PoP×冥探偵7

 このまま何も起きるなよ。煙草の煙を口から吐き出しながら佐伯渉はあたりを見た。時刻は午後八時を過ぎたところ。空は真っ暗になっていたが、駅前なので明るい光で溢れている。そして、若者も多く溢れている。

「夜なのに元気なことだな…」

 携帯吸殻入れに煙草のかすを入れて、佐伯は背伸びをする。よしよし、何も起きない。そう思っていたが、佐伯の目はある人物を見逃さなかった。黒い髪、黒い上下の服。間違いなく、学生。その姿はここ一週間見続けている。

「くそ、出やがったな」

 佐伯の呟きが騒がしい人ごみの中で聞こえたのかどうか定かではないが、その学生はハッとして佐伯を見た。

「げっ!!」

「今日こそ逃がさねえぞ!!」

 学生が逃げ出したと同時に佐伯も人ごみをかき分けて走り出す。体力にはそれなりに自信のある佐伯だが、目の前を走る学生はさらに速く走る。若いって、ずるい。そんな事を思いながらも佐伯は足を動かす。

「さえっきー! 俺何もしてないからね!! 言っとくけど!!」

「お前は夜にふらふらしてる時点で補導の対象なんだよ! あと、さえっきーって言うな!!」

 夜の街を叫びながら中学生と刑事は走る。

 

小野少年の不思議追加録

 

 とある金曜日。

 ぐったり。目の前にいる男にはその言葉がぴったりだ、と柊一郎は思った。事務所に入ってきたなり「もうやだー!」と叫び、さらには応接用のソファーに倒れこんだ友人、佐伯の姿を見てため息をついた。

「何、また上司の話?」

「そうだよ! あんのロリコン眼鏡、何を思ったか俺を補導員にしやがったんだぜ!?」

 がばっと起き上がった佐伯に柊一郎は少し身を引きながら驚いた。起き上がったかと思えば再びソファーに顔をうずめる。

「ろ、ロリコンって……」

「あー、あの笑顔思い出しただけでも腹だたしい!!」

 足をばたつかせる部分、まだまだ元気だなあと柊一郎は茶をすすりながら佐伯を見つめた。

「あれ、そういや今日、石蕗くんとか芹川さんは?」

「碧乃君は今日、友達と食事会。石蕗は買い物だって」

「へー」

 ぼんやりと佐伯は顔を上げて窓の外を見る。夕方、空が白くなって鳥が黒く羽ばたいている。ああ、平和ってこんな事を言うんだろうなー……佐伯は小さく幸せそうに微笑んだ。

「……佐伯、気持ち悪い」

「うっせー。お前には俺の苦しみがわかんねえから、こんな風な日々の平和が理解できないんだよ」

 ここ一週間、夜になったら中学生と本気の鬼ごっこを繰り広げている佐伯はつかれきっているのだ。その上、昼には昼の仕事があり、さらに上司の爽やかなる笑顔と共に繰り広げられる嫌味を受け取らなければならない。心身共にぼろぼろなのである。

「いいじゃん、お前のところ芹川さんみたいなかわいい子いるし」

「なっ!?」

 佐伯の小さな呟きに大きな反応を示した柊一郎。危うく持っていたお茶が読みかけの書類にかかるところであった。その反応を見て佐伯はさらににやりと笑う。

「いやー。シュウ、お前って、本っ当に相変わらずだな」

「何がだ!」

「何でもねえよー。はっはっはっは」

「佐伯!」

 柊一郎が顔を赤くして怒鳴った時、事務所のドアがノックされる音が聞こえた。柊一郎は立ち上がってドアの方まで歩き、寝転がっていた佐伯は起き上がって背筋を伸ばして座る。

「あ、久しぶりだね」

「どもー! 実はしゅーちゃんに頼みたいことがあってさあ」

 誰だ……? 佐伯は玄関から聞こえる会話に耳を立てた。しかもしゅーちゃんってどんな呼ばれ方されてんだよ!と笑いを堪えながらその客を待つ。声色からして、柊一郎よりもはるかに年下の少年だろう。

