PoP×冥探偵5

 その放課後、夕陽に照らされている二人は向かい合っていた。

 広塚は眼鏡の向こう側にいる、クラスメイトの望田を見つめていた。夕陽のせいなのか、それとも本当にそうなのか、望田の頬は赤く染まっている。

「広、塚……」

「何だよ?」

 広塚は内心感じている心臓の高鳴りを押さえながら、望田に尋ねる。望田は何かを言いかけて、でも躊躇った。

「何だよ、何でも聞くから。変な話以外は」

「その…私を、連れて行って」

 望田のまっすぐな瞳が、広塚を映す。そして、望田は言葉を続けた。

「私を、甲子園に連れて行って!」

 ……残念なことに、広塚はテニス部であった。

 

望田少女の創作ノート

 

 広塚が望田に頼まれたのは甲子園に、ではなく高橋探偵事務所に連れて行って欲しいということであった。突然の甲子園発言は「前から言ってみたかった!」という望田のネタであった。

「はあ、もっちーがねえ」

 広塚はことの有り様を中田と水市に説明した。

「何で、望田がしゅーちゃんに会いたいわけ?」

水市が呆れた顔をして、広塚に尋ねる。その表情の理由には呆れだけじゃなく、内心関わりあいたくないというものも入っている。

「なんか、前のカラオケ事件のレポート見たらしくって」

「あのレポート…?」

 中田がぴくりと眉を動かした。カラオケ事件、といえば広塚たちにとっての悲劇のあの事件である。それと望田がイコールで結ばれる意味が解からない。

「っていうか、望田何処で見たんだ?」

「掃除中に小野の机の中身落した時に発見したんだと。それで、レポートに書いてた高橋さんについてが気になったらしい」

「しゅーちゃんが?」

 中田と水市が息をそろえて言う。確かにしゅーちゃんこと高橋柊一郎には謎が多い。特に外見年齢。

「でも、何故にもっちーが?」

「何か、創作のネタにするとかどうとか言ってたぞ」

「創作……ねえ。俺たちにはついていけない領域だな」

 大きくあくびをしながら、水市が言う。その言葉に、中田と広塚は強く頷く。

「ま、いいんじゃないの。行ってくれば?」

「あれ、二人とも行かないのか?」

 中田の言葉に、広塚は尋ねる。

「俺、日曜日大会。で、土曜もその前日の一日練習です」

「俺は土曜日試合。日曜日は家族の用事」

「え、って事は……」

「望田一人に行かせるわけにはいかないだろ?」

 水市が微笑む。隣の中田もにやりと笑って、人差し指を立てた。

「広塚ともっちーのデートって事だな!」

「でっ、で……デートだあ!?」

 広塚が、大げさに叫んだ。

 

「お友達?」

 広塚の突然の電話に、柊一郎は素直に驚いた。

「えっと、その広塚君のお友達が、どうして僕に?」

『あー…、なんかよくわからないんですけど…創作のネタがどうとか…』

「創作?」

『多分、小説か何かを書いてるんだろうと思うんですけど、それの参考にするとかなんとか』

「へえー」

 最近の中学生はそんな事もするのか、柊一郎の中学時代はそんな事をしている同級生はいなかった。しかし、彼には自分が創作のネタになる要素がないように思えた。

『探偵ってどんなのか知りたいそうです』

「ああ、なるほど」

 なかなか探偵と言うものは身近にないものである。中学生にとって探偵はちょっとした芸能人みたいなものだ。少しそれに浮かれていた柊一郎は広塚の頼みを受け入れた。そんな浮かれている柊一郎を見て碧乃が白い目を向ける。

「先生、浮かれすぎですよ」

「え? そんなつもりはないんだけどなあ」

「よくいますよね、そういう話を書いている子って」

「いるものなの?」

 柊一郎が碧乃の言葉に驚き、尋ねる。碧乃は小さくため息をついた。

「ジェネレーションギャップですね、先生」

 

 そんなこんなで約束の日曜日がやってきた。

「デートじゃねえぞ、デートじゃねえぞ、デートじゃねえぞ」

 広塚は待ち合わせ時間より三十分ほど前に、駅にやってきていた。その間、ずっとその単語を呟いている。

「お前は何をしている」

「違うからな!! 俺はデートをするために来たんじゃないからな!!」

 アーディスが現れたことへのツッコミもせず、普段なら叫ばないような大声で広塚はアーディスに言った。おかげで、周りの通行人たちから怪しいものを見る目で見られていた。しかし、そんな視線にも気付けないほど広塚は緊張しているのであった。アーディスは広塚にいつも以上の冷たい視線を送った。

