これは、もしかしてあれじゃないのか。雅は混乱する頭の中で考えをまとめた。携帯情報サイトのデートスポットをいい感じに巡った二人は、休憩と言う事でデパートの屋上にあるベンチに座っていた。雅は貢に背を向けて頬を軽く叩いた。これ、完全にデートじゃね? 雅はハッとした。そして、それを意識してしまうと雅も普通の少女、顔を真っ赤にさせた。デートに行った男女が普通であるはずがない。……ただ、元々雅と貢の関係は普通ではないと言う事は今の雅の頭には入っていない。
一方の貢は腕時計を見た。時刻は七時を過ぎた。あたりが少しずつ暗くなり、夜空に浮かぶ星も見えてきた。貢は小さく息を吐き、背を向ける雅を見た。
「雅」
「うぁあ?! な、何だぁ!?」
顔を真っ赤に染めたまま、雅は貢のほうを向く。貢は雅が何故そんな表情をしているか理解できていないが、軽く気にせずに話を切り出した。
「いろいろ、連れて行ってくれて感謝する。ありがとう」
「え、あ……べ、別に…」
雅が連れて行ったのはおしゃれなアクセサリーショップ、古着屋、そしてこのデパートの屋上にあるちょっとしたアトラクションスペースなどである。貢に改めて言われると、何となく照れくさい雅は少しだけ視線を下に向けた。
「俺も、雅に来てほしい場所がある」
「わ、たしに………」
雅の脳内で、いつか見た恋愛ドラマのシュチュエーションがフッと再生された。そうだ、女性がいろいろ連れて行った後に「来てほしい場所がある」と言って男性がなんだかいい感じの星の見える高台に女性を連れて行って、告白して……。
しかし、雅ははっと冷静になった。目の前にいるのは、三戸貢。眼帯をして、顔はそこそこいい。しかし、コイツは極度の変人で、しかも『契約』だの『道化師』だのなんだかファンタジーな世界に生きる男なのだ。
「…どこにだ?」
雅は赤くなった顔を元に戻し、引きつった表情で尋ねた。
「来ればわかる」
貢は立ち上がり、すたすたと歩き始める。嫌な予感がものすごくする。そう思いながらも雅は貢について行った。デパートを出て、駅に向かい、そのまま裏に向かう。もしかして、雅が呟いた。
「お前、あの小野の話をマジだと思ってんのか?!」
「彼の話は真実だ」
「はあ?! お前もそんなオカルト趣味あったのかよ……って、付き合えってまさか…?!」
「まさか、何だ?」
「まさか、時間つぶしか…? このための……」
雅が震える声で尋ねると、貢はこくりと頷いた。当たり前だろ、と言いたげな顔までして貢は雅を見る。
「何だと思っていたんだ」
「バカだ……私、バカだ……」
そんな呟きを貢は無視して、辺りを見る。夜はさらに深くなり、駅の裏側はほぼ真っ暗である。
「彼の話には、『契約者』が関係している」
「…は?」
小野の話に『契約者』の要素があったか? 全く理解出来ない雅は貢の言葉を待った。
「前の事件、覚えているだろ。『契約者』がぽ…何とかにとり憑かれた」
「あ、ああ」
以前、貢が一週間いなくなった原因。広塚とかいう眼鏡とかがぽっぷとか何とか言ってたあの事件か、と雅は思い出した。あれは結局、どうやって解決したのか『道化師』を倒すので必死だった雅ははっきりわかっていない。
「もしかしたらそれと同じ事がまた起きているらしい。『契約者』が一人、異常な行動にでているそうだ」
「異常な、行動?」
「『道化師』が出たわけでもないのに武器を出して、力を使っている。その反応は、このあたりからしたらしい」
「だから小野の話が関係するってわけか。その『契約者』をどうにかすればいいんだな?」
雅が尋ねると貢は頷く。そして二人は背中を合わせて周りを見る。怪しい気配がしないか、『契約者』の力を感じないか………そのときだった。
「あっちだ!」
雅の目に闇よりも黒い何かの影が見えた。黒いフードをかぶった人物。雅が走り出し、貢も後を追う。黒いフードもまた逃げ始める。
「逃がすか!! 三戸!」
