「異常だな」
そんな四人の様子を、アーディスは近くのアパートの屋上から見ていた。先ほどまで啓也の家にいたあの女は、ただの幽霊でも、PoPでもない。それはわかっていても、アーディスには彼女の正体がわからない。
「何だ、あれは一体……」
アーディスがその場を去ろうと、振り向くと目の前に少年が居た。黒い髪、医療用の白い眼帯を左目に当てている。そして、もう一方の右目は群青に輝いている。
「………」
アーディスの銀色の瞳が、彼を射抜く。しかし、彼はそれに気付いているのかいないのか、ただアーディスのいる方向を見つめていた。少年は一歩ずつ、アーディスに近付く。
「異常なことが多いね」
少年が呟く。アーディスはその少年の正体を探るように見つめるが、何も読取れない。諦めたかのように、アーディスは静かに姿を消した。
三戸、三戸、みと? 啓也たち三人は聞き慣れない名前を必死になって思い出そうとした。しかし、雅が高校生であること、雅と『変な関係』であることからその人物を思い出すのは難しいだろう。それを早々と気付いたのは晴時だった。
「あの、雅さん」
「あ?」
「その、三戸さんの外見特徴とかありませんか?」
「外見特徴…?」
雅は「そういえば言ってなかったっけ?」と思い出したかのように言った。晴時の言葉を聞いて、啓也と祐希も外見の特徴を聞いていないことに気付いた。
「そうですよ、見た目がわかんないと探しようもないですよ」
「それもそうだな。えっと左目に眼帯つけてて、右目は群青。で、黒髪の男」
「眼帯って、結構目立ちそうだなあ」
啓也が呟き、あたりを見回す。そのとき、怪しい影を啓也は見つけた。
「あれ?」
「ん、どうした広塚?」
止まった啓也の姿を見て、祐希も同じように止まる。啓也の視線にあわせると、確かにおかしな影を見つけた。
「おかしくねえか、あれ」
「何してんだ、お前ら」
そんな二人の様子を見て晴時もやっと止まった。雅も中学生三人と同じ方向を見た。
「なっ……?!」
雅が言葉を失う。そこには、彼女が……天津雅が立っていたのだ。
「どういうことだ…私、だと?」
「何で、雅さんが二人?」
「私が聞きたいぐらいだ!!」
雅が疑問を持った祐希に怒鳴る。そして、雅はもう一人の自分に睨みを飛ばす。
「お前は一体誰だ?!」
その怒鳴り声に、もう一人の雅はゆっくりと四人の方を向く。その雅の瞳は、空っぽの闇のような印象があった。が、何か深い恐怖のようなものが黒の中に含まれているのを啓也は感じた。
「何だ、あれ……」
「ふざけた格好しやがって……お前は何者だ!」
「…………」
しかしもう一人の雅は何も言わない。ただ無表情で、四人を見つめるだけである。
「何だ、お前……」
啓也が雅と違う恐怖が混じったような呟きをもらす。すると、もう一人の雅の口元が小さく上がった。
「広塚!?」
祐希の叫びが響く。一瞬で、啓也の目の前に雅があらわれていた。
「っ!?」
目の前に恐怖が現れた啓也は立ちすくんだ。動けない、本能的に啓也がそう思ったときだった。
「下がれ」
聞きなれた声と、銀色の光が啓也に届いた。後一歩で雅が近付く、と言ったときに銀色の光によって壁が出来た。
「うぉっ!?」
「広塚! 大丈夫か!?」
晴時と祐希が倒れこむ啓也を支える。三人は目の前に現れた銀色の光を見て、安堵のため息をついた。
「アーディス……遅いし」
苦笑いを浮べる啓也をアーディスは静かに見下している。その言葉に何も言わず、アーディスはすぐに啓也のそばに浮いている雅を見る。
「お前はPoPではない」
「は?」
「あれがお前の本体なのだろう。あの中に、PoPがいる」
銀色の光の向こう側でぼんやりと立っている雅を見て、アーディスは言った。その言葉に、啓也たち三人が驚きを隠せない表情を浮べていた。雅は意味を理解出来ずに「はぁ!?」と大声をあげる。
「何が、は? どういうことだ?」
「つまり、あの雅さんの中に、幽霊みたいなのが入ってるんですよ」
祐希のわかりやすい説明を聞いて、雅は驚愕した。
「どういう事だ、何で、何でそんなことに…?!」
自分の体は、どこの誰ともわからない奴に勝手に動かされている。しかも自分はこんな変な状態になっているし。雅は怒りを腹の中でふつふつと沸かせた。いつ爆発してもおかしくない、その爆弾を半透明の雅は抱えていた。
「ふざけるな!!!!!」
雅が、もう一人の雅のもとに走り出そうとした瞬間、アーディスがそれを止めた。
「何すんだ!!」
「お前が行っても無駄だ。お前が仮にPoPに傷つけられたら元に戻ることは出来ない」
「は……?」
「あいつはお前の知っているようなモノとは違う」
ただそれだけ言って、アーディスは銀の光の向こうへ行った。闇色の瞳を持つ雅は不気味な笑みを浮べたままで、アーディスを見つめている。もしくは、アーディスの背後にいる啓也を見つめていた。
「お前の目的はあいつだろう」
