」
少女の震えた声が、レーヴェの耳にようやくというように届く。レーヴェはただ聞き返そうとしただけだったのだが、少女にはどうやら違って伝わったらしい。
「あんた、リュウを何処にやったのよ――――――ッ!!!」
小さく振り返ったレーヴェの目に映ったのは、青い目に大粒の涙を溜めながら怒鳴る、桃色の髪の少女――ルミナの姿だった。
数時間後、第三隊司令室。
「まあその、何だ。落ちついたか?」
「落ちつけるかよ……」
はあ、と頬杖をつきながらレーヴェは質問に答えた。質問をした側のデュオは「ですよねぇ」と苦笑いを浮かべてレーヴェの前にコップを置いた。
「しかし、面白い格好してるなあ、兄ちゃん。何処から来た?」
「ハーフェン」
ぶすっとした表情で答えるレーヴェ。それを聞き、デュオは自分の指定席であるデスクについた。
「聞いたことねえな、そんな場所」
「……は?」
「じゃあ次の質問。兄ちゃん、あの足元にあった魔法陣見たいなのは何だ?」
「……その兄ちゃん呼び、やめてくれないか」
にやりと笑いながら尋ねるデュオを、少し睨みつけながらレーヴェは言う。それを聞き「ああ」とデュオは思い出したように声を上げた。
「そういや、名前聞いてなかったな。名前は?」
「レーヴェ=ライデンシャフト」
「おお、かっこいい名前。職業は?」
「傭兵だ。シュヴァルツケルツェの」
「……シュヴァル、何だ?」
デュオの反応に、レーヴェは眉間に深い皺を寄せた。
「お前、知らないのか」
「多分、ここにいる人間全員に聞いたら俺と同じ反応するぜ」
「……お前らは、なんなんだ」
「魔導管理局の愉快な魔導士たち」
にっこり、と笑うデュオの答えに、レーヴェはぽかんとした表情を浮かべた。レーヴェの反応を見て、デュオは小さく頷いた。
「仮説だ。お前、もしかして全然違うところから来たんじゃね?」
「……は?」
全く意味がわからない、と言うようにレーヴェが声を上げる。と、その時デュオのデスクに設置されていた通信機がピー、と音を鳴らした。デュオはスイッチを押し、通信に答えた。
「はい、クローヴ」
[検査室です。今、そちらにセイレン部長が向かっております]
「おう、了解」
デュオが返事をした直後、司令室の扉がノックされた。「早いな……」と呟きながら、デュオは扉を開ける。ソファにちょこんと座ったままのレーヴェは、開かれた扉のほうを見た。
「あ、彼が噂の不審者くん?」
くす、と笑いながら部屋に入ってきたのは白衣を着た女性――セイレン。不審者、と言われたレーヴェは表情を先ほどと同じようにむっと曇らせた。
数時間前。ビィから魔法陣『らしきもの』があるという通信が第三隊に入った。その正体の探索を開始した直後、突如強力な魔力波動が感知された。そして、その魔力波動が消失すると、リュウとビィの生体反応が消えたのだ。突然のことに混乱した第三隊だったが、その周囲にいる魔導士に連絡して、リュウとビィの探索を行うようデュオは指示した。
そして、その連絡を受けた魔導士の一人が、ルミナだった。すぐにリュウとビィが消失したポイントに向かうと、不審者が魔法陣『らしきもの』の上にぼんやりと立っているのが見えた。
「あんた、リュウを何処にやったのよ――――――ッ!!!」
ルミナの絶叫は、周囲を探索していた魔導士たちの耳にすぐに届いた。魔導士たちが声のほうに向かうと、今にも周囲を黒ずみにしかねないような魔術を発動しかけているルミナと、そんな彼女から必死に逃げる不審者がいた。
「リュウ・フジカズ、ベリー・オブ・ブラック消失ポイントに、不審者発見! 二名の消失となんらかの関係があると思われます! そして、誰かルミナさんを止めてください!!」
そんな慌しい通信が第三隊に飛び込み、慌ててデュオがその場に行ってルミナを止めた。男性魔導士が暴れるルミナを二人がかりで押さえ、逃げようとする不審者をまた別の魔導士が腕を掴んで止めている、というあと少しで修羅場になりそうな光景がデュオの目の前に広がっていた。