「ああ、ごめんね。今知り合いが来てて」

「いや、俺が押しかけちゃったから悪いっすよ。それにしゅーちゃんの知り合いとか気になるし」

 楽しそうな声が近付いてきたので、佐伯は振り向く。

「シュウ、どんな知り合いなん…だ……よ…」

「……あ」

 突然言葉が止まった二人の顔を見比べて、柊一郎は困惑の表情を浮べた。「どうしたの?」と言いかけた瞬間

「「ああああああああああああああああああああ!!!!!!!」」

 ほぼ垂直のジェットコースターを落ちた時のような大絶叫が事務所に響いた。

「うっわー、さえっきーじゃん! 何してんの?!」

 楽しそうにいうのはやって来たばかりの小野勇。のん気に「やっほー!」と佐伯に手を振っている。一方の佐伯は立ち上がって震える指で小野を指している。

「なっ、ななななんでおおおおま、おまえぇぇぇ!?」

「佐伯、小野君に失礼だろ。と、言うより二人は知り合い?」

「補導される身と補導する身でーっす」

「明るく言うなあ!!」

 なるほど、最近の佐伯のストレスは彼にあったのか……と柊一郎は小野を見る。一方の小野も柊一郎を見つめている。

「しゅーちゃんって、さえっきーと友だちなわけ?」

「あー、うん。学生時代の同級生の佐伯…っていうか知ってるんだよね」

「もち。何度捕まったか!」

 誇らしげに胸を張る小野に柊一郎は呆れの視線を送る。佐伯は「胸を張るな!」と的確なツッコミを入れる。

「って言うかなお前! 何度も言わせるなよ、ここ、長月中の校区外だからな!! 学校は?!」

「あ、俺学校帰りにこっち来たから。ほら、制服のまんまでしょ?」

「学校帰りに校区外に来る奴がいるか!!」

 佐伯のツッコミが美しいくらい的確に入る。なんだか平和だなあ、と柊一郎は温かい目で小野と佐伯を見た。

「シュウ! お前もこいつらが長月の生徒って知ってたなら、注意しろよ!」

「え、あー……」

 知っていたといえば知っていたけどなあ…と思ったが小野が潤んだ瞳で柊一郎を見てくるので「いや、知らなかったよ。普段は私服で来るから」と苦笑いで答えた。

「普段はいいとしてもなあ………制服で校区外に来る奴がいるか!」

「俺の先輩なんか制服で暴れまくってたんだぜ!」

「だからそれは自慢じゃねえ!!」

「まあまあ、佐伯落ち着いて。とりあえず、二人とも座って座って」

 柊一郎に言われて小野と佐伯は向かい合うように座った。どっちに座ればいいかわからなくなった柊一郎は中立を表す意味で仕事用の机に着く。

「ともかくここまで来ちゃったんだから話だけは聞いてもいいかな。佐伯」

「まあ、まだ昼間だから許すけどなあ……でもお前、最近夜中にふらふらしすぎだろ」

「だって、悔しいじゃん!」

 突然小野が拳を握り、そう叫んだので柊一郎と佐伯はお互いの顔を見て、それから小野を見た。

「悔しい、って何が?」

「七不思議の数! 九重はもう三桁近いのに、長月は全然ないんすよー」

 七不思議、その単語を聞いて佐伯の眉がぴくりと動いた。

「七不思議、だと?」

「うん。さえっきー知らない?」

「……シュウ、何でお前の周りってそういう系統の人間が集まるんだよ。もしかしてお前、オカルトホイホイ?」

「何それ……」

 そんな害虫ホイホイと同じレベルにしないでよ、と柊一郎はため息をつく。しかし気が付いてみれば確かに佐伯の言う通りである。碧乃、なる子、石蕗…それに広塚や中田、水市も同じだろう。それもこれも体質のせいだろう、多分。少しだけ、切ない。

「それで、何でわざわざこっちに来たわけ? 長月の七不思議を作るなら長月ですればいいのに…」

「それが先輩に出動命令出されまして」

 小野が困ったように笑う。先輩、と聞いて誠明高校に通う都市伝説研究解明同好会の会長である如月なる子の姿を柊一郎は思い出していた。けれど、彼女なら小野を使わず自ら調査をするだろう。

