「どうやら望田さんにはアーディスさんが見えていないようだね」
柊一郎の言葉に広塚は何度も何度も頷いた。碧乃が驚いたように瞬きをしている。
「そうなの? てっきり、広塚君のお友達だからそういう関係かと…」
「あの、俺のこと何だと思ってますか、芹川さん……」
広塚は肩をガクリと落としながら呟いた。そんな広塚を見て柊一郎が小さく笑った。
「そんな風に言ったらダメだよ、碧乃君。それで、望田さんに言ってないの?」
「えっと…あんまり望田を巻き込みたくないんですよ。俺自身も危ない目にも遭ってるから……」
その言葉を聞いて碧乃は微笑んだ。
「青春だねえ、広塚君」
「せ、せ!?」
「いや、深くは語らなくていいよ。いやあ、青春ですねえ、先生」
「こらこら、碧乃君。広塚君をからかわないの」
大人二人がそう言っている間に、広塚は顔を下に向けて赤くしていた。そんな姿を見て、碧乃は若々しいなあ、と少し面白く思っていた。絶対先生にはありえないシュチュエーションだな、などとも思った。
「そういう事なんで、アーディス。絶対、変な動きするなよ」
「何が変な動きだ。私はただ食べようと」
「後で俺がいくらでも買ってやるから、今は…頼むから、本っ当に静かにしといてくれ。いつも通りでいい」
広塚の言葉を聞いて、さらにアーディスの表情は不機嫌そうなものになっていた。と、感じたのは広塚だけであって、同じようにアーディスの顔を見ていた柊一郎には全くわからなかった。
「本当に買ってくれるのか」
「買う! だから、頼む!!」
ぱんと手を当てて広塚はアーディスに頼んだ。その様子を見て、アーディスは「絶対だ」と一言残して消えた。
「……なんだか大変だね、広塚君」
「なんか、ものすごく疲れました……」
碧乃の言葉に苦笑いを浮べて、そう言った。そして、三人が書斎を出て望田の待つ部屋に向かおうとした。
「………嘘だろ」
そこには、広塚にとって悪夢が映っていた。
「おやおや、これは広塚君ではないですか!」
その明るく可愛らしい声を聞いて、広塚は意識が少しずつ遠のいていくのを感じていた。声の主は、もちろんなる子であった。
「ひっ、広塚すごいなあ!! こんな可愛い方とお友達だなんて!!」
「かわ……?!」
望田の言葉に広塚は驚いていた。外見はツインテールに、大きな瞳。見た目は少し幼く見えるが、それがまた小動物のような可愛らしさを出しているのだろう。しかし、広塚の知っている如月なる子はそんな外見とはかけ離れたパワフルさと破天荒さを持っているのである。あくまでも、広塚が感じたイメージであって、本人がそこまでかは……。
「可愛いだなんて、そんな、照れちゃうなあー!」
「私はお世辞いえない性質ですから! 出来るものなら、お持ちかえ…んんぅっ!!」
今、確実に望田の口から女子中学生として不適切な発言が出かけた。広塚はそれを聞こえなかったことにした。いちいち気にしていたら自分の身が持たないことを理解しているのである。
「それで、如月さんはどうして…?」
「実はまた新しい写真が撮れたので、高橋さんに見てもらうと思いまして!」
なる子は誇らしげにそう言って、写真を取り出した。風景の写真が主だが、そこにはどこか不思議な影が映っている。
「……毎回思うけど、如月さんってよく撮れてるね」
写真を受け取り、柊一郎はそう呟く。そんな様子を望田が興味津々げに見つめている。
「どんな写真ですか?」
「明莉ちゃんも見る?」
なる子に名前を呼ばれるほどいつの間に仲良くなったんだ、と広塚は思いながら望田がなる子から受け取った写真を一緒に見る。
「へえー…すごい、この白い玉とかですか?」
「うーん、それは光の反射かな。どちらかと言うとこの辺とか」
柊一郎が望田の持つ写真の一部を指さす。しかし、望田には何も見えない。
「うー……?」
「ほら、ここにもあんじゃん」
広塚も柊一郎と同じように一部分を指差した。それもやはり望田には見えない。
「えええええ? 広塚、適当言ってるでしょ」
広塚にそう言った関係のことがあることを知らない望田は疑わしい声をあげた。その望田の反応に、柊一郎と碧乃は苦笑いを浮べた。なる子が「そういえば」と広塚の方を向いた。
「広塚君がいると言う事は、アーディっ?!」
なる子の言葉を碧乃がなる子の肩をぽんと叩くことによって区切った。
「……先輩?」
「あー、あ、なる子ちゃん? ちょっと話しがあるから来てくれる?」
何とかアーディスのことは誤魔化せた、碧乃はなる子を半ば強引に書斎へと引っ張った。碧乃の行為に広塚は心の中で拍手を贈っていた。望田は頭に小さな疑問符を浮べながら書斎に入っていった二人を見ていた。
「それで、望田さん。話を戻そうか」
「あっ、は、はい!」
柊一郎の言葉に、望田は再びノートを広げた。
「本当に今日はありがとうございました!」
にこにこ微笑む望田と少し疲れ気味の広塚。と、言うのも望田の取材の途中から碧乃に事情を聞いたなる子が帰ってきたからである。帰ってきたら最後、なる子のマシンガンオカルトトークは止まらないのだ。それは広塚だけでなく、望田も柊一郎にも向けられた。しかしそれを望田は受け止め、さらには追及し始めたのだ。もうそこまで来たらなる子を止められることは出来ない。取材されていたはずの柊一郎そっちのけで暴走少女たちは話を展開していた。
「い、いえ……あんまり参考にならなかったかな…」
「いえいえいえいえいえ!! すっごく参考になりました! 素敵なお話聞けて、よかったです」
目を輝かせて、望田は言った。その表情を見た柊一郎も微笑んだ。
「如月先輩も、ありがとうございました!! またお話聞かせてください!!」
望田は柊一郎たちに深く礼をした。隣の広塚も同じように礼をする。
「それでは、失礼します!」
そんなこんなで、望田の取材は終わったのであった。
「で、結局話は書けたのかよ」
翌日の学校、広塚は机でうつ伏せている望田に声をかけた。望田はゆっくりと顔を上げて、広塚を見る。その目の下にはうっすらと隈が見える。
「えっと、望田……?」
「書いた。昨日はマジで神が降りたから書いた」
神……? 意味がよくわかっていない広塚は望田が取り出した紙を受け取った。びっちりと文字が記されている、どうやら小説のようだ。
「すげ。昨日だけで書いたのか?」
「うん。神が降りたから」
「あの、神って何だよ……?」
「ネタの神様。きっと、もう降りてこない」
望田はかすれた声でそう言ってまた机にへばりついた。その様子を少し不気味に思いながら、広塚は文字を読み始めた。内容はわりと普通の探偵モノ、というか何でも屋みたいな話である。幽霊、おばけ、そんな単語が出るたびに広塚はなんとなく悲しくなった。
「……俺の読むタイプとは違うわ」
読み終わった広塚の結論はそれだった。倒れこんでいる望田の机の中に紙を入れて、広塚は自分の席に戻った。
「た、たかはし……さ……」
望田は机の上で眠りながらそう呟いていた。その口元は、幸せそうに上がっている。
END