「……なんじゃ、こりゃ」
そして現在。不審者、ことレーヴェはセイレンに連れて行かれて検査室にいた。
「……ここ、何だ?」
「あら、見てわからないの? 検査室よ?」
セイレンはそう言うが、レーヴェは見てもそこが検査室と思えなかった。というか、今まで見たことのない造りの室内に、レーヴェは混乱している。
「なんなんだ、一体……」
「大丈夫よ、そんなに緊張しなくても。じゃ、そこに横になってちょうだい」
ひらひらと手招きをするセイレンに従い、レーヴェは白い簡易ベッドの上に寝転んだ。すると、セイレンがそっと近づいてレーヴェの服に手を伸ばした。
「って?! な、何する気だ!!」
「大丈夫。怖いことはしないから」
ふっと微笑むセイレン。しかし、眼鏡の奥にある彼女の瞳は、怖くないという言葉と裏腹にやけに鋭い。
「ほら、力を抜いて……」
耳元で囁くセイレンの声に、レーヴェの恐怖心が増した。背筋に冷たいものが、走る。
「やめ……ひっ」
レーヴェの悲鳴が、魔導管理局内に響いたとか、響かなかったとか。
「一体何やってるんですか、セイレンさん」
「そんなこと言わないの、ミリーネ。ほら、ちゃんとデータは出たんだから」
呆れたように言うミリーネに対し、セイレンはにこにこと満面の笑みを浮かべている。セイレンの手には確かに検査データが示されている書類があるのだが、ミリーネが呆れ顔を浮かべる原因は、視線の先にいるレーヴェだった。ソファに座っているのだが、その座り方は先ほどとは違って、ぐったりとしている。背中は猫背のように曲がっていて、俯く顔から表情は読み取れない。だが、彼が明るい表情を浮かべていないことぐらい、その様子からミリーネは理解していた。
「……Dランク?」
そして、セイレンから受け取った書類を読んでいたデュオが驚きを含んだ声を上げた。それを聞き、セイレンが小さくため息を吐き出して頷いた。
「正直、そのランクも申し訳程度、だけどね。彼、はっきりいってただの一般人よ」
「……は?」
セイレンの言葉に、今度はミリーネが驚きの声を上げた。
「はっきり言って、彼のパワーランクはE。でもわずかに魔力波動が感じられたから……まあ、言ってしまえばE+かD-ってところね」
「なるほど、申し訳程度……」
苦笑いを浮かべて、デュオはセイレンの言葉を繰り返した。
「……なら、何で彼が転送魔術であそこに現れたの?」
ちら、とレーヴェを見ながらミリーネはセイレンに尋ねる。
「実際に魔術を使ったのが彼じゃない。あるいは、……魔術が使えない人間でも使える魔術がある、とか」
セイレンの仮説に、ミリーネが「は?」と呆れと驚きが混じったような声を上げた。しかし、デュオは書類に目を通したまま、頷いていた。
「レーヴェの持ち物のことも、調べてあるんですね」
「ええ。彼、面白いもの持ってたわよ。こんなアイテム、見たことない」
デュオの手元にある書類には、レーヴェの持っていた弓矢の写真が載っていた。そこに詳細に書かれている魔力波動のデータは、明らかに今まで見たことのないものが記されていた。
「確かに。こんな魔術コード、見たことありませんね」
「……お前ら、何の話してるんだ」
そんな時、ようやくレーヴェが顔をあげて会話に入ってきた。話の流れから、自分の武器のことだろう、と理解したレーヴェは少しやつれた表情のまま、三人を見た。
「ちょうどよかった。ねえ」
「ひぃっ」
話を振ってきたセイレンを見た瞬間、レーヴェの口から引きつった声が上がった。一体どんな検査をしたんだ、と思いながらデュオが書類をテーブルの上に置いてレーヴェに尋ねた。
「お前のこの武器、何の魔術を使っている?」
「それに使われてるのは、魔術じゃない。呪術だ」
