スケッチ・ユー

 

 野球部の練習風景を、美術部がスケッチするから。

 ある日の練習前のミーティング。部長が練習メニューを言い終えたあと、ついでに、と言うように付け加えた。

「まあ、別に練習に関わることはないからな。ただ、スケッチしてるだけ。自分のいい姿描いてもらいたい奴は真面目にしろよー」

 つまりは、いつも通りにメニューをこなせば問題がないわけだ。時々人気の先輩の練習風景を見ようと、女子が練習を見に来ることもあるし、それよりは静かに見られる、と思えばいい。女子のぎゃあぎゃあ言うような高い声が耳に入ってくるよりはマシだと思う。

 

 美術部がスケッチを始めて一週間ほど経った。

 俺たちの中で話題になっているのは、美術部に唯一いる男子生徒のことだった。

「美術部で男子ってなんか地味だよなあ」

「っつーか、美術部に入るヤツとか根暗とかオタクじゃね?」

「わかる。絶対あいつらマンガとかしか読んでないって」

 他の美術部員がほとんどスケッチを終えている中、その男子生徒だけはずっとスケッチをし続けている。グラウンドの隅で、黙々と描き込みを続けている姿を、他の奴らはバカにしていた。うちの学校における美術部員といえば、女子しか所属していない地味な部活。そんな部活に入ろうと考える男子生徒なんて、ほとんどいない。

「あれでハーレム気取りとかだったら、笑えるよなあ」

「妥協点って言っても低すぎるって。もうちょっと選べるだろ、うちの学校でも」

「いや、アレでも好みはあるんだって。なあ、タカシ」

「え。あ、うん、そうだな」

 俺個人としては、みんなが言うこともわからなくもないが、別にどうでもいい、というのが一番だった。誰が美術部に入っていようと、誰が野球部に入っていようと、男が美術部に入っていようと問題はないと思う。女が野球部っていうのはちょっと無理があるかもしれないが、それで何か問題が発生するかと言われると、そうでもない気がする。

「ほらお前らー、休憩終わるぞー。練習再開するぞー」

「うぃーっす!」

 部長の声を聞いて、俺たちは返事をしてグラウンドに出た。隅には、やっぱりあの男子生徒が座ってスケッチをしていた。

 

「ほら、これ」

「え」

 ある日の練習の休憩時間。俺は、スポーツドリンクを一本もって、あの男子生徒の所に行った。

 日差しの強い中でずっと絵を描き続けているそいつが、水を飲んでいる様子を見たことがなかった。多分、俺たちが練習している間に飲みながら描いているのだろうと思っていたが、実際に近づいてみて、近くに飲み物らしきものがないことを知った。

「あ! ……ありがとう、ございます」

 慌ててスケッチブックを閉じた男子生徒。俺の顔を見て数秒沈黙した後、俺の差し出したスポーツドリンクのペットボトルを受け取った。

 暑い中、上着の学ランを脱がずに描き続けていた男子生徒。学ランについている校章の色から、俺と同じ学年ということを初めて知った。こんなヤツ、うちの学年にいたんだ、と思いながら俺はそいつの顔を見ていた。

「わざわざ、すみません。用意してもらって……」

「いや、俺が勝手に持ってきただけだから。あと、俺も二年だから敬語じゃなくてもいいよ」

 そう言って、俺は自分のスポーツドリンクを飲む。男子生徒も、それをみてドリンクを飲んだ。

「そう、なんだ」

「うん」

 どうしよう。

 別に会話を続けるつもりでもなかったのだが、こうも会話がぶっつりと途切れると、なんだか居心地が悪い気がした。どうしようもなく、俺は男子生徒の隣に座ったが、やはり会話のしようがない。

「……あの」

「ん?」

 まさか、向こうから会話を振ってくるとは。何か共通する話題とかあるか、と思って男子生徒のほうを見る。

「レギュラー、なの?」

「いや、補欠」

「ごめん」

「いや、別に謝らなくても……」

「うん……」

 気まずいにもほどがある。別にレギュラーじゃないから、と言って腐るわけでもないのに。

 沈黙が、続く。グラウンドでは、陸上部やサッカー部の練習が行われている。こういう光景を、いつもこいつは見てるんだな、とか思ってしまった。

「何で、美術部入ったんだ?」

 沈黙が続くのはあんまり好きじゃないから、とりあえず何か会話しようと思って話を振ってみる。

「絵、好きだから」

「やっぱ、絵、上手いの?」

「いや、全然。好きと上手いってなかなか一致しないじゃん」

 苦笑いを浮かべながら、答える。その言葉には、確かに同意できた。いくら好きだ、という思いがあっても才能があるとは限らない。努力をしても、天才に勝てない時だってある。