前を走る雅が手を伸ばして貢の掌と自分のそれを合わせると、そこから大きな鎌が出現した。雅はそれを握り、黒い影に振りかぶろうとした。が、黒いフードの中から手が現れ、雅が振りかぶった鎌を何かの力で弾き返した。
「うああ!?」
地面に叩きつけられそうになった雅を貢が抱かかえる。そのとき、貢は何か異変を感じた。
「っ……助かった、三戸」
雅が貢から離れて黒いフードの人物の所に向かおうとしたが、貢は雅の腕を強く掴んだ。突然の行動に反応が遅くなった雅はゆっくり振り向く。が、貢は強引に雅の腕を引き自分の胸の中に雅の顔を持っていった。そのまま強く抱きしめる。雅の手から鎌が落ちた。
「三戸?! 何してんだ!!」
雅の怒鳴り声に全く動じず、貢は無表情で抱きしめる。雅の苛立ちはさらに増える。
「三戸!! あれがお前の言ってた『契約者』だろ、どう考えても!! さっさと止めに…!」
「雅……」
耳元で囁く貢の声に雅は再び顔を赤くする。あまり異性とそんなかかわりを持ったことのない雅は緊張を覚えていた。「み、と……」
雅が顔を上げるとそこには貢の顔があった。いつもと変わらない無表情だけれど、何故かその表情がいつもと違うように見えた。何が、とは具体的にわからないがいつもより優しいオーラが感じられる。
「雅…」
ただ、名前だけを呼ぶ貢。それだけに胸の鼓動を高鳴らせる雅。強く抱きしめられていることに加え、じっと見つめられていることに緊張している雅は動けずにいた。黒いフードの人物は動くことなくその二人の様子をじっと見ている。
「PoP、出たな」
第三者の声に、黒いフードは声のほうを向いた。そこには自分と対照的な白いフードのアーディスがいた。感情を全く映さない銀色の瞳は黒いフードの中にあるPoPを見ていた。
「気配が現れたり消えたりしたのは、何者かの中にいて同調したからか。どこでそんな方法を学んだ?」
「…銀色……この領域に踏み入れたのか」
黒いフードはアーディスに向かって言う。その声は男のものよりもさらに低い獣に近いものであった。アーディスは黒いフードの言葉の意味を理解出来ず、じっと睨む。
「領域、だと?」
「まあ、いい………力を、貰おう」
黒いフードは雅たちに近付き、先ほど雅が落とした鎌を手にとった。鎌が黒く輝き、黒フードの手の中に消えた。その現象に雅たちは気付いていない。
「何をした」
「簡単だ。奴らの力を一部頂いた……そして」
アーディスに手を向ける。
「お前の力を超える」
乾いた音と共にアーディスは吹き飛ばされる。
「アーディス!!!!」
啓也が吹き飛ばされたアーディスを受け止めた。アーディスがゆっくりと目をあける。
「大丈夫か!?」
「…私は無事だ。だが…」
啓也から離れてアーディスは雅と貢を見る。啓也は暗闇に目を凝らしてなにが起きているかを見た。そこには抱き合い顔を近づけている雅と貢がいた。
「あっ…天津さん?! 三戸さんも何して……!!!」
「奴らは取り憑かれている」
「マジで?」
「何度言わせる気だ。私が何故嘘をつく必要がある」
確かに、そうでもなければあの二人があんなにイチャイチャするはずがない。啓也は納得した。が、この状況をどうすれば良いかの解決になかなかった。
「……そいつが、…銀色、お前の………力か」
獣の唸るような声が響く。啓也はハッとして黒フードの方を向いた。禍々しいPoP以上の気配を啓也は感じた。その中に、どこかで感じた何かを思い出した。先日、啓也とアーディスを襲ったPoPと同じもの。黒いフードが手を伸ばす。
「まずい…!!」
啓也はアーディスの腕を引っ張り、逃げ出す。黒いフードの手から先日と同じような鋭い風が吹く。先日の何倍もの力を感じる風に啓也は恐怖を覚えた。
「ありえねえ……あれ、ただのPoPじゃねえよな!?」
「あの女が持っていた鎌を吸収していた。力は通常以上のものを持っているだろう」
「ど、どうするんだよ!?」
「どうする……」
アーディスはちらりと抱き合う二人を見た。一体何故あの二人はあんなことをしているのか、アーディスは理解できていない。啓也も二人を見る。二人とも、虚ろな目をしてお互いを見ている。その様子は熱いカップル、というには不気味なもの感じさせた。何かが、違う。そして、啓也は気付いた。