「少し落ち着いたらどうだ」

「そう、だよな……別にデートに来たわけじゃないし」

「そこのベンチにでも座れ」

「そうだな……別にデートに来たわけじゃないし」

「…深呼吸でもしろ」

「すぅ…はああああ……落ち着いた、かも。別にデートに来たわけじゃないし」

 アーディスの頬の筋肉がぴくぴくと動く。眉間に皺が寄っていて、普段ではありえないほど怒りを露わにしている。先ほどからこいつは何を緊張しているのだ。全く理解できない。語尾に変なものをつけるな。そんな怒りがアーディスの冷たい表情の深層でごった煮になっているのだ。一発殴ってやろうか、とアーディスが思ったときだった。

「ひ、広塚!」

 慌てて来たような女子の声。広塚が顔を上げると、走る望田の姿があった。頬を赤らめて、望田は広塚に手を振る。このシュチュエーション、完全にデート。

「ま、待たせた?!」

「いや、全然平気。行くか」

「うん!」

 さっさと歩き出す広塚を追いかけるようにぱたぱたと走る望田。そんな二人の姿を見てアーディスはため息をついた。

「面倒なものだな」

 そう言いながら、アーディスは二人の背中に向かって歩き出していた。

 

「ここが、探偵事務所……」

 目から光が零れて落ちそうなぐらい、望田は目を輝かせてその雑居ビルを見た。端から見ればただのビルなのだが、望田にはそれが豪邸にでも見えているのだろう。広塚はそう考えた。

「え、でも本当に私行っていいの? 大丈夫?」

「大丈夫も何も…高橋さんも割りとノリノリだったし」

 先日、柊一郎に電話をかけたことを広塚は思い出す。カラオケの時とは比べ物にならないぐらい、楽しそうであった。もしかして望田の創作をなんかの取材と勘違いしてるんじゃないか、と広塚が思うぐらいであった。

「ねえ、高橋さんってどんな人?」

「どんな……」

 広塚は柊一郎のことを思い出す。穏やかな声、笑顔。見た目からは想像できない年齢。中田と水市、碧乃やなる子にペースを持っていかれるほどのヘタレ…げふんげふん。

「いい人だよ、うん。すっげーいい人」

 

「ようこそ、高橋探偵事務所へ」

 あ、これは浮かれている。望田と広塚が事務所に入った瞬間に言った柊一郎の声を聞いて、碧乃は本能的に思った。普段なら絶対ここまで言わないでしょ、え、私のとき言いましたっけ? などなど思い碧乃は呆れた表情を浮べた。

「はっ、初めましてっ! 広塚の友人の望田明莉と申します!」

 広塚の隣の望田が顔を真っ赤にして大きく礼をした。何故顔が赤くなったのか、望田の隣の広塚は理解出来ずにいた。

「本当にいきなりすみません。押しかけちゃって」

「いや、いいよ。僕に出来る事なら、なんでも」

 キラッ☆ そんな感じの効果音が似合いそうな笑顔を柊一郎は望田に向けた。さらに望田の顔は赤くなり、とうとう耳までも赤くなった。その様子を見て、広塚は若干柊一郎にも望田にも引いていた。とりあえず、話が通じそうな碧乃に話し掛けた。

「えっと、何が起きたんですか…高橋さん」

「完全に浮かれちゃってるのよ、先生」

 碧乃はため息混じりにそう言った。「全く何盛り上がってるんだろうねえ」と困ったような笑顔を浮べて碧乃は広塚にソファーに座るように勧めた。その頃、柊一郎も同じように望田に勧めていた。

「あ、そうだ。お土産持ってきたんです!」

 そう言って、望田は持ってきた鞄から何かを取り出す。中から出てきたのは洋菓子セットだった。

「わざわざ…ありがとう、望田さん」

「いえっ…そんな……」

 肩を小さくして、望田は完全にぶりっ子ポーズを取った。学校でぎゃあぎゃあと騒いだり、オタクちっくな話をしたりする望田明莉の姿からは連想できないその様子を見て、広塚は完全に引いていた。先ほどまで、彼女とのデートがどうこうと緊張していた姿はもう失われていた。柊一郎の隣に座る碧乃も、広塚と同様に引いていた。その矛先は柊一郎であるが。普段の依頼受ける表情とはかけ離れている。やっぱり先生はロリ……などと少し危ない考えをしていた。

「碧乃君、何考えてる…?」

「え、そんな。先生がろ…んっ、んんぅ」

 無理に咳払いをして、碧乃は立ち上がる。「お茶持ってきますねー」と言って上手く逃げたのだった。そんな碧乃の様子を見て柊一郎は苦笑いを浮かべ、すぐに爽やかな笑顔で望田の方を向いた。

