PoP ×冥探偵8

 さて、困ったものだ。

 中田は携帯の画面を眉間に皺を寄せて睨んでいる。メールの相手は彼の先輩であり、彼女である坂田未由子。内容は、中田の表情からしてただ事ではないのだろう。

「うーん……この問題は、中学生には無理。っと」

 返信をすると、数十秒後にメールが返ってきた。さすが女子高生、メールの返信が早いものだ。

『ふざけんな』

 しかもハートマーク付き。中田は困ったような笑顔を浮べてメールの文面を考えた。しかし、未由子が中田に送ってきたメールの内容は、中田ひとりで解決できるようなものではない。というか、中学生にはどうしようもできない問題なのだ。

「こう言う時は……仕方ない」

 

―――坂田少女のオカルト被害届

 

 未由子は緊張しつつ、その扉をノックした。それからしばらくして足音と「はーい」という女性の返事が聞こえた。扉が開かれると、微笑んだ碧乃がいた。

「こんにちは」

「えっと、連絡を入れた、坂田と申します…」

 女性がいることに安心した未由子だったが、初めての『探偵事務所』と言うものに緊張をしていた。その緊張を感じた碧乃は優しく未由子に声をかける。

「ようこそ。じゃあ、中に入ってお話を聞かせてもらうね」

 碧乃に言われるままに未由子は事務所に入った。あたりをきょろきょろと見て未由子は接客用のソファに座る。碧乃がすぐにお茶とお茶菓子を出す。

「どうぞ。少し待っててね」

「は、はい」

 それから碧乃はぱたぱたと走って書斎に向かう。半分ぐらい状況がわかっていない未由子はとりあえず出されたお茶を一口飲んだ。暖かくて、心が落ち着いた気がする。

 未由子が高橋探偵事務所に来た理由、それは中田に勧められたからである。何故彼がこんな場所を知っているか……今更気にすることもないか、と未由子は再びお茶を飲む。

「お待たせしました」

 書斎から碧乃と一緒に柊一郎が出てきた。その姿を見て、未由子は二、三回ほど瞬きをした。探偵さんって、こんなに若いもんなの? と驚きを隠せない。

「初めまして。当事務所の探偵、高橋柊一郎です」

「助手の芹川碧乃です」

「祐希…じゃなくって、中田くんから教えていただきました。坂田、未由子です」

 探偵さん、かっこいい。未由子は別の意味で緊張していたが、小さく首を振ってそんな考えを払った。

「それで、相談というのは?」

「あ、はい。その…簡単に言うと、付きまとわれてるんですよね」

 本当に簡単な説明である。それを聞いて、碧乃が心配げな顔をした。

「もしかして……ストーカー?」

「いや、そんなんじゃないです。むしろそっちの方がいいかも……」

 そんな未由子の呟きに、柊一郎と碧乃が顔をあわせた。ストーカーよりたちの悪い付きまとい? もしかして、と柊一郎が考える間にも碧乃は口を開いていた。

「幽霊、とか?」

「………近いといえば、近いです」

「え? と、言う事は幽霊に?」

「いや、付きまとってくるのは生身の人間ですよ! もう幽霊とかこりごり……」

 以前、そんな出来事に巻き込まれたことのある未由子は思い出して肩を落とした。事情が全くわからない柊一郎と碧乃は呆然としている。

「実は、オカルトマニアの子に付きまとわれてるんです」

 

 話は数週間前に遡る。

 現在月原高校に通う未由子は、放課後遅くまで残って管弦楽部の活動に励んでいた。その日も帰るのが遅くなり、あたりは真っ暗になっていた。友人たちはほとんど帰ってしまい、未由子は自宅まで徒歩三十分ほどの道のりをひとりで帰らなくてはならない。

 そのとき、暗い校門の前に人影があったのを未由子は見た。誰だろう、と暗い中目をこらして見る。身長は低く、顔つきも未由子より少し年下の少女のようであった。しかし、着ているのはどこかの高校の制服であった。

 こんな暗い中、誰かを待っているのだろうか。時間的には校舎に誰かが残っていることはないだろう。運動場からも練習の声は聞こえない……少し未由子は不安になった。

もしかして、帰ったのを知らないで待たされたのかも。まさかの女の子放置?! 彼氏のくせして連絡しないで、何やってんのよバカヤロー! と勝手な考えを膨らませた未由子は決心した。

「あ、あの」

 門の前でぼんやりと立つ少女に未由子は声をかけた。顔を覗くと、やはり見た目はかなり幼い。中学校に行き始めました、と言われたら納得しそうな外見である。ただ、着ている制服を未由子は思い出していた。

