いくら不安や心配を抱えていても、いずれ朝は来る。そんなこんなで気が付けば土曜日になっていた。

「ええー…っと……」

「わー…これは、また……」

 瀬々良木駅前で待ち合わせをしていた柊一郎と碧乃はやってきた中学生二人組の姿を見て言葉を失っていた。

「ども! 今日はお世話になりまーす!」

「……おは、よう」

 明るく挨拶をした中田の髪は派手に立った明るい茶髪と所々に見えるピンクや水色といったメッシュ。服は全体的にだぼついており、耳にはピアスまでもついている。

 一方中田とは打って変わって低いテンションの水市は黒い髪の中に赤のメッシュが入っている。服装は普段の水市から連想できない、パンクファッション。シルバーアクセサリーが黒い服に輝き、中田同様に鎖がついたピアスもつけている。が、その目元には不安で眠れなかったのか、隈が出来ている。

「二人とも、どうしたの? その格好」

「尾行といったらやっぱり変装でしょ! あ、俺あと眼鏡と帽子も持ってきましたよ」

 碧乃の言葉に鞄を漁りながら答える中田。そして、鞄から黒い帽子と黒い大きな縁の眼鏡を取り出した。

「じゃーん。これさえあれば完璧っすね!」

「でも、君たち中学生でしょ……その頭は…」

「ああ、これカツラっていうかウィッグです。知り合いから借りて。あ、耳はピアスじゃなくてマグピなんで穴開いてませんよ」

 中田が柊一郎の質問に答えるが、少しわからない単語がぽんぽんと飛んできた。一方碧乃は「なるほどー」と納得している様子だ。

「じゃ、私もこの帽子かぶって…はい、先生も眼鏡かけて」

「え、えーっと……」

 碧乃に言われるまま柊一郎は黒縁の眼鏡をかける。度は入っていない、伊達眼鏡のようだ。

「さて、幸橋はどこかなー……っと」

 土曜日と言う事もあって、駅の周りには人がそこそこ多くいる。その中で、幸橋一人を探すのは少し面倒なことである。と、思っていた矢先。

「いた!」

 中田が小さく叫び、一同は駅前にある時計柱の裏に隠れた。

「あの子が、幸橋さん?」

「はい」

 柊一郎は少女の横顔を見る。白いシャツと淡い黄色のカーディガン、ピンクのスカートと言う清楚な少女を連想させるような格好をしている幸橋は、バッグと別に紙袋を持っていた。誰かを探している様子で、あたりを見渡している。

「どうやら誰かと待ち合わせのようだね……」

「多分、この間助けてもらった男と待ち合わせ、だと思います」

「なんだか複雑ねえ…」

 碧乃が呟いている間に、幸橋ははっと顔を明るくさせた。そして、ある方向に走り出す。幸橋の走る方向にあわせて、一同も同じ方向に顔を動かす。そこには長身の男が立っていた。その姿を、柊一郎と碧乃は知っている。

「え、石蕗さん……?!」

 幸橋が足を止めたのは、紛れもなく石蕗の前だった。幸橋は楽しげに石蕗に声をかけて、その言葉に石路は相変わらずの無表情で返事をしている。

「もしかして、お知り合いだったりするの、しゅーちゃんたちの」

 状況が全くわかっていない中田は柊一郎に尋ねる。その問いに答えたのは碧乃だった。

「先生の大切な、家政夫さんよ」

 

