結局佐伯は小野の録音された自分の声に負けたが、ただで外に出させるわけには行かないと言って佐伯もその調査についていくことになった。そして三人は瀬々良木駅に向かっていた。

「シュウのことだ、絶対小野に言い包められて勝手にどっか行かせそうだからな」

「言い包める?! そんな、僕が成人男性にそんなことが出来るとお思いなのですか、佐伯さん!」

「俺、思ってないこといえない性質だから」

 まるで中学生同士の会話だ。佐伯と小野の会話を聞きながら柊一郎は保護者になったように感じた。これがヘタレといわれる理由なのだろうか……少し真剣に考え始めた。

「さえっきーも暇だね。俺よりもっと悪いことしてる皆さんいっぱい居るのに」

「お前ほど面倒な奴はいないって補導員の中では有名なんだよ」

「俺なんか超普通の方じゃん! 俺の先輩の友達なんて喧嘩とナンパしか中学時代してなかったって言ってたよ」

「だーかーら、お前の先輩とか先輩の友達はどうでもいいって言ってるだろ。全く……」

「まあまあ。でもさ、三人居れば誰かその声に気付くよねー」

 小野の言葉に佐伯は疲れきった様なため息をついた。駅周辺に向かうと、週末と言う事で人々はどこか楽しそうな顔をしている。それを見ると余計に空しくなる佐伯であった。

「シュウ、お前いっつもこんな依頼を受けてんのか?」

「いつも、って訳じゃないよ…」

 柊一郎は先日受けた依頼を思い出す。浮気を調査したら真っ黒。しかも何故か男と女二人揃って探偵事務所に来たものだから、柊一郎の目の前で二人が喧嘩を始めた。喧嘩と言うよりもあれは修羅場。ちょうどそのとき碧乃も石蕗も居らず、柊一郎一人で対応しようとしたが、無理だった。二人が落ち着いた頃、柊一郎はぼろぼろになっていた。精神的にも、肉体的にも。

「いいなあ、シュウって。ストレスなさそう」

「いや、佐伯はあの修羅場を知らないからそんな事が言えるんだよ」

 三十代の男二人は大きくため息をついた。唯一の十代、小野は真剣な顔でメモを見ながら歩く。

「えーっと、確か前に聞いた人はこの辺って言ってたし……それから、この辺、この辺……」

 ほぼ小野が進む道をついて行く状態の柊一郎たちは、駅周辺にある建物の裏側を歩いていた。ただでさえあたりは暗いというのに、建物の裏ということで街灯もなくビルの明かりもないため不気味な暗さを漂わせている。

「何かいい感じの暗さだね、さえっきー」

「俺に同意を求めんな。大体、暗さにいいも悪いもあるか」

「しゅーちゃんはわかってくれるよねー?」

「うーん…難しい質問だねえ」

 そういう柊一郎だったが、その暗闇の中に何か不気味なものを感じていた。どうやら小野の噂は本当だったのだろう。そう思ったときだった。

『…れ……か』

 背中に冷たいものを感じた柊一郎と佐伯は同時に振り向いた。二人の突然の行動に小野がきょとんとした顔をする。どうやら何も感じていないらしい。

「もしかして聞こえた、とか?!」

「そ、空耳だ! 今日は人も多いからな!!」

 佐伯が自分に言い聞かせるように叫ぶが、その姿を見た小野は「すげえ!!」と楽しそうにはしゃいでいる。一方の柊一郎は、先ほどまでの困ったような表情をすっと消していた。

「……」

 暗闇を睨むように見つめる。その奥には、確実に何かがいる。

「だから、空耳! なあ、しゅ……シュウ?!」

 柊一郎は走り出していた。突然走り出してしまった柊一郎に、佐伯と小野は一瞬動けなくなった。

「しゅーちゃん、どこ行くの?!」

「おい、シュウ!!」

 二人も慌てて、柊一郎を追うため暗闇に向かって走る。二人の叫びが聞こえていない柊一郎は、ただ真っ直ぐに何かを感じる方向に走っていた。暗闇に入るたびに、柊一郎の耳に声が響く。

