PoP×契約者3

 まるで、風が吹いたようだ。

 

「…どうした、雅」

 天津雅は名を呼ばれて、はっと顔を上げた。三戸貢が雅の顔を覗き込んでいた。

「何でもない」

「そうか」

 やはり元々は普通の人間であった雅にとって、『契約者』として戦うことは体に負担が大きくかかってしまうのだろう。貢は雅のぼんやりとした横顔を見てそう思った。

「なあ、三戸」

「何だ?」

「さっき、風吹いたよな?」

「ああ、多分、『道化師』が消えた衝撃だと思う」

 貢が答えると雅は安堵したようにため息をついた。そして、先ほどまで激戦が行なわれていた場所を見つめる。今回の『道化師』も手ごわい奴だった、雅は首を鳴らした。

 

―――運命の赤よりも深い紅

 

「PoPの気配が消えた」

 アーディスの言葉に走っていた広塚啓也は足を止めた。

「…は?」

「何度も言わせるな。PoPの気配が消えた」

「何で」

「私が知るはずないだろう」

 啓也はアーディスの淡々とした言葉にため息をついた。そして啓也は伸びをして今歩いてきた道を戻ろうとした。が、アーディスが啓也の前に立つ。

「どこへ行くつもりだ」

「どこって、帰るんだろ?」

「ふざけるな」

 そう言ってアーディスは啓也の腕を引っ張る。状況が理解出来ない啓也は、その手に引きずられるように歩き出した。

「ちょっと待て!? 何で、PoP消えたならいいじゃん!」

「あくまで気配だけだ。まだすぐそばに隠れているかも知れない」

「俺の平凡な休日がまた……」

 啓也は泣きそうな声で呟いた。それからしばらく歩いたある空き地に二人はたどり着いた。

「何にも、いないよな」

 啓也が辺りを見るが何もいない。アーディスも小さく頷き「帰るぞ」といった。

「帰るぞって、お前なあ」

 そう言っている間にもアーディスはさっさときた道を帰っていた。どこまで自由なんだ、コイツは。啓也は呆れてまたため息を吐いた。しかし何も起きなかったことに啓也は安心していた。

 先日あらわれたPoPは、恐ろしいモノだった。啓也の方を向いたら風が吹いて、しかもその風がまるで刃物を投げたかのような鋭い風であった。一発当たりかけた頬に、小さな細い切り傷が出来たことを啓也ははっきりと覚えている。そのPoPはアーディス曰く姿を消したらしいが、どうやら送れていないらしい。少し不安な部分でもあったが、アーディスが何も言わないので啓也は気にしないことにした。

「はあ…何もなきゃいいんだけどな」

 啓也は空を見上げて、呟いた。

 

 

「疲れた」

 雅はファーストフード店に入り、ぐったりとテーブルに倒れこんだ。それから遅れて席にやってきた貢が雅の頭の上に二人が注文した品が乗っているトレーを載せた。

「おい、三戸」

「どうした?」

「何のつもりだ」

「てっきり雅がテーブルと一体化したいかと思った」

「てめ、ふざけ」

「あ、今起き上がったら落ちるぞ」

 起き上がりかけていた雅ははっとなってゆっくりと頭をテーブルからずらした。そして、貢はテーブルにトレーを置いた。

「では、いただきます」

 無表情で両手を合わせて言う貢の姿は端から見ていて変である、雅はコーラをストローで吸いながらそう思った。

「どうした、そんなに俺の顔を見て」

「別に」

 雅は視線を反らしてハンバーガを口に含んだ。なんか、こいつといると疲れる……雅は外の風景を見た。と、ぼんやりしていた時だった。

「天津先輩じゃないっすか」

 名を呼ばれた雅ははっとして顔を上げる。そこには、見慣れた顔があった。

「…小野?」

「ちゃーっす。天津先輩もお昼ですか」

 そう言いながら雅の後輩、小野勇が雅たちの隣の席についた。

「ああ、まあ」

「で、そちらの方は…?」

 いやらしい笑みを浮べながら、勇が貢を見る。そんな視線に気付いていない様子の貢は無表情のままでハンバーガーを口に入れている。雅は勇の頭を勢いよく叩いた。

「いって!」

「変なこと考えるんじゃねえ。ただの連れだ」

「ほうほう……、とうとう天津先輩も春ですかぁ」

「それ以上言ったらどうなるか、解かってるか…小野?」

 雅の鋭い睨みを真正面からうけても、勇は動じることなくへらりと笑っている。

「あっはっは、冗談っすよ先輩。でも、変わった人ですねー」

「お前に人のことが言えるか」

 コーラを飲み、雅は勇と貢を見比べる。変人具合はどちらも変わらない。一方は特殊な能力をもった無表情天然男。もう一方は『長月の鬼』…この周辺ではほぼ最強と呼ばれる不良なのにへらへらと笑う男。雅が聞いた所によると、以前の『長月の鬼』はもっと恐ろしい人間だったらしい。それがこの小野かよ……呆れのため息がこぼれた。

「そういや先輩、面白い話があるんですけど」

「それ以上言うな。お前の話って、くだらない都市伝説じゃねえか」

「くだらない?! 都市伝説の中にも神秘があるんですよ!!」

 勇が不良らしくない理由の一つとして、今言ったようにオカルト話が好きという部分がある。雅は勇に会うと必ず何か一つ都市伝説を聞かされるのだ。もちろん、雅はその話を真剣に聞いていない。