「本当にありがとうございます。わざわざ一緒に回って頂いて…」

「…いえ、出来ることがあればお手伝いします」

 石蕗は目の前にいる少女にそう返事を返す。その言葉に幸橋は楽しそうに微笑んでいる。

「そう言っていただけて、とても嬉しいです。瀬々良木には慣れてなくて、困っていましたから」

「…初めての場所なら誰でも困ってしまうものです」

 そう言った石蕗は幸橋と歩調をあわせる。端から見ていると兄と妹のように見えるこの二人だが、約一名そのほのぼのとした様子を絶望した表情で見つめている人物がいた。

「せ、せい…じー……」

「せ、いちゃ…ん……?」

 二人を後ろから追跡していた水市の表情はパンクファッションに似合わない、暗い顔をしている。風が吹いたら飛ばされそうなオーラも漂わせている。

「水市君、しっかりして! ほら、元気出して!」

「あ、あっはは…お、俺は、げ、元気でえ……す…」

 そう言っているが、水市は死にそうな声を上げた。碧乃も引きつった表情で水市を見る。

「水市君、事務所に来て少し休む? じゃないと…」

「いえ、行きます……俺は、真実を、見つけるためにここに来たんですから」

 やけに話が発展してないか? と、柊一郎と中田は苦笑いを浮べた。そんなサスペンスドラマじゃないんだから、と碧乃が明るく声を出すが水市は相変わらずの暗いオーラを発している。通行人の視線が暗いオーラを出すパンクファッションの少年にちらちらと向けられる。

「しかし、石蕗が人と会うっていうのは聞いていたけど……まさか中学生と会うなんてね」

「でも石蕗さんなら人助けしそうかも。らしいといえば、らしいですね」

「確かに」

 柊一郎は微笑みながら頷いた。きっと困った人がいたらすぐに手を差し伸べる、石蕗との長い付き合いの中で柊一郎は実感していた。現在の自分も彼にとっては困った人なのだろう…なんて考えて少しだけ肩を落とした。

「しっかし、その石蕗さん…すげー美形ですね」

「そうよねー」

 以前、碧乃の友人も石蕗に惚れただの何だの言っていた時期があった。やはり石蕗の見た目は平均以上のものがあるのだろう。

「幸橋が惚れるのもしかたな……」

 中田は言いかけてびくりと肩を震わせた。突然肩を震わせた中田を驚いた顔で碧乃と柊一郎は見たが、すぐにその理由がわかった。

「……こ、い………」

「晴時! 今のは違う、違うんだ!!」

「いず、み………あ、はは…は…」

「しっかりしろ! 気を確かに持つんだ晴時!!」

 前にいる石蕗と幸橋に聞こえないように中田は小さく水市に向かって言った。水市の表情は先ほど以上に暗いものになっている。そのオーラは自分たちを包み込みそうで、碧乃と柊一郎は少し怖くなった。幽霊に追いかけられるほうが可愛く思えるほどの暗さである。

「しゅ、しゅーちゃんど、どうしよう!」

「落ち着いて。とりあえず、二人の後を追おう。それで全部わかるはずだよ」

「そう、そうよ! だから水市君も気を確かに持って!」

 碧乃が水市の手を両手で包んで言う。水市は目に涙を溜めた状態で頷いた。

 そんな後ろの様子も知らないであろう幸橋と石蕗は楽しそうに話をしている。楽しそう、と言っても石蕗はいつも通りの無表情であったが。

「石蕗さんはすごいのですね。何でも出来て…」

「…いえ、何でもと言うわけではありません…」

「そんな! だって、私に出来ないことを教えてくださったじゃないですか。すごいことですよ」

「…ありがとうございます」

 そして二人が向かった先はとあるショッピングモールだった。なるほど、デートには打ってつけ…なんて碧乃は考えて後ろを見る。まるでキノコが生えてきそうなオーラを漂わすパンクファッション少年はふらふらと揺れていた。そのうち風に飛ばされてしまいそうだ、……碧乃はその考えを振り払うように首を振った。

「二人で買い物、ですかね?」

「だろうね。石蕗、時々ここで買い物してるって前言ってたから。でも、どうして幸橋さんはわざわざここに来たのかな…」

「だってこっち側こんな大きな店ないですし」

 柊一郎の疑問に中田が答える。彼らが住む町には目の前にあるような大きなショッピングモールは無いのである。時々校区外であるはずの長月中学校の生徒がいると言う話を柊一郎は耳にしたことがある。

「さて、何を買いに行くか見に行きましょうか……」

 碧乃の言葉に、一同は頷いた。

 