「……は?」
レーヴェの言葉に、デュオだけでなくセイレンやミリーネもきょとんとした顔を浮かべた。
「呪術? 何だ、それ」
「は? 何で知らないんだよ」
「ここにいる人間全員に聞いたらみんな同じ反応するぜ」
それは、先ほどと同じデュオの言葉。何を言っているんだ、とレーヴェが視線をセイレンとミリーネに向けるが、二人とも小さく首を振った。
「ミリーネ。先に言っておくが、これから言う事、俺は真面目に言ってるからな」
「は? あんた、何言って」
「こいつ、異世界から来たんじゃねえの?」
ミリーネの疑問を遮るように、デュオははっきりと言った。呆然とするミリーネの横で、セイレンは「やっぱり」と言いながらため息を吐き出した。そして、言われた側のレーヴェは、目を大きく開き、数回瞬きをした。数秒の沈黙後、
「はあ?!」
とミリーネとレーヴェが同時に声を上げた。
セイレンが検査で出て行き、ミリーネも自分の仕事に戻って、二人っきりになった第三隊司令室。
「なるほど、さっぱりわからん」
満面の笑みを浮かべて言うデュオに、レーヴェは大きく息を吐き出し頭をがくっ、と垂らした。こんなときにヴァイがいれば上手く説明してくれるんだろうけど……というレーヴェの願いは、何処にも届かない。
「わかったのは魔術系統が全く違うってことだな。そして、お前の魔術の知識が残念ってこと」
「なっ?! 残念って何だ、残念って!」
と、言い返したものの、実際レーヴェが知る魔術の知識など掠った程度である。そんなレーヴェが魔術に関してあれこれ言えるわけではないが、さすがに何も知らないデュオに言われるのは腹立たしいものが生まれる。
「とりあえず、細かいところは今セイレンさんが調べてくれてるだろうから、お前から聞くのは諦めるわ」
「……今、ものすごくバカにしてなかったか?」
「あら、バレた?」
そう言うデュオは、爽やかな笑顔。レーヴェはふつふつと沸くデュオに対する怒りをぐっと押さえ込んだ。そんなレーヴェの葛藤を知る由もないデュオは、大きなため息を吐き出した。
「どうするかなー……セイレンさんから報告無いと動けないし、だからと言ってずっとこいつと二人っきりでいてもなあー……」
本当なら他の部隊にも協力を得たいところであるが、第一隊の隊長であるフリジアから「自分の部隊で起きたことぐらい自分で後始末をしろ」と言われてしまった以上、協力要請はできない。しかし、自分にも自分の仕事があるし……とデュオが考えたときだった。
「あ」
頭の中にある豆電球が、光った。
「いいこと、思いついた」
「……は?」
レーヴェは、少しだけ、嫌な予感がした。
場所は変わって魔術指導訓練所のとある面談室。
「……で、どうするのよ、この状況」
「どうするって言ってもなあ……」
「あの人、本当に俺たちのこと雑用と思ってやがるな……」
その面談室にいるのは、エコ、サイル、ロード、そして、レーヴェ。
学生三人組は大人数用のソファにぎゅうぎゅう詰めにすわり、テーブルはさんで向かい側に座っているレーヴェとなるべく目を合わせないようにひそひそと会話を交わしている。が、会話はほぼレーヴェの耳に届いていた。
「大体、ロードが引き受けるから悪いんでしょ」
「はあ?! お前、デュオ司令に会った事ないからそんなこと言えるんだよ!」
「まあまあ、落ちつけって」
「落ちついていられるか!! こっちだってなあ、何かよくわかんないままに押し付けられたんだよ!!」
「よくわかんない? それはあんたの頭が悪いだけじゃないの?」
「んだと?!」
「だーかーらー、そんな夫婦漫才すんなって」
「どこが夫婦漫才よ?!」
「勝手に夫婦にすんじゃねぇ!!」