「何かがいる…」
「何?」
「天津さんと三戸さんの周り、何かがあるみたいだ」
「あいつの仕業か……」
そして、アーディスは雅と貢のもとに駆け出す。それを慌てて啓也も追いかけるが、後ろから黒いフードが風を飛ばす。先日と同じような風だったため、何とか啓也も避ける事が出来た。
「天津さん! 三戸さん!!」
啓也の言葉に反応することはない。完全に意識を何かの力によって奪われている。アーディスが二人に向かって手を伸ばし、銀色の光を輝かせたが何も起きない。啓也も二人の腕を離そうとするが、全く動かない。虚ろな瞳の中にお互いを映し、まるで石像のように固まってしまっている。
雅はこのままでもいい、と思っていた。目の前の男が好き、とかそういうのは関係なく、ただこの状態が一番自分にとって幸せではないのだろうかと思っているのだ。暖かな貢の体温を感じて、雅は小さく微笑んだ。
―――雅
「…三戸……?」
雅は貢の顔を見る。口から発せられた声ではない、何か別の声が雅の耳に届いた。貢の、いつもと同じ冷静な声。
―――目を覚ませ、雅
「目を、覚ませ? 何言ってんだ、私は寝てなんかない」
―――目の前の俺は俺じゃない
貢は小さく微笑んでいる。雅を強く抱きしめて、微笑んでいる。
―――雅、早く目を覚ませ。戻れなくなる
「いいじゃないか、このままで。私は、これでもいい」
―――違う、それはお前の望みじゃない
貢の言葉と同時に、雅は胸に何か熱いものを感じた。自分の左胸を見ると、赤い血液が溢れ出ていた。いつかと同じような状況だ。しかし、痛みも恐怖も感じない雅は視線をすぐに貢に戻す。
「このままで何が問題だ。私の望みは、このままがいい」
雅がそう言うと、目の前にいる貢の顔が近付いた。そして、雅は唇を近づける。
―――天津さん!!!!
突然の声に雅は動きを止めた。その声は、貢のものではない。どこかで聞いた、少年の声。
「……誰だ……」
そのとき、貢の顔が変わった。小さな微笑みは、歪んだ笑みへと変化する。それを見て、雅の頭はさあっと冷静になった。コイツは、誰だ。
「お前は誰だ?!」
雅が怒鳴った瞬間、貢が顔を近づけた。唇を合わせる、『契約』。
「違う、私が『契約』を結んだのはお前じゃない!!」
―――雅
「三戸……!!」
雅は貢の胸を強く押して逃げ出す。その瞬間、雅の周りを囲むように多くの貢の姿が現れた。同じような貢の姿が、じっと雅を見つめている。
「違う、お前らじゃねえ……私が、私が知ってる三戸貢は………」
―――こっちだ!!
貢の叫ぶ声。雅は声の方向へと駆け出す。あの時、『契約』を結んだ男は、
「三戸!!!!!」
あたりが強く光る。啓也とアーディスは雅と貢から視線を反らす。黒いフードはその光から目を反らすことなく強い光を見つめた。
「ほう……お前ら、……まだそんな力があったか」
雅と貢の目に輝きが戻る。そして、抱き合っていた二人は離れた。
「ったく、何が楽しくてお前と抱き合わなくっちゃいけないんだ……」
「抱き合うのに楽しみも必要なのか?」
「……その発言、ギャグだよな?」
「ギャグ? 何でこのタイミングに言う必要が」
「あーあーあ!! もう黙れ!! それよりあいつだ。あいつ、一発殴らないと気が済まない」
雅と貢が手を合わせる。が、何も起きない。普段なら鎌が現れるはずなのに……雅は少し焦りを覚えていた。
「出てこないな」
「わ、わかってる!! どういう事だ?!」
「あの、ちょっと良いですか……?」
やっと会話に入れる、と啓也は小さく手を挙げた。雅が「何だ?!」と睨むように啓也を見る。
「さっき、あの黒いフードの人が雅さんの鎌を吸収した、とかアーディスが言ってます」
「はぁ!? どういう事だ広塚!?」
「いや、俺は現場見てないんでわかんないんですけど、吸収しちゃったらしいです…」
「なるほど、だから出てこないのか」