「あのさ」

「なに?」

「スケッチブック、見せてほしいん、だけど」

「え」

 俺が言った瞬間、男子生徒は顔を真っ赤にさせた。

「いや、ちょ、っと、困る、かも」

「そう、なんだ?」

 スケッチブックを見たいって頼むことって、そんなにいけないことだったのか。ちょっと悪いことをしてしまったと思う。俯いて、地面に置いているスケッチブックを見つめる。

「……名前」

「え?」

 スケッチブックに書かれている名前は薄く、読み取れなかった。俺の呟いた声が届いたのか、俺の顔を見ていた。

「え、あ。えっと、あの、名前、なんて書いてるのかな、って」

「あ……。おれの、名前?」

「うん。あ、俺は、藤野タカシ、だ」

 マンガの読みすぎか、『人の名前を聞くときは、まず自分から』という言葉が頭に出てきて、その勢いで言ってしまった。言ったあとに、なんとなく恥ずかしくなって顔をそらした。

「加野、潤平」

「潤平?」

 顔をもとのほうに向けて聞き返すと、潤平は頷いた。頷いたと同時に、潤平の髪がさらさらと揺れた。自分の髪は丸刈りにしてるから、こうやってさらさら揺れることもないよなあ、とか、触ったらやわらかいんだろうなあとか、どうでもいいことを考えていた。

「うん。潤平、です」

 ぎこちなく、潤平が答える。顔の赤さは、さっきよりも更に濃くなっているようだった。顔に、赤いペンキぶちまけたみたいな、そんな色だ。

「かわいい」

「えっ」

「あ」

 口から出ていたのは、「かわいい」という言葉。目を見開いた潤平を見た瞬間、俺の顔は一気に熱を帯びた。

「今、なんて」

「あっ、え、っ、あ、そのっ」

 潤平が俺のほうに顔を近づけてきたのに対して、俺は身をそらした。近づいてきた潤平の顔を見れば見るほど、顔の熱が異常に上がってゆく。ばくばくばく、と心臓が鳴っているのが耳の奥で響いている。

 そのとき、ばさっ、と何かが落ちる音がした。何の音か、と潤平から視線を外すと、潤平のスケッチブックが見えた。開かれたスケッチブックには、人物が描かれている。

「あっ!」

 音に気づいた潤平が、慌ててスケッチブックを閉じる。しかし、俺はその中身を見てしまった。

 描かれていたのは、練習中の俺、だった。一瞬、写真かと思うような、リアルな絵だった。偶然、その一ページに俺が描かれていただけかもしれないが、それでも、自分が描かれていると思うと、なんだか不思議な気分だった。

「俺を、描いてたの?」

 俺が尋ねると、潤平はまた俯いた。前髪のわずかな隙間からでもわかるぐらい、顔が真っ赤だった。

「う、ん」

「すげーな。見て一発でわかった。超上手いじゃん、お前」

 首を振る潤平。小さく、「そんなことない」と呟いているのが聞こえた。

「だって、本当のタカシ、は」

 言いかけて、やめた。潤平に初めて名前を呼ばれたことに少し嬉しく思ったのに、その続きが聞けない。なんだか、胸のあたりが、もやもやする。

「何だよ、潤平」

「……」

「なあ、潤」

「おーい、野球部、休憩終了ー! 練習再開するぞー!」

 グラウンドから、声が響いた。部長の声に、俺は視線を潤平からグラウンドに向けて、それからもう一度潤平に戻した。

「俺、練習行くわ」

「うん、頑張って」

「お前も、スケッチ頑張れよ」

「……うん」

 潤平は頷いた。それから、スケッチブックの、白紙のページを開いた。俺は潤平に背を向けて、グラウンドに向かって走った。

 

「本当のタカシ、は」

 

「すごく、かっこいいから」

 

 そんな声が聞こえて、足を止めて振り向く。潤平が、やっぱりペンキをぶちまけたような真っ赤な顔をして、俺を見つめていた。

「今、お前……」

「おい、タカシー! 早く練習するぞー!!」

 グラウンドから、また部長の声がした。今すぐ潤平のところに走って行きたいところだったが、後ろから他の奴らからも声をかけられていて、それはできそうにない。

「潤平!」

 遠くからでもわかるように、大きく目を開いて潤平が俺を見ている。スケッチブックを地面に置いて、潤平が立ち上がる。

「練習終わったら、そっち行くから!」

「……う、うん!」

 強く頷く、潤平。

 風に吹かれて、スケッチブックがぱらぱらとめくられていた。

 

 

 

 

:あとがき:

某BL作品にはまってしまい、むしゃくしゃして書いた作品です。

桃月の書くBLは基本的に生ぬるいものです。友情以上、恋愛未満、みたいな二人の関係が好きです。

野球部男子も美術部男子も実は初めて書いた設定でした。特に野球部は今まで書く勇気がなかったという……やっとかけるようになって嬉しいです(笑)

今度はちょっと濃厚な話も書いてみたい、と思いながらもまた生ぬるいものになりそうな予感がします。

 

 

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