「……あのー」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた三人を見て、レーヴェがようやく声を上げた。それに気付いたロードとエコがはっと動きを止めた。やっと落ちついたか、とサイルは大きくため息を吐いて、そしてレーヴェのほうを見た。レーヴェは引きつってはいたが、何とか笑顔を作っていた。
「君たち、あのデュオ……だっけ。あいつに何て言われたんだ?」
「……不審者の対応を適当にしておけ」
あまりにもストレートすぎるエコの発言に、レーヴェの引きつった笑みが更に引きつる。それに気付いたロードとサイルが慌てた様子を見せるが、エコはむっと表情を曇らせたままだった。
「あ、あの! も、もしかして別の世界から来られたって聞いたんですけど、それって本当ですか?!」
半ばやけくそになりながら、ロードが尋ねる。レーヴェはようやく表情を緩めて、小さく息を吐き出して答えた。
「多分、だろうな。俺は、こんな造りの建物も見たことないし、お前らみたいな格好の奴らも見たことない」
「確かに、おにーさんの格好、変わってますよねえ」
興味津々、というようにサイルが改めてレーヴェを見る。まるで物語に出てくる狩人のようだ、とエコはレーヴェを見て感じていた。
「わかった! おにーさんは弓使いだ!」
「お、当たり。よくわかったな」
「勘です、勘!」
えへへーと笑いながら自分の後ろ頭を撫でるサイルを、レーヴェは微笑ましく見ていた。
「……あの、質問なんですけど」
ロードが小さく手をあげる。レーヴェは視線を、サイルからロードに向けた。
「リュウ先生とビィさん、何処に行ったか知りませんか?」
「……リュウ」
その名には、聞き覚えがあった。
突然知らない場所に辿り着いて突然知らない少女に怒鳴られた言葉の中に含まれていた、名前。しかし、そこで聞いただけでそれ以上も以下も知らない。
「誰かも言ってたな……。けど、俺は何も知らない」
「そう、ですか」
レーヴェの答えに、ロードの表情が少し暗くなる。そんな反応をされるとは思っていなかったレーヴェは「え?!」と小さく声を上げた。
「あ、あの……」
「いや、気にしないでやってください。こいつ、思い人が行方不明中なんで」
にや、と笑いながらサイルが戸惑うレーヴェに言った。後半部分は、小さめに。そんなサイルに、レーヴェは一瞬デュオの姿を重ねた。
「……で、どうするのよ」
再びその問いをしたのは、やはりエコ。レーヴェから顔をそらして頬杖をついているが、呆れた顔はレーヴェにも丸見えだった。
「どうする……って、どうしましょうか?」
「いや、何で俺に聞く?」
どうにか出来るなら、今すぐにでも何か行動したいけど。と、どちらかと言うと行動派のレーヴェは思いながら、サイルに返事をしていた。
「とりあえず、するとしたら俺が来た場所にもう一度行ってみるしかないか……」
「それだ!!」
何気なく呟いた言葉に、突然大声が重なる。そして、レーヴェが視線をずらすとロードがテーブルに両手に手をついて身を乗り出していた。
「レーヴェさん!!」
「あっ、ああ、何だ……?」
「明日、行きましょう!! レーヴェさんが来た場所に!!」
「それもありだなー。どうせ、リュウ先生いなかったら実習もないから暇だし」
「……別に、行くなら行ってもいいけど」
目をキラキラと輝かせながら言うロード、にっこりと笑いながら言うサイル、相変わらず頬杖ついたままのエコ。様子はそれぞれ違えど、したいことは一致したらしい。
そして、レーヴェは。
「そうだな! こんなところで閉じこもっていても始まらない! よし、じゃあ明日行くぞ!」
「はい! それじゃあ明日の十時、学校の中庭で待ち合わせましょう!」
「おう!」
先ほどまでの引き気味のテンションは何処へやら。ロードと意気投合したのか、目をキラキラと輝かせて、互いにしっかりと手を組んでいる。そんなレーヴェとロードを見て、エコがまた呆れを吐き出すような、大きなため息を吐いた。