「わあ……こんなにいっぱい!」

 幸橋は感激の声を上げる。幸橋と石蕗が入った店は手芸道具専門店だった。

「手芸……って、石蕗さんお裁縫も出来るんですか?」

 その後を追った碧乃は驚きの表情で柊一郎を見る。

「どうだろうね。もしかしたら、幸橋さんが頼んだということもあるかもしれない」

「うお、しゅーちゃんが探偵っぽい」

 中田の言葉を受けて、苦笑いを浮べながら柊一郎は言葉を続ける。

「幸橋さんがこっち側にあまり来ない様子からすると、石蕗に助けられた時に手芸店のことを聞いたかも知れない。というか、それが一番無難かな」

「すげー……本当にしゅーちゃんって探偵なんだ………」

「私も久しぶりにこんな姿見た……」

「あのね……中田君も中田君だけど碧乃君は僕の助手なんでしょ」

「だって、最近はヘタレキャラが定着してるじゃないですか」

 そんなに僕ってヘタレかな…。柊一郎は疑問を抱きながら店内の品を見る二人を見つめる。さすがは探偵、その姿は慣れている様子が漂っていた。

「しかし幸橋が手芸……、合ってるって言えば合ってるけど何で突然?」

 中田は水市の方を見ながら言ったが、水市はぼんやりと店内を見ている。

「ダメだ、完全に意識飛んでる」

「恋は人を狂わすって聞いたけど、まさにこれね……」

 碧乃の呟きも耳に届かない水市は文字通り『魂が抜けきった』顔をしていた。きっとこの姿を見て幸橋や、学校の女子生徒たちは困惑するだろう。「あの水市の魂が抜けた!」と。

「これ、どうでしょうか?」

 幸橋は毛糸球を石蕗に見せる。濃い青色と水色が混ざった特殊な色をしている。

「…素敵な色だと思います」

「あと…この二色は合うと思いますか?」

「…それよりも、こっちの色が合いますよ」

「本当ですね…!」

 楽しそうに毛糸を選ぶ男女二人。お互い年齢が近ければカップルに見えるのだろうけれど、二人はどう見ても兄弟のようにしか見えない。楽しそうにはしゃぐ妹と、それにしっかりと返事を返す兄。

「あれ…カップルじゃん」

 しかし水市の目には完全に二人が付き合っているようにしか見えないのだ。久しぶりに呟いた声を聞いて、碧乃と中田が水市の顔を見る。その声は擦れていて、中学生らしい若々しさが全くなかった。

「そ、そうじゃないよ! ほら、どう見ても兄弟だよ…ね?」

「そうそうそう! 幸橋と釣り合うのは晴時しかいねーって!」

「だって……石蕗さんの方がかっこいいし…」

「いやいやいやー、石蕗さんは友達としてはいいけど、恋人としては違うと思うよー!」

 碧乃は店内にいる石蕗に心の中で全力謝罪しながら水市を励ます。中田も激しく頷いて水市の肩を叩いた。柊一郎がそのやり取りを聞いて「ははは…」と乾いた笑い声を上げた。そのとき、店内で動きが見られた。

「じゃあ、私これ買ってきます」

「…わかりました」

 幸橋の言葉に石蕗は頷きながら店を出る。柊一郎たちは慌てて手芸店の向かい側にあるアクセサリーショップに入った。なるべく不自然に見られないようにそれぞれの格好に似合うアクセサリーを見ようとしていた。……水市を除いて。

「せ、晴時ー!!! そっちじゃねえだろお前はー!!!」

 水市が直行したのは女性、それも水市たちと同じくらいの中高生を狙ったアクセサリーが展示されているコーナーだった。しかも、そこにあるアクセサリーの一つを手にとってぼんやりと見ている。パンクファッションのアクセサリーは真反対の所にある。

「せ、晴ちゃん、ほらー、君が好きそうなのはあっちにあるよー…」

 柊一郎が慌てて水市の肩を引き寄せてパンクアクセサリーコーナーに連れて行く。そうこうしている間にもレジを終えた幸橋は石蕗と共にショッピングモールの外に出ようとしていた。お互いの様子を確認して、柊一郎たちは水市を引きずるように後を追いかけた。