「わーわーわー、そんな話聞きたくねえよー」

「ひでえ先輩」

「面白そうじゃないか」

 全く話に加わっていなかった貢が突然話に入ってきた。雅が呆然と瞬きをしている一方、勇はきらきらと目を輝かせた。

「面白いに決まってるじゃないですか! なんてったって、この俺の話ですからっ!」

「なるほど。それで、どんな話だ?」

 何でお前が入るんだよ! と雅は貢を睨んだが、そんな睨みも気にしない貢は勇の話を聞く。このあたりは勇と似ている部分である。

「何でも、ある人物を見たら必ず恋が結ばれるって都市伝説があるんすよ」

「その人物というのは?」

「えーっと、黒いコートをきてて、見た目からして怪しい感じの…死神、見たいな」

 貢の眉が小さく動く。

「それでそいつに、思っている人といる姿を見られたら結ばれるらしいです」

「何、お前好きな奴でもいるのか?」

 雅の質問に勇は「まっさかー」と明るく返事をした。ここで顔を真っ赤にして「違いますよそんなの!」とか何とかいえば面白かったのに、と雅はコーラを飲む。一方貢はいつもと同じ無表情の中にも真剣さを含んで勇を見つめていた。

「それは、本当の話か?」

「え、まだ確認は出来てない都市伝説ですけど…もしかして、興味持っちゃった感じですか?」

「ああ。それで、どこで目撃されているか、わかるか?」

 貢が尋ねると勇は素早くポケットから掌くらいの大きさのメモ帳を取り出した。ぺらぺらと紙をめくり、「あった」とページを止めた。

「噂、という程度で受け止めてくださいね。えーっと、基本的に駅の裏側で目撃されている場合が多いですね」

「時間帯は?」

「大体夕方。というかあたりが暗くなり始めるくらいだから…七時から八時あたりです」

 さらさらとテンポよく質問と返事を繰り返す貢と勇を見て雅は呆れていた。男はどうしてこういったくだらない事が好きなんだ、氷だけになったカップをぼんやりとした顔でつつく。と、そのときセットを食べ終わった貢が席を立つ。

「行くぞ」

「は?」

「貴重な情報ありがとう。感謝する」

 貢は勇にそう言って小さく礼をした。そのまま、雅の腕を掴んで強引に引っ張り、ファーストフード店を出る。状況が理解出来ない雅は絡みそうな足で小さく走る。

「ちょ、どこ行く気だ?!」

 雅の叫びが聞こえているのかいないのか、貢は小走りに歩き出していた。

 

 

「三戸!!!」

 貢に引っ張られるまま雅は駅にやってきていた。休日の駅前には多くの人々がいる。派手な格好をした雅と同じくらいの少女、パンクファッションの少年やデートをしているような男女などなど様々な人種が溢れかえっている。

「なんだよ、いきなり引っ張りやがって」

「付き合ってくれ」

「…………は?」

 いつも通り無表情で何を考えているかわからない貢は、雅に向かって一言そう言った。人々の波の中でその発言は空耳ではないのか? と雅は貢を見つめる。

「付き合ってくれ」

「に、二回も言うな!!」

 しかも先ほどより大きい声。それでもざわつく駅前ではあまり声は響かないため、雅たちの異変に気付く人はいない。雅は頬を真っ赤に染めて辺りを見る。

「ど、どどっどど、どう……」

「どういう意味か? そのまま言葉のとおりだ。付き合ってくれ」

「三回も同じことを言うな恥かしい!!」

 雅が怒鳴ると、貢は小さく首をかしげた。貢は腕時計を見て時刻を確認する。

「とりあえず、どこに行こうか」

「は…」

「こうやって二人で出かけるのは慣れないからな。こういうとき、どこに行けばいいのかわからないんだ」

 まるで外国人のように両掌を上に向けて肩を下げる。それを無表情でするこいつは変人だ、雅は苛立ちを抑えながら貢を睨む。

「知っているか?」

「し、知ってる訳…」

「そうか、雅はまだまだ若いからな。青春をしていないか……」

「それぐらい知ってるっつーの!!」

 雅は苛立ちをポケットから取り出した携帯にぶつけるようにボタンを押す。ネットでこの辺のおすすめスポットを見る。普段は不良仲間とふらふらする程度なので、ネットに出てきたスポットがあることを雅は全く知らなかった。

「何かあったか?」

「うっせえ! 行くぞ!!」

 と、先ほどまでとは立場逆転。雅は貢の腕を引っ張り、ずんずんと歩き始めるのだった。

 

 

「んー……平和な日常」

 午後六時過ぎ。家に帰って、ある程度勉強をした啓也はぐっと背伸びをした。こうやって予習を休みの間にある程度して、あとの時間を寝て過ごす、もしくは友人と出かけるか、あるいは部活の練習をする。啓也にとっての平和な休日の過ごし方はそう言ったことをすることだった。つまり、今はたまにしか出来ないという事実がある。

「………」

 もちろん、その原因はじっと啓也の隣で予習をしている様子を見つめていた銀髪銀目のアーディスのせいである。まあ、今日は何もなかったから問題ないか、と啓也は首を回す。昼にしたPoPの気配とやらは消えたらしいし、もう何も起きないだろうと油断していたのが、啓也の失敗だった。

「行くぞ」

「………はい?」

 アーディスの突然の言葉に啓也は首を傾げるしか出来なかった。アーディスの銀目の中に啓也の間の抜けた顔が映っている。

「PoPの気配がした」

「うっそだー」

「何故私が嘘を言う必要がある」

「…マジ?」

「マジだ」

 そう言うと同時に、アーディスが啓也の腕を引っ張る。ああ、俺の平和な一日があと少しで終わるというのに……啓也の泣き言は、誰にも届かない。

 

 

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