「もし今日来なかったら高橋さんに悪いなあ……」
月曜日、授業中も未由子はそれが一番の心配だった。もしもあのお騒がせオカルト少女が未由子の元に来なかったら、柊一郎たちに迷惑をかけてしまう。そう考えるとやっぱり探偵事務所なんて大げさだったかなあ……と未由子は頬杖をついた。
「それだったら未由子、最初からオカ研にでも頼めばよかったのに」
未由子の友人、田中みなみがあきれた顔をして未由子に言う。
「だって、オカ研……その方が話面倒になりそうじゃん…」
「んー、まああそこは常にお祭り騒ぎ大好きそうよね。関わりあいたくはないか」
みなみのことばにこくりと未由子が頷いた。月原高校オカルト研究会は月原高校における変人の巣窟である。
「それに相手も相手じゃん? オカ研と鉢合わせさせたら何が起きるか……」
「そんなに未由子に絡む子って、激しいの?」
まだ未由子に話しか聞いたことのないみなみはきょとんとした顔で未由子に尋ねる。未由子は引きつった表情で言った。
「あれはちょっとした台風よ」
そしていつも通り未由子は遅くまで残って部活をした。今日来なかったら高橋さんたちに謝ろう……来たら、なんて考えたくない。
「はぁ……来ませんように来ませんように」
目を閉じて未由子は祈る。しかし、その祈りは無残に散ることになった。
「未由子さーん!!!」
出たッ!!!!
目を開いた先には、ここ数日見続けている少女の姿があった。未由子は小さく「嘘でしょ……」と呟いた。やっぱり彼女は来てしまったのか、でもこれで連絡できる! となんだか複雑な心境の未由子である。
「今日もよいオカルト日和ですね未由子さんっ!」
「えー、ええっと……」
「それでは噂に聞いていた『鎌鼬の謎』を解明しに行きましょう!」
まるで今から遠足に行くぞ、と言わんばかりの勢いで未由子の手を引く誠明高校女子生徒。そういえば、未由子は何度も彼女につき合わされているけれど、彼女の名前をまだ聞いたことがなかった。未由子はこれをネタにすれば何とかオカルトチックな方向から脱線できるのではないかと考えた。
「ああ、あのさ! あたし、まだあなたの名前聞いてないんだけど?!」
「そうでしたか? それは自己紹介が遅れて申し訳ありません!」
そう言って少女は未由子の腕を離して、くるりと未由子の正面を向く。
「私は誠明高校、都市伝説研究解明同好会会長の如月なる子と申します!」
その肩書きを聞いた未由子の頭の中で、何かが崩れる音がした。彼女は完全にそっちの方向の人間なのね……そう考えている間にも、未由子はなる子に腕を引っ張られていた。
「未由子さんが少女と遭遇、だって」
月原高校の近くにある喫茶店にいた柊一郎は携帯に入った連絡を見て隣に座る碧乃に言った。
「出ましたね……急いで未由子さんの所に行きましょう!」
「うん、そうだね」
「あの」
飲んだコーヒーの代金を払おうとした柊一郎に喫茶店の店長が声をかける。
「未由子、ってもしかして坂田未由子さんのこと?」
「え…? 未由子さんの、お知り合いですか?」
「いや、うちのバイトの子でね。もしかして、何か危ないことに巻き込まれてるとか?」
少し心配そうに店長が尋ねた。碧乃が「危険も何も!」と言いかけたのを柊一郎が小さく手を出して制止した。
「ちょっとした台風に巻き込まれそうなんです」
「たい、ふう?」
驚いたように店長が聞き返す。柊一郎は頷いて代金を払い、店を出た。
「……という情報を、小野君からもらって私が調査しに来た訳です!」
マシンガントークを終えたなる子はキラキラと輝く瞳を未由子に向けている。しかし未由子はもうそんな言葉も届かないほどにぐったりとしている。柊一郎たちに何とか連絡できたものの、いつ来るかわからない。このままだと、死ぬかも……未由子は本気で泣きたくなった。
「隣の町に、こんなにもたくさんオカルトスポットがあるなんて……灯台下暗しですね!」
「はぁ……」
そのまま灯台下は暗くていいのに、そんな言葉はきっとなる子に届かないだろう。未由子は諦めのため息をついた。あんたはあんな恐怖体験した事ないからそんなことが出来るのよ!! と文句だけはたくさん思いついた。それを言える勇気と気力はなかった。
そんな未由子に気づきもしないなる子は楽しそうに歩いている。彼女の後輩である小野から長月中学や月原高校周辺で起きている不思議現象を聞いて浮かれているのだ。なる子は未由子と違って、恐怖体験に対する恐れよりもそれに遭遇できた喜びのほうが上回る性格である。なので、「何か起きないかなー」などと楽しそうに言う事も出来るのだった。
「あの、なる子ちゃん?」
「はい」
「それ、調べてどうするのよ?」