 

 二人がたどり着いた場所は、駅からすぐそこにある公園だった。子どもや親子連れ、そしてカップルの姿が良く見られた。果たして石路と幸橋はそのどれに当てはまるのだろうか。そんな事を考えていた碧乃は二人を見失わないように視界の端に入れながら、柊一郎と歩いていた。さすがにタイプが全く違う四人が歩くのも怪しい、という中田の的確な提案で、柊一郎と碧乃、中田と水市と二組に分かれて石蕗と幸橋を追跡することにしたのだ。

「なんだか、いい雰囲気ですね」

「え?!」

 突然の碧乃の言葉に、つい声を上げてしまった柊一郎は眼鏡越しに碧乃を見る。碧乃は何故柊一郎がそんな慌てたような顔をしているか理解できない様子で瞬きをした。

「え、って何ですか? 幸橋さんと石蕗さん、いい雰囲気じゃないですか」

「あ、あー…そ、そうだねえ……」

「…先生、どうしたんですか?」

 疑問だらけの碧乃の声に柊一郎は「なんでもないよー………」と言った。その声色は、悲しげな響きが含まれている。

「あれ、何してるんだろうな?」

 中田が不自然にならないように、と心掛けながら幸橋の姿を見る。すこし距離が離れているため何をしているのかよく見えない。だけれど、先ほど寄った店から何か編み物をしているのだろう。

「晴時、何か心あたりあるか?」

「…いや、ない……俺、裁縫とかなんにもできないから」

 石蕗さんと違って、と小さく呟く水市の声はいつ泣き出してもおかしくないくらい震えている。それは困るので、「大丈夫、晴時は何でも出来るって!!」と中田は励ます。この一週間でどれだけ励ましをしたのだろう。そろそろネタも尽きてきた。

「励まし大百科とかでねぇかな……」

 絶対それ買うわ、うん。中田は隣で失恋(?)した友人を見て、そう思った。そして、ちらりといい雰囲気を作り上げている二人に視線を向ける。

二人は仲良くベンチに座って、話をしている。幸橋の方はぎこちない手付きで編み物をしていた。

「…もうこんなに編まれたのですか?」

「え、ええ……下手、ですよね」

 幸橋の言葉に、石蕗は首を小さく振る。

「…一生懸命編んでいる方の編み物が、下手な訳ありません」

 端から聞けば口説き文句。もちろん、そんな言葉を聞きなれているはずのない幸橋は顔を赤く染める。「ありがとう、ございます……」

「…ここを、こうすればいいと思います」

 そう言って、石蕗は幸橋の手に自分の手を重ねる。はっと、幸橋は視線を編み物から自分の手、そして隣に座る男性にむける。すぐ目の前に、その整った横顔があった。女子中学生にとって、異性の…それも年上の男性にこんなにも接近されると言う事は彼氏や婚約者がいる身としても胸を高鳴らせてしまうものなのである。

「…幸橋さん?」

「えっ…」

「…大丈夫ですか?」

 心配そうに声をかける石蕗を見て、幸橋は小さく首を振り「大丈夫です」と言った。それから、石蕗に教えてもらった通りに手を動かす。

「ありゃまずいだろ」

 ちょうど柊一郎たちと合流した中田はその微笑ましい様子をよく見える場所から見ていた。その光景に事務所で時々話をする碧乃、長い付き合いのある柊一郎は驚愕の表情を浮べていた。そして、もう一人。

「俺……帰ります」

 異様に低い声で水市が言った。水市の頭にキノコが生えている、ように見えたのはその場にいる柊一郎たち以外の人々も一緒であった。それほど水市は死にそうになっているのである。水市はぐるりと幸橋たちの座っているベンチに背を向けた。

