最後の魔法
〈基本知識〉
その時代は、『一般人』と『魔法使い』が共存している『科学』の時代。『魔法』は『一般人』の知り得ない超常現象と認識されている。もちろん、『魔法使い』にとっては当たり前、常識の世界なのだが、『一般人』に説明しても理解できないだろう。
世界人口のほとんどは『一般人』で構成されている。『魔法使い』は年々増加傾向にあるものの、まだまだ少ない。『魔法使い』は突然変異で発生する。一種の超能力である。時々、『魔法使い』は超能力者と呼ばれることもあるが、現在ではほとんどが『魔法使い』と呼ばれている。『一般人』にとっては『魔法使い』も超能力者も大して変わらないと認識されていて、『魔法使い』にとっては超能力者なんて眼中にない。
〈あおいの記憶〉
何で、何で私はこんな状況に陥っているんだ。長西あおいは目の前の男を見つめながら、現状に絶望していた。このままだと、彼女は死ぬだろう。
何故なら、彼女の目の前にいる男は『魔法使い』であるから。
「あたしを殺すんでしょ、『魔法使い』」
何故なら、彼女の目の前にいる男は銃をあおいの頭に構えているから。
「あたしを殺すなら、殺しても構わない」
あおいは男を睨む。男は銃を構えたまま、あおいを感情の映らない瞳で見つめている。男の黒い髪が、風になびいて揺れた。
「死ぬ覚悟が出来ているのかい、その若さで」
「あんたが『魔法使い』で銃を構えているなら、死ぬのも仕方ないって思う」
「ほう」
「だけど、あたしは許せないことが一つある」
あおいはよく喋る少女である。彼女から喋りを奪ったら、それはまるで『魔法』をとられた『魔法使い』と一緒なのだ。あおいの言葉を、男は待つ。
「あんたは『魔法使い』のくせに『科学』の化身である銃を使っている。それが許せない」
「なるほど」
「『魔法使い』なら『魔法』であたしを殺して見せなさいよ。それとも、あんたは『魔法』を捨てて『一般人』になって、銃で殺しなさい」
男はあおいの言葉に頷いた。「それもそうだな」と言って、銃を地面に投げ捨てた。
「正しい。少女、君の言葉は正しい。素晴らしく正しいね」
そして男はとうとう拍手をあおいに送り始めた。目の前の男はつい先ほどまであおいに銃を向けていた事実を全く感じさせないほど、大きく拍手をした。
「は?」
「君の言う通り、僕は『魔法使い』だ。だけれど、『科学』の化身である銃だって使う」
「何よ、いきなり」
「僕は『魔法使い』だ。そして僕は元『一般人』でもある。君は知っているかい?」
男は微笑み、あおいを見つめる。不謹慎だが、あおいは男のその微笑みを美しいと思った。男は言葉を続ける。
「突然視力や聴力を失った人間の気持ちを。もちろん、僕には理解出来ない」
何だろう、この人。さっきまであたしを殺そうとしてたのに、と思っていたあおいだったが、そんな男に惹かれていた。『魔法使い』は心を惹きつかせて、その心を奪うという。それを知っていたが、あおいは男から目を離すことが出来ずにいた。今すぐにも、自分は殺されるのだろう。あおいは男を見つめた。
「なら逆はどうだろうか? 生まれつき視力を持たない人が視力を得る。あるいは聴力を持たない人が聴力を得る。どう思うか、わかる?」
「喜ぶと思う」
あおいは思った通りのことを言った。
「そうかもしれない。だけれど、驚くかもしれない。もしくは悲しむかもしれない」
「何で悲しくなるの」
まるで国語の授業の時、教師にわからない部分を尋ねるようにあおいは言った。
「今まで信じていたものが全部崩されるかもしれないだろう。人は期待していて、でもそれ以下のものだと悲しくなる。そうだろう」
「それは、確かに」
「僕はまさにそれだ。僕は天性的な『魔法使い』じゃなく、後天的な『魔法使い』だ。誰が何で僕にしたかわからないけれど、僕は『魔法使い』になった」
「は、はあ」