ぽん、と手を叩いて貢が頷いた。それを見て雅はぱくぱくと口を動かす。出てこない、つまり雅は戦えないと言う事である。雅はふるふると震え始めた。
「ふっざけんなあああああ!!!! 何で私が戦えないってことになるんだよ!? あー、もう、イライラする!」
「安心しろ」
貢がそう言って、雅の方を引き寄せる。その瞬間、雅と貢の唇が重なる。突然の出来事に見ていた啓也も驚いたが、それ以上に唇を合わせた雅が驚いていた。雅の手に、再び鎌が現れる。
「み、と」
唇を離した雅は顔を真っ赤にさせて貢を見た。しかしその視線を気にすることなく、貢は弓矢を手の中に出す。
「雅、さっさとあいつを殴るんじゃなかったのか?」
「っ〜…!! ああもう!! 全ての元凶はあいつだな、あいつをどうにかすればいいんだな?!」
「ああ、……それに、あいつはもう……」
貢は黒いフードを見る。フードの下にあるその顔を貢ははっきりと覚えていた。彼は、貢の目の前で『道化師』に殺された『契約者』なのだ。
「……行くぞ、雅」
二人は駆け出す。その様子を呆然と啓也は見つめた。
「俺……帰っちゃダメかな……」
「そこの眼鏡少年!」
貢に呼ばれて啓也ははっと顔を上げる。貢がじっと啓也を見ていた。
「もしもあそこに、本当のあいつがいるとしたら……助けてほしい」
「本当の……」
意味がわからなかった啓也だったが、黒いフードを見て理解した。あの中にはいくつもの何かが含まれている。その中には、あの肉体の中にいた本来の魂があるのだろう。啓也は小さく頷くと、貢はすぐに矢を構えて黒いフードを攻撃した。
「あの中にはいくつものPoP、力がある。啓也」
アーディスに名を呼ばれた啓也はアーディスに手を向ける。その手にアーディスが触れると二人の間に銀色の光が輝いた。
―――貢
啓也の耳に、聞き慣れない男の声が聞こえた。啓也が目をあけるとそこには穏やかな笑みを浮べた男がいた。黒いフードの下にあった顔だ。けれど、あの邪悪そうな雰囲気は全くない。
―――すまない。先に逝く……許してくれ
男はすまなそうな顔をして、微笑む。
―――生を失うことは恐怖だ。お前には、その生を失ってしまう誰かを救う事が出来る
その誰かを、啓也は知っていた。そうだ、貢は死にそうになった雅を助けた。
―――もし、私が『道化師』以外の何かを傷つけたとき……貢、お前の手で私を葬ってくれ
男の笑顔は消えてしまいそうだ、啓也は何故だかそう思った。それは、本当に消えてしまうからだろうか。
「約束を、守ります」
貢は黒いフードの男に矢を放つ。胸に輝く矢が刺さり、男はふらついた。
「雅、今だ!」
「言われなくても!!」
雅は大きく鎌を男に振りかぶった。そして、アーディスが銀色の光を放ち、黒いフードの姿は消えた。雅の手から鎌も消え、やっと雅は安堵の表情を浮べた。
「疲れた……って……」
雅が視線を変えて貢と、その後ろにいる啓也を見て驚いた。貢も振り向いて、啓也を見る。
「何で君が泣く?」
貢の言う通り、啓也はぼろぼろと涙を流していた。啓也も自身の涙に驚いているらしく、呆然としていた。
「何で、って……わかんないですけど、でも……あの人、すっげー笑ってたから」
「そうか。笑っていたか」
それを聞いて貢は安心したような顔になり、啓也の頭を優しく撫でた。
「……噂がぱったり切れちゃったんですよ、それが」
先日の壮絶なる戦いからしばらくしたある日、雅は再び勇と会った。死神の噂は結局、『契約者』の事件であったため結論からして雅と貢が解決したことになった。そのため、噂は途切れてしまったのだ。
「あーあ…噂、確認できなかったなあ」
「そんな噂確認してどうするんだよ」
雅が呆れた表情をして、大きなあくびをした。それを見て勇は少し不機嫌な表情を浮べる。
「まあまた新しい噂入手してきます。頑張るぞー、おー!」
「…はいはい、頑張れよ」
面倒そうに雅は勇に手を振ってその場を去った。また変な噂が入ってこなければいいけど、と少し思いながら雅は歩く。
END