「ま、まあ待って晴ちゃん! まだ何が起きた訳でもない!」

 むしろ石蕗が何かを起こすはずがない。それは知っている柊一郎であったが、今の水市を止める言葉はそれしかなかった。しかし、そんな声も届かない様子の水市はふらふらと歩き始めていた。一同は水市を止めるために後ろを向く。

「晴時ー!! し、しっかりしろ!! まだ幸橋たち、あそこにいるんだぞ?!」

「そ、そうよ! 真実を知るチャンスがあるじゃない!!」

「…何の真実ですか?」

「だから、石蕗と幸橋さんがどうして一緒にいるか……って」

 突然の第三者の声に、水市も、中田も碧乃も柊一郎も振り向いた。そこにはいつも通りの無表情を浮べた石蕗と、後ろからすこし顔を覗かせている幸橋がいた。

 

「本当は、先週完成の予定だったんですけど……」

 騒がしいファミレスの中で、幸橋は小さく言葉を紡いだ。座る彼女の膝には紙袋と、その中から顔を覗かせるくまの編みぐるみがあった。

「…先日転んだ幸橋さんを助けた時に編み物の話を聞きまして、手伝う事になりました」

「すみません、私が石蕗さんに無理を言って頼んでしまって…」

「…いえ、協力できることがあれば出来る限りのことをするだけです」

 なんだか不思議な光景だ、と柊一郎は思った。石蕗がまさか、友人の中学生の少女と一緒にショッピングモールに行ったり編み物をしたりするなんて……もちろん、それは碧乃も同様であった。

「それはいいとして。幸橋、お前もどうして晴時に言わなかったんだよ?」

 中田が困ったような顔をして幸橋に尋ねる。幸橋は肩を小さく震わせて俯いた。

「…幸橋さんは、水市さんのために作っていたんです」

「お……れ?」

 石蕗に名を呼ばれて水市は石蕗の顔を見る。そして、石蕗は隣に座る幸橋の顔を少し覗く。

「…幸橋さん」

「お、お願いします……」

「…本当は、マフラーの予定でした」

 編みぐるみをテーブルの上に置いて、石蕗は幸橋の代弁をした。事情を知っている二人以外は頭の上に疑問符をふわふわと浮べている。

「…途中で失敗して、どうにか軌道修正をするために編みぐるみにすることにしたんです」

「なるほど…それを石蕗が教えたと」

 柊一郎が言うと石蕗と幸橋は頷いた。ベンチで編み物をしている幸橋の様子から見て、彼女が初心者であることは把握できる。それが何故、編みぐるみという上級者向けのものを編んでいたのかと柊一郎は疑問に思っていたが石蕗が手伝っていたのなら納得できた。

「それにしても、石蕗さん。どうして私や先生に教えてくれなかったんですか?」

 碧乃が聞くと、石蕗は答えた。

「…だって、聞かれませんでしたから」

 

 

「……なあ中田」

「んー…なんだよ、広塚」

「青い春、ってあいつらのことか?」

「んー……そうじゃねえの?」

 月曜日、朝の教室はお惚気オーラが漂っていた。主な原因はもちろん、水市晴時と幸橋泉の幸せカップルのおかげである。ほとんどのクラスメイトは先日幸橋がした告白の延長と思っているのだが、実際はその間に壮大なスケールの物語があったのだ。結局あの土曜日、水市と幸橋はプレゼントを渡してのスーパーお惚気タイムがスタートしたらしい。さすがのお惚気っぷりに放置された一同は呆然としたらしい。

間接的にしか聞いていない広塚ですら疲れたのだから、リアルタイムで見ていた中田は一体どれだけ体力を消耗したのだろう。広塚は同情の目で中田を見た。

「俺も春してえな……」

 そう言って中田は携帯を広げて呟く。きっと彼女の未由子あたりに連絡をするのだろう、広塚は思った。

「春、ねえ…」

 微笑んで話す水市と幸橋を見ていると、確かに春を感じた。まあ、あそこまでは春にはならねえだろう。広塚は呆れと、クラス中に漂うお惚気を吐き出すようにため息を吐く。

 

END

 

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