「それで、僕に聞きたい事って?」

「えっ、あ、はい!」

 望田はまた鞄から何かを取り出す。大学ノートであった。何か文字がびっちりと書かれている。

「何、それ?」

 広塚はそのノートを初めて見た。授業に使うものとは少し違うように見えたからである。望田はノートの表紙を広塚に向ける。

「ネタ帳でーす」

 表紙には丸に『も』と書かれている。ネタ帳、と聞くとどうしても芸人的なイメージしかわかない広塚にとって、それは未知の領域であった。

「何が書いてるんだよ」

「そこは気にしなくていいことでーす。で、高橋さん!」

 広塚に向ける表情と柊一郎に向ける表情が全く違う望田。女ってどうしてそんなに表情をころころ変えれるんだろう、と広塚は呆れていた。一方望田はノートを開いてペンを取り出す。

「それで、お話聞かせていただいてよろしいでしょうか?」

「どんな話をすればいいかな」

「えっと、まずどんな依頼を受けられるか…あの、本当に幽霊関係って受けられるんですか?」

 意外と普通だ。広塚は望田の質問を聞いてそう思う。そして碧乃がお茶を持って帰ってきて、三人の前に置く。しかし、望田はまっすぐ柊一郎を見つめて、質問を続ける。

「望田さん、真剣だね」

「そうですねー…あんな顔初めて見た」

 碧乃の言葉に広塚は素直な感想を述べた。望田の一つ一つの質問に答える柊一郎もすごいな、とも思った。

「そんなに創作って面白いのかなー」

「さあ…私も詳しくは知らないけど…でも、望田さんのあの様子からは楽しそうだよね」

 碧乃がくすりと笑いながら広塚に言う。二人がそんな会話をしている間にも、望田はネタ帳に素早くメモを書く。隣からその中身を広塚は見たが、正直綺麗な文字には思えなかった。しかも、謎の記号のようなものが書かれていて、広塚だけではなく一般人にも解読できないだろう。

「あ、そだ。お菓子どうぞ食べてください、折角持ってきたし! あ、広塚も食べて食べて」

 望田の声色は明るい。柊一郎と話している間に、望田は最初に抱いていた不安や緊張は飛んでいったしまったようだ。高橋さんってやっぱりすごい、と広塚は柊一郎を見た。そんな視線に気づいてない様子で、柊一郎は望田が持ってきた洋菓子セットの中のクッキーを取り出す。

「こんな高そうなもの、わざわざ悪いね」

「いえいえ! 家に置いてたら兄貴が勝手に全部食べちゃいますから。それなら皆さんで食べたほうがいいし」

 そう言って、望田もクッキーを食べる。確かに洋菓子セットはすこし高級そうなものであった。これを一人で食べる望田の兄貴って……と広塚は小さいケーキを食べながら思った。

「お茶もありがとうございます。とっても美味しいです」

 望田が微笑み碧乃に言った。出たな、営業スマイル。広塚がそう思う横で、お茶を入れた碧乃は少し嬉しそうに「いえいえー」と手を振っている。本当に表と裏の顔の使い分けが恐ろしいほど出来てるな、広塚は望田を横目で見ながらため息をついた。

「それで、質問続けてもよろしいですか?」

「うん、どうぞ」

 望田はノートのページをめくりながら質問を探している。そのとき、望田を見ていた広塚の目にその場に合わない何かが映った。白い、手? その手は、静かに望田の持ってきたお菓子セットに伸びていた。

「待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」

 突然の広塚の叫びに、碧乃も柊一郎も望田も、そして手を伸ばした本人、アーディスも驚いて広塚を見た。

「ひろ、つか………君?」

 ぱちぱちと瞬きをする柊一郎。何故叫んだのか理解できていないようだ。もちろん、それは残る碧乃と望田も同じである。それから、望田が小さく言った。

「もしかして、私が……高橋さんの昔の恋愛事情を聞こうとしたから?」

 その言葉に飲んでいた茶を吹きかけたのは柊一郎だった。碧乃が「マジで?」と若干興味有り気に望田に尋ねる。広塚の叫びはどうやらうまく誤魔化せたようだ。

「そ、それもあるけど、いや、それはいかんだろう望田! じゃなくって、高橋さん!」

「は、はい?」

「と、芹川さんも!」

「はいっ?」

 突然名前を呼ばれた柊一郎と碧乃はぴくりと肩を揺らして返事をした。広塚は数秒ほど黙って、二人の顔を見た。それから、不機嫌そうに広塚を見つめているアーディスの顔も。

「あの、ちょっとお二人に相談したいことがあるのですがー……」

 広塚の言葉を聞いて柊一郎はアーディスとノートを持ってぼんやりとしている望田に向けた。それで、なるほどと納得した。一方碧乃はよくわかっていない様子で首をかしげているが、柊一郎が何かをわかっているのだけは理解できた。

「望田さん、少しいいかな? 広塚君の話を聞きたいから、ね」

 キラッ☆ 爽やかな柊一郎の笑顔を見て、望田はぼーっと赤く頬を染めた。「ど、どうぞっ」と望田は声を裏返しながらそう言った。それを見て柊一郎は広塚と碧乃、そしてアーディスをすぐそばにある書斎へと入れた。

 

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