「先輩って、如月さん?」

「いや、月原高校ってご存知ですか? あの、俺たちのほうにある」

「ああ、あの進学校か」

 小野の問いに佐伯が答える。補導員になったおかげでこの周辺の中学校や高校のことを知る事が出来た。あまり知っても嬉しい情報ではないが。

「そこのオカ研会長の先輩に命令されたんっすよ。何が何でも先に九重の七不思議の謎を調べろって」

「…へ、へえ……」

 小野の言うオカ研会長もなる子に負けず劣らず個性的な人だなあと柊一郎は苦笑いを浮べる。その間にも佐伯の眉間には深い皺が寄っている。

「おい、小野」

「何、さえっきー」

「お前さ、そんな非科学的なこと信じてるわけ?」

「はぁ!? まさかさえっきー信じてないとか言うわけ?!」

 熱い小野の言葉に対して冷たい佐伯の目は正反対のものである。もちろん、柊一郎はその佐伯の反応は予想していた。佐伯がそう言った類を信じているはずがないことを、長い付き合いの間で理解している。

「うわー、マジさえっきーロマンがない。人生の八割がた残念な過ごし方してるよ、それ」

「まだ俺の半分程度しか人生過ごしてない奴に残念なんて言われたかねえよ」

 ばちばちと小野と佐伯の間に火花が散っている、ように柊一郎は見えた。どことなく似ているけれど、根本は真反対の二人である。自分と佐伯もなかなか反対のタイプだと思うのだけれど、ここまで正反対の二人もいないだろう。柊一郎は感心し始めていた。

「まあ、話を戻そうか。それで、小野君は何を調べに?」

「そう! まだなる子先輩も入手してない、オカ研会長が入手した情報があるんすよ」

 だから君たちはどこからそんな情報を……柊一郎と佐伯は呆れたような困ったような顔をした。

「その情報って?」

「男にしか聞こえない、少女の声。女には全く聞こえないんだけど、男にははっきりわかる」

 小野はポケットから取り出した小さなメモを見ながらその情報を語る。

「それで、自分の意志に関係なく歩いてしまうとか。でも途中で元に戻るらしいけどね」

「はあ……よくある都市伝説ですねー」

 どうでもよさそうに佐伯が言うと、小野がギッと睨む。が、すぐに顔を柊一郎に向けて瞳をうるうると潤ませ、上目遣いを使った。

「それでね、しゅーちゃん」

「う、ん?」

「一緒に調べてほしいの」

「ちょっと待て!!」

 佐伯の止めに小野が小さく舌打ちした。佐伯は引きつった笑顔を浮べて小野を見ている。

「お前、今、なんて言った?」

「しゅーちゃんに、一緒に調べてほしいって言ったよ」

「言ったよ、じゃねえよ!! まさか、今からって言うわけないよな?」

「今から」

「ふざけんな!」

 外はもう少しで真っ暗になりそうである。もちろんそんな時間に中学生、それも校区外の学生を出歩かせる訳にいかない佐伯は窓の外を指差す。

「お前、外の風景が見えるか? もう夜だ。中学生よ、さっさと帰れ!」

「だから、しゅーちゃんいるならいいでしょ?」

「いい訳無いだろうが!」

「だって前にさえっきー、保護者やそれに代わる人がいれば夜にこっち来てもいいって言ったじゃん」

 小野の言葉に「え?!」と声をあげる佐伯。それを見た小野はにやりと笑って鞄から何かを取り出す。

「小野君、それは……」

「ボイスレコーダー。常に持っといてよかった」

 柊一郎の問いに答えた小野は再生ボタンを押した。しばらく雑音がして、音がクリアになる。そこで出てきた声は柊一郎の目の前にいる二人のものだった。

『いいじゃん、別にケンカしに来た訳でもないし』

『ケンカどうこうじゃなくてな、お前が長月中の生徒って言う事が問題なんだよ』

『じゃあどうすれば夜に外でていいんですかあ?』

『保護者か、それに代わる大人がいればいくらでもいいけどな』

 佐伯は大きく目を開き、「嘘だろ……」と呟いた。小野は巻き戻しボタンを押して、もう一度再生をした。

『保護者か、それに代わる大人がいればいくらでもいいけどな』

「ね?」

 小野の微笑みに柊一郎は苦笑いを浮べるしかなかった。中学生なのによくここまでやるなあ、と感心していた。

 

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