「都市研の集まりが今度あって、それで報告会をするんです。それから、文化祭とかでも発表とか……」
意外と活動的な都市伝説研究解明同好会。未由子は感心していた。しかし、だからって他校の生徒を巻き込むのはいけないことだろう。それに気が付いた未由子はなる子のほうを素早く見た。
「あのさ、これって都市研としての活動なんでしょ?」
「そうですよ」
「ならさ、一応他校のあたしと一緒に調査、っていうのはどうかとおもうよ? それならさ、うちのオカ研に頼めばいいじゃん」
「え?! 月原高校って、オカ研があったんですか?!」
なる子が驚いたように声をあげる。これで少し逃げられる、と未由子はほっとした。
「そうそう。あ、でも確かうちのオカ研二年生ばっかだったからさ……あれだよね、一年としては声かけにくいでしょ? あたしも一緒についていくよ」
「あー……二年生だけですか。まだまだだなあ……」
にやりと笑うなる子。まだまだ、という言葉の意味がわからず未由子はなる子を見た。
「我が都市研は一年から三年まで、選りすぐりのメンバーが揃っているのですよ!」
「……一年から、三年?」
確かなる子は会長と言っていた。と、言う事は……
「なる子ちゃ、さんって……三年生、とか?」
「え、そうですけど?」
再び未由子の頭の中で何かが崩れる音。
そんな半分放心状態の未由子とハイテンションななる子の二人は、小野が教えてくれたという『鎌鼬の謎』スポットにたどり着いた。
「この電柱の傷、普通に出来るものじゃないわ……!」
そう言ってなる子はバシャバシャとデジカメで電柱を撮る。暗闇で光るフラッシュはどことなく不気味なものだ。
「あのー、なる子さん」
「何でしょうか?」
「そろそろ、その、帰りませんか? あ、あたし駅まで送りますよ。近いし」
「いえいえ! 調査はまだ始まったばかりですから!」
暗闇の中でもなる子が強気な笑みを浮べているのが見えた気がした。そしてなる子はまたあたりを連写する。早く高橋さん来ないかな……未由子は携帯を開く。メールの返信は『すぐに行きます』というものだけだった。あと、メルマガ。こんな時にクーポンが来ても嬉しくない、と未由子は静かに携帯を閉じた。
「ほら、未由子さん! ここの傷なんて不思議ですよー……ただでつくようなものじゃないし……」
「へ、へー」
真剣に話をしているなる子から目を反らしながら未由子は辺りを見る。場所は小さな公園で、あまり明りがない。ブランコや滑り台といった遊具が街灯に当たって浮かび上がっている。
そろそろ帰りたいなあ、と未由子がなる子の話を聞かずに公園を見ていたときだった。街灯に照らされて、誰も座っていないはずのブランコが、不自然に揺れ始めた。
「……え」
あたりがすっと冷えたように未由子は思った。一方のなる子は相変わらず連写を続けている。
「な、なる子さん……?」
「お、未由子さん! 何か発見ですか?」
「あれ、やばくないですか……?」
あれ、と指さす先には揺れるブランコ。それを見たなる子の目が輝く。
「あそこにもしや、何かがいるのですね!」
「に、逃げませんか?」
「逃げる?! 違います、調査ですっ!」
なる子はブランコに向かってカメラを向ける。デジカメの中には、揺れるブランコだけが写っていた。
「……あれ、何もいない」
「え、マジ?」
未由子がなる子のデジカメの画面を見る。確かに何も写っていない、未由子がそう呟きかけたとき高い音が響いた。どこかで聞いたような、その音色は
「鈴?」
なる子と未由子の言葉が重なった。なる子はあたりをデジカメで連写する。まるで銃の乱射だ、と未由子は引きつった顔を浮べた。そしてなる子は未由子にカメラを向ける。本能的に未由子は笑顔を浮べてピースをした。
「いい笑顔ありがとうございます、未由子さん」
「いえいえ。っていうか、何か写ってましたか?」
暗闇の中、二人は寄り添って画面を見る。暗い中でもはっきりと風景が写っている。そして、満面の笑みを浮べピースをする未由子の写真もあった。
「わー、未由子さんかわいいー!」
「いやあ、なる子さんの撮り方が上手いんですよー。ほら、肩の子猫まではっきり写ってる!」
「でもこの笑顔には勝てませんよー。……ん?」
肩の、子猫? 二人の考えはぴったり一致したが、その後の反応はやはり全く逆のものだった。
「肩ぁぁぁぁぁぁぁぁ?! 何、何が居るのよ―――――?!」
「未由子さん動いちゃダメ! 逃げちゃう逃げちゃう!」
なる子はそのまま未由子を連写。未由子は引きつった顔でも笑みを浮べている。
「ほら、やっぱり子猫居ますよ」
見せ付けるようになる子は画面を未由子に向ける。確かに未由子の左肩に乗る白い子猫が写っていた。しかし、未由子自身の肩には何も乗っていない。