『れ…………か、…と……って……』

 かすれて消えてしまいそうな少女の声。その声に導かれるように柊一郎は裏路地を右に曲り左に曲り……そしてゴミ置き場のような行き止まりにたどり着いた。複雑な道筋だったためか、柊一郎を追っていた佐伯と小野はまだ来ていない。

『だ……れ、か………』

 誰かを求める少女の声。ここは一体何処だろう、と柊一郎があたりを見回した。そこで柊一郎は気付いた。騒がしいビルの裏側の中でも、もっとも騒がしい場所。

「ここは……」

『だれ……か、……あ、……し、と……』

 声が少しずつクリアになる。あたりに響くのは、人々の歌声。柊一郎の目の前に、半透明の少女が現れた。

『誰かあたしと歌ってぇぇぇぇぇぇ――――――――――!!!!!』

「や、やっぱり佳夏さんだ、ね……」

 先ほどまでの真剣な顔はどこへやら。柊一郎の表情はいつも通りの困った笑顔に元通りである。そして、その困った笑顔の元凶、半透明な少女…佳夏は柊一郎の顔を見ると『あの時の!』と明るい笑顔を浮べた。

 あの時、それは柊一郎も巻き込まれたカラオケボックス『エリア91』で起きた怪奇現象事件である。現象の原因は柊一郎の目の前でニコニコ笑っている生霊の佳夏であるが、事件が解決した後本来の体に戻ったはずだ。ちなみに現在地は『エリア91』の裏側である。

「どうして、佳夏さんは……そんな姿で?」

『それがさ、体に戻ったのはいいけどテストや模試三昧。カラオケどころじゃなくなって』

「まさかストレスで幽体離脱……」

 そんなバカな、と柊一郎は思ったけれど前回の例を考えればありえないこともないだろうと考えた。世の中は不思議でいっぱいなのだ。

「それはいいとしても、佳夏さん。やっぱり長く体を離れるのはいけないと思うよ」

『わかってるけどダメ。何か、もう歌いたくて仕方ないのよねー』

 あっはっは、と笑う半透明少女に柊一郎は少し呆れが入ったため息をついた。まあ、小野の言っていた話は彼女が原因ということで事件解決だ。柊一郎は少し安心していた。

 が、事件はまだ解決していなかった。

「なんだ……?」

 再び柊一郎を襲う悪寒。佳夏の声を聞いたときに感じたものとは違う、不気味さがある。

『……力を……』

 柊一郎が顔を上げた瞬間、

「しゅーちゃんあぶねえ!!!!」

 突然腕を引かれ、誰かと衝突。それから、何かが地面にぶつかる激しい音がした。

「さ、えき…?」

「あっぶねー…、お前、あれに当たってたぞ…」

 柊一郎の腕を引いたのは佐伯だった。そして、佐伯のいう「あれ」とは壁際に置いていたはずのゴミ箱。つい先ほどまで柊一郎の立っていた場所に、まるで高いところから落とされたかのようにあった。ゴミ箱は凹んでいて中身のゴミが散乱している。