「誠明高校の、生徒?」

「はい」

 にこりと微笑んで返事をする少女を、未由子は素直にかわいいと思った。

「もしかして誰か待ってる、とか? でももうほとんど部活終わっちゃったし、みんな帰ってるよ」

「皆さん、帰ったんですか?」

「うん。だからさ、その……アレだよ?! 彼女待たせる男とかやめといたほうがいいって、絶対!」

「え?」

 少女は未由子の言葉を理解できていない様子だった。しかし、未由子はひとりで盛り上がっている。

「だいたいね、誠明高校でしょ?! そんな遠いところの彼女待たせるなんて最低よ!」

「いえ、大丈夫です」

 明るく言う少女の声に、未由子は「へ?」と声をあげた。

「もう、ほとんど校舎に誰もいないんですよね?」

「う、うん」

「よかった、待ってて」

 それから少女はすたすたと校舎に向かって歩き始める。少女が帰ると思っていた未由子はその行動に呆然とした。

「ちょ、っと待って?! どうしたの!」

「実は私、校舎の方に用があるんです」

「校舎、に?」

 疑問符たくさん。未由子は少し混乱し始めていた。そうこう考えている間にも、少女は校舎に向かって歩き始めていた。気が付いたら、未由子は少女と共に歩いていた。

「待って待って! 校舎誰もいないって!」

「その方が、都合がいいです。だって、私は七不思議を調べに来たのですから」

 ななふしぎ? 未由子の思考が一瞬だけ止まった。そして、目の前を歩いていた少女の足も止まった。

「月原高校にあるといわれる『動き出す石像』『増える足跡』『誰も知らない謎の美少女』…などなどを私は調べに来たんです!」

 あ、これはまずいかも。未由子は本能的に思って少女に背を向けたが、少女はがっしりと未由子の腕を掴んでいた。

「えっと、お名前は?!」

「あ、坂田未由子…」

「未由子さん! よろしければ、校舎を案内していただけませんか?! お礼は私が七不思議の解説でお返しします!」

 きらきらと瞳を輝かせる少女の言葉を断ることも出来ず、未由子は頷いた。

 

 説明をしていた未由子はその時のことを思い出してため息をついた。ここ連日、ため息しかついていない。

「それからというもの、その女の子……ほぼ毎日のように私の所に来るんです」

「毎晩校内を案内しろ、って言われるの?」

 柊一郎が尋ねると、未由子は首を振る。

「校内案内したら来なくなったと思ったら、学校周辺の怪奇現象調べましょう! なんていわれちゃって。そういうのはあたしじゃなくてオカ研にでも頼めばいいのに………」

「へー、月原高校オカ研あったんだぁ。昔はなかったのにねえ……」

 元・オカルト研究同好会会長である碧乃がその言葉を懐かしむように呟く。ああ、そういえば碧乃君ってそういう性格だったような……と柊一郎は思い出していた。そして、碧乃の表情が懐かしむ顔から一変して真剣な顔になった。

「高校生の女の子を連れまわして、オカルト三昧なんて! うらやま…じゃなくって危ないわ! ですよね、先生!」

「まあ確かに……」

 柊一郎は相変わらずの苦笑いを浮べたまま碧乃の言葉に頷く。そして碧乃は未由子の手をとり、優しく言った。

「大丈夫、私たちが未由子ちゃんを助けてあげるわ!」

「あ、ありがとうございます……!」

 未由子も安心したような表情を浮べる。その姿を見て、柊一郎は未由子の話に出てきた少女について考えた。いや、考えることもなかった。

「この事件は、なかなか難しいことになりそうだね……」

 きっとそうなる。柊一郎は確信した。

「一体何処のけしからん女子高生なんでしょうかねえ」

 碧乃の言葉を聞いて、柊一郎は本気で驚いた。碧乃はどうやら少女の正体がわかっていないらしい。

「碧乃君、それ新しいギャグだったりする?」

「え? だって、そんなこと普通する子なんていないじゃないですか」

「本当ですよ……もうあたし、このごろ振り回されて肩痛いんです……」

 いや、もしかしたら別の意味で痛いのかも…と考えると未由子は怖くなったので考えるのをやめた。

「まあ、どちらにしろその子をどうにかしないとね。とりあえずお互いの連絡先を交換しておこうか」

「はい」

 柊一郎が携帯を取り出すのを見て未由子は再び緊張を思い出した。年上の青年の携帯番号なんて普通入手できるものではない。未由子の携帯に登録されている年上の男性といえば、部活の先輩と顧問の教諭とバイト先の店長ぐらいだろうか。ちょっと友人に自慢できそう、なんて考えた。

「その子は毎日未由子さんの所に来るの?」

「いえ。六時間授業の時だけ……だと思うから、次に来るのは月曜日だと思います」

「うん、じゃあ月曜日は僕も月原の方に行くから、その子が来たら連絡して」

 未由子はこくこくと頷く。

「あと、これを」

 そう言って柊一郎はピンク色の玉がついた、ブレスレットを未由子に渡した。

「これは?」

「お守りです」

 お守りにしては可愛らしい。未由子はそう思いながら、腕にそれを早速つけた。最近の探偵はお守りを渡すキャンペーンでもあるのだろうか、それとも個人的なプレゼント……?! などと少し喜んでいる未由子である。

「私もついていくからね、任せて!」

「はい、ありがとうございます!」

 碧乃の言葉を聞いて安心したような未由子。どうなることやら、と柊一郎は少し不安を感じていた。

 

 

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