「何でそんなのが……」
未由子が右手を肩に伸ばした瞬間、突然何かが光った。淡い桃色の光が、あたりを包む。
「ええええええ?! な、なる子さんフラッシュ焚きました?!」
「え、私何にもしてませんよ!?」
慌ててあたりを見る二人。恐怖で涙を浮べる未由子、感激で瞳を潤ませるなる子……遠目から見れば二人とも泣きそうなのに変りはないのだが、かなり内容が違う。
「未由子さん!」
「ぎゃあああああああああぁぁぁぁぁっ!!!」
光が消えたと同時にかけられた声に未由子は華の女子高生、とは思えない叫びを未由子は上げる。と、同時に未由子は肩が軽くなったように思った。
「あれ? 中田くん?」
「ふぇ?」
なる子の言葉に叫びの勢いで涙が零れた未由子は声のした方を見る。そこには、未由子に手を伸ばしかけている中田の姿があった。未由子と同じように、呆然とした表情をしている。何で、ここに? そう尋ねようとしたとき
「うわぁ!?」
「きゃぁ!?」
またも第三者の声。三人が視線を変えると、どこかの映画で銃弾をゆっくりと避ける主人公のようなポーズを取っている男性と、その様子を驚愕の表情で見る女性がいた。
「高橋さん、芹川さん!?」
「高橋さんに、先輩!?」
「しゅーちゃん! 芹川さん!!」
三人はそれぞれの言葉で、同じ人物の名を呼んだ。驚いた表情の碧乃はその顔を変えずに三人の方をゆっくりと向く。
「未由子ちゃん、中田くん、と……なる子ちゃん!?」
「あ、碧乃……くん、そろ、そろ……た、助けて……」
まるで喉に何かが詰まったような声で見事な反りをしている柊一郎が声を上げた。それを聞いて、碧乃は思い出したかのように再び柊一郎の方を向いて何かをした。
「相変わらず猫に好かれやすいんだから……せーのっ、うりゃ!」
碧乃が何かを柊一郎から引っ張ってとった。柊一郎はその勢いで尻餅をつく。頭からぶつからなくて良かった……と見ていた三人は思った。それから、碧乃と柊一郎の本に駆け寄る。
「た、高橋さん?! 大丈夫ですか?!」
「う、うん……大丈夫」
「先輩、何とったんですか?! 是非撮影させてください! 先輩の勇姿と共に!!」
「とったどー!!」
「……あれ、俺放置?」
柊一郎を起こす未由子、碧乃の姿を撮影するなる子、そしてぼんやりと立ち尽くす中田。そして、撮影を終えたなる子が満足そうにデータフォルダを見ていた。そこには様々なアングルで猫を持っている碧乃の姿が映っている。
「これ、猫ですか?」
「そう。未由子さんにとり憑いていた」
「…………はい?」
名前を呼ばれた未由子は安心しきっていた表情が再び硬直した。何回も瞬きをして、それから碧乃に尋ねる。
「え、っと……と、とり、憑いていた?」
「うん。あ、でも気付いたのは私よりも先生が先だったけどね」
「い、いつ、から?」
「先生が言うには、事務所に来たときからだって。微かだけど、気配を感じたらしいよ」
碧乃の言葉を受けて未由子の体はゆらゆらと揺れ始めた。中田が慌てて未由子に駆け寄り、体を支える。
「み、未由子さん?! 大丈夫ですか!!」
「う、はは、はははは……」
ああ、今なら死んじゃうかも…………なんて未由子は思いながら、ゆっくりと目を閉じた。
「いいなぁー! かっこいい探偵さんにお姫様抱っこ!」
「いや、あんまり嬉しくない……」
未由子が目を覚ましたとき、彼女は自分のベッドに居た。そして、ベッドのすぐそばに置かれていた携帯には新着メールが二通届いていた。一通目は柊一郎からだった。
『来るのが遅くなってごめんね。それと、もうあの猫は成仏したから安心しても平気だよ。今日はゆっくり休んでね』
そして、もう一通目は写真付きのメール。
『俺もいつかできるようになります! まずはドラムを自力で運ぶところから!(笑)』
文面はそれだけで、その下には大きく写真が写っていた。その写真は、未由子を部屋まで抱えて運ぶ柊一郎の姿。しかも、その抱え方は所謂お姫様抱っこというものなのである。その写真は未由子が気付かない間に待ち受けに設定されていて、現在その待ち受けが学校でみなみの目に止まったという事なのだ。
「この探偵さんかっこいいじゃん。恋人とか居るのかな?」
「……どうだろ」
考えている未由子の姿を見て、みなみがじーっとその表情を睨むように見た。
「もしかして未由子、その探偵さんに惚れたとか?」
「え、うえぇえ?!」
「やっぱりそうなんだー! うっわ、浮気?」
「違う違う! そんなんじゃないって!!」
必死で否定をする未由子をからかうように笑うみなみ。そんな未由子の右手には、まだあのピンクの数珠がついているのであった。
END