「仮に、君が今ここで『魔法使い』、いや、女性だから『魔女』……という言い方も古いか。ともかく、そうなったとする」
「はあ」
「君は今まで築いてきた生活を全て捨てられるか?」
男の言葉に、あおいはびくりと肩を震わせた。今までの口調と何かが違って聞こえたからだ。そして、あおいは恐怖を覚えながら首を振った。
「そう。だからこそ、僕は『科学』の化身を使う。今まで、僕は『一般人』として名をもち、『科学』の化身と共に生活していたからだ」
あおいが生まれて初めて見た『魔法使い』はそう言った。
「僕は、銃も使う。ガスレンジだって使うし、携帯電話も使う。テレビがない生活なんて考えられないね! ああ、あとパソコンも必要だ」
「なんだか、あんたって『魔法使い』みたいじゃない」
「よく言われる。それは褒め言葉だと受け止めるよ」
男はかがんで、先ほど捨てた銃を拾い上げた。
「さて、ここで僕は思う。『魔法使い』は恐ろしいだとか殺人者だとかよく言われるだろう?」
あおいは頷く。
「だけれど、本当に恐ろしいのは君たち『一般人』だと『魔法使い』である僕はそう思うね」
「何で? 『一般人』には『魔法使い』みたいな力はないじゃない」
『魔法使い』にある力は『一般人』の理解を超えたものである。自身の移動、物体の移動、物質の変換、その他にも多くがある。まだそれは『科学』的に解明されていない。故に、『魔法』と呼ばれるのだ。
「だけれど、『一般人』にも『科学』で解明できないものを持っているじゃないか」
「何?」
「心、だよ」
ココロ。
「心?」
「そう。君の考えていることは、僕に理解出来ない。まあ、それは君も同じだろう」
「そうね。あたしはあんたの考えてることなんてわからない」
「でも『一般人』同士はお互いが何を考えているかわからないだろう」
「当たり前じゃない」
『魔法使い』には『一般人』を魅了する力がある。男はあおいの考えていることを理解できないと言ったが、実際は理解の範囲にあるだろう。確実に、彼はあおいを惹きつけている。
「なら『一般人』の方が恐ろしい。笑顔で腹黒いことを考えていたら、どうする?」
「どうする、って」
そう言っている間にも、男は再び銃を構えていた。
「笑って、話して、泣いて。その間にも殺意を覚えているかもしれない」
銃口は、あおいの額に向けられている。
「恐ろしい世界だ。例えば、見知らぬ男が大暴れして殺されるかもしれない恐怖を抱えて街に出ないといけない。学校に行っても、同級生に刃物で刺されるかもしれない。学校、大学で発砲事件。ああ、今なら小学校ですら事件の現場になってしまう。先生が突然殴ってきて、僕の頭が教室のあの固い床に直撃したらどうしよう」
あおいは先ほどまであった絶望感がないことに気づいた。一度覚悟をした人間は、もう諦めがついてしまうのだろう。そう納得して、男の向ける銃口を見つめた。
「なんて、思ったことは無い?」
「とき、どき」
男はそのあおいの返事に笑った。笑って、あおいの額に銃を押し付けた。
「怖い?」
「怖いというか、諦めて、何も出来ない感じ」
「僕に殺されてもいいと思う?」
「せめて、『魔法』で殺して」
あおいが言うと、男は銃の引き金に指をかけた。
「いいよ、これが最後の『魔法』だ」
男の低い声に、『魔法』があるのだろうか。あおいがそう考えたときだった。
「俺は『魔法使い』じゃない」
発砲音が響いた。
:あとがき:
〈魔法使い〉と〈科学〉をテーマにした作品です。今ならいえますが、この話はハ○ルの動く城を見ながら書きました。本当はもうちょっと明るい話にする予定でした…… あおいちゃんを撃った彼は過去にいろいろあったとかなかったとか(適当……) そして一発ネタのはずが、思いのほかこの世界観が気に入ってしまったので続編(オーバー・パワー)を書いてしまったわけです。 またこのシリーズ、書きたいなあ……なんて思っています。 |