「あいつのおかげな。あの叫びなかったら何も出来なかった」

 佐伯が苦笑いを浮べて小野を指差す。小野はにっこりと笑ってピースまでしていた。

「っつーか今の何?! どうやってぶっ飛んだの!?」

「風風風風! それ以外にありえねえよ!! ……って」

 佐伯が叫んだ瞬間、本当に風は吹いた。しかしその風は、尋常ではないほど強かった。

「うおぉ!?」

「どうやって吹いてんのこの風?!」

 強風に一同は目が開けなくなる。柊一郎は必死で目をあけて佳夏の姿を探した。

「よし…か……さ」

『きゃあああああああ!!!!!!』

 甲高い少女の叫び声。柊一郎が風の中で目を開くと、佳夏とその隣に黒っぽい何かがいた。佳夏は目に涙を溜めながらその黒い何かから逃げようとしていた。

「佳夏さん!!」

 柊一郎が叫ぶと、黒い何かは柊一郎のほうを見た。禍々しい何かによって柊一郎の体は動かなくなる。黒い何かはすっと柊一郎に手を向けた。

『力を……力、を……!』

 動けない柊一郎の目の前に、白色が広がる。ただその出来事を見つめることしか出来なかった。

そしてはじけるような音がした瞬間、風が止んだ。

「……び、っくりしたー……」

 風が止んだのを確認して、小野は顔を上げる。周りにはゴミや新聞紙が散乱していて、風の強さを表していた。佐伯も呆然としてあたりを見ている。

「何だったんだ、今の…」

「しゅーちゃん、大丈夫?」

 小野が柊一郎に尋ねると、柊一郎はしばらく返事をしなかった。

「…しゅーちゃん?」

「あ、…う、うん。大丈夫だよ」

「どうしたんだ、シュウ? 何か変だぞ」

「もしかしてやっぱり何かいちゃったとか?!」

 楽しそうな声をあげる小野を見て、佐伯はげっそりとした顔をした。やっぱりそう言った類を信じないのである。

「だからな、今のは偶然吹いただけだ!」

「偶然であんな突風ありえるもんじゃないよ!」

「春一番だって偶然だろ! それと一緒だ!!」

 ぎゃあぎゃあと子どものように言い争いをする佐伯と小野を苦笑しながら見て、隣の人物に小さく声をかけた。

「えっと、ありがとう…アーディスさん」

 そこにいたのは白いフードに銀髪銀目を持つ人ならざるモノ、アーディスだった。いつも通りの無表情を浮べて小野と佐伯の言い争いを見つめている。

「PoPが現れたら送るまでだ」

「それでも、助けてくれたでしょ?」

「……」

 柊一郎の笑顔を見て、アーディスはそっぽを向いた。無表情の奥に何が映っているかわからない柊一郎は機嫌を損ねてしまったか、と思った。それからアーディスは視線を変えて少し上を見る。

「お前はそろそろ戻ったらどうだ」

『うっ』

 上にいたのは佳夏だった。引きつった表情を浮べてふよふよと漂っている。

『うー…でも、か、カラオケ…。あ!!』

 佳夏はいいもの見つけた! と言わんばかりの勢いでふわりと飛んだ。そして、いい争いをする佐伯と小野の目の前で着地。二人にはニコニコ笑う佳夏の姿は見えていないのだろう。

『あたし、この人とオールナイトしたら戻るわ!』

 佳夏の人差し指の先には、ぴたりと動きを止めた佐伯がいた。どうやら、とり憑かれたらしい。

「な、なんだ……?」

「どしたの、さえっきー?」

「寒い……し、何か……あれ……?」

 がく、がくとぎこちない歩き方で佐伯は動き出した。「嘘だろ?!」と叫んでいる間にも佐伯はどこかへ向かい始めている。小野がそれを楽しそうに「待ってー」と言って追いかける。

「待て待て待て待て!!! 何でだ?!」

 柊一郎たちも後を追うと、佐伯はぎこちない歩きのままでカラオケ店『エリア91』に入ろうとしていた。

「あ、さえっきーカラオケ?! 俺もいくー!」

「違う!! 俺は行く気なんて……! シュウ、早く助けろ―――――――!!!!!」

 佐伯の悲痛な叫びはカラオケ店の騒がしさと町の騒音に消える。まあ、佐伯だし大丈夫だろう、柊一郎は泣きそうな佐伯を見送った。隣のアーディスは無表情の中にも呆れた表情を浮べているのが、柊一郎にもわかった。

「あの女、簡単に死ぬことはなさそうだな」

「確かに……」

 

 

 言うまでもないが佐伯は後日、とある眼鏡上司から爽やか笑顔の嫌味攻撃を大量に与えられた。

 小野も小野で、とあるオカルト研究会会長からこっぴどくしごかれたらしい。

 

 ともかくこの事件、すっきりしたのは佳夏だけのようである。

END

 

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