アーディスの言うあいつ、それはもちろん啓也のことであった。その言葉を聞き、雅はさらに口元を上げた。
「だが、お前にあいつの力は渡さない。お前は、私が送る」
白いアーディスの手が、雅に向けられる。しかし、雅は一瞬で姿を消した。突然の消失に、アーディスは無表情ながらも驚愕の表情を表していた。そして、すぐにアーディスは啓也たちの元に戻る。
「偽物、どこ行きやがった……!」
雅は歯を食いしばり辺りを見る。しかし、彼女と同じ金髪の姿は見当たらない。そう思ったときだった。
「後ろ!」
「えっ?!」
「下がれ!」
いくつもの叫びがほぼ同時に上がる。啓也はアーディスに引っ張られ、祐希と晴時は倒れこみ、雅は飛んでいた。そして、啓也が見た先には回し蹴りをしている雅がいた。もしあれに当たっていたら、なんて想像したくない。
「なっ……!」
「ただのPoPではないな」
「どういう事だ、あれは!!」
雅がアーディスのもとにやってきて怒鳴る。その気持ちも仕方ないだろう。一体何の目的で、誰が雅の体を使っているのか、わからないのだから。しかしそれはアーディスも同じである。
「あんなモノ、見たことはない。私にも理解できない」
「じゃあ、どうする!?」
「私も考えているところだ!!」
アーディスが突然叫んだ。その叫びに雅も、引っ張られている啓也も目を大きくして驚いた。何も出来ないもどかしさを感じていたのは、アーディスも同じであった。
「あれを送らねば、私の役目も果たせない。お前の体も戻らない」
「お前……」
「でも、あんなの、今までいなかっただろ」
啓也が言うと、アーディスは小さく頷く。一方、笑みを浮べている雅はゆらゆらと揺れながら啓也たちを見つめている。いつ襲い掛かるかわからない状態だ。
「どうすれば……」
「くそ、何であいつはいないんだ!!」
雅が悔しさを堪えられず、叫ぶ。
「貢……出てきやがれバカヤロ―――――――――!!!!!!」
その瞬間、偽物の雅が消えた。それから、激しい爆発音のようなものが周辺に響いた。
「……へ?」
突然の音に、啓也たちから離れていた祐希と晴時が顔をあわせて声をあげた。そして、音のした方を見るとそこには一人の少年が立っていた。
「黒髪で、眼帯」
「群青色の目」
その条件はまさしく、雅が探していた貢その人とぴったりであった。
「呼んだ?」
貢は啓也たちの方を向くと、割と明るい声でそう言った。完全に空気に合っていない。
「お、前……何してたんだよ!!!」
雅が怒鳴るように言うと、貢はあたりをきょろきょろと見渡す。そして視界に入った啓也を指さした。
「あ、そこの眼鏡少年」
「え、俺?」
「この辺に金髪で見た目から悪そうな感じの女の子がいるんだろうけど見かけてないか?」
「ここだ!! 私はここに居る!!」
雅が胸を押さえて叫ぶ。しかし、貢は首をかしげている。
「声は聞こえるんだけど、さっきのあれじゃないから……どこら辺に隠れてるかわかるか?」
「あー…あ、えーっと……」
啓也は困ったように浮かんでいる雅を見る。苛立ちをあらわにして先ほどから「ここだって言ってんだろ!! 聞こえてるならこっち向け!!」と叫ぶ姿がそこにあった。どうやら、貢には声が聞こえるらしいが姿は見えないらしい。
「多分、信じてもらえないとおもうんですけど……この辺にいます」
とりあえず、真実を啓也は伝えた。自分の頭上を指差して貢に言うと、貢は瞬きをした。信じてもらえないだろうなあ、と思っていたら貢は「なるほど」と言った。
「じゃあ死んだんだ」
「死んでねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!! 私の体はあそこだ!! お前が吹き飛ばしたせいで危ういけどな!!」
「は? あれは『道化師』だ」
さらっ。まるでお茶漬けをすするような勢いで、貢は言った。雅以外の面々はその貢の言葉を理解出来ずに呆然としていた。一方雅は何度も何度も瞬きをして口をぱくぱくと動かしている。
「はっ、はああああ?!」
「だから、『道化師』。ついで言うと、雅の体は病院」
「びょ…うい…ん?」
「思い出した」
唐突に声を出したのは晴時だった。隣の祐希がびくりと肩を震わせた。
「な、何だよ晴時……いきなり」
「天津雅。そうだ、俺のところの病院で入院してた」
「はぁ?! 何で晴時、忘れてたんだよ!!」
「いや、言おうとしたけどさ。でも詳しく知らなかったし、あと本当に死んだと思ったし」
晴時が冷静に言う。そんな冷静さに祐希と啓也がため息をついた。雅は晴時に怒鳴りかかろうとしたが、今はそれ所でないことに気付いた。
「って言う事は、あれは『道化師』なんだろ! だったら早く…」
「いや、ただの『道化師』じゃない」
貢はまっすぐに先ほど打っ飛ばした偽物の雅を見る。埃まみれになっている雅は、それでも平気そうに立ち上がる。その様子はちょっとしたホラー映画のようだ、中学生三人組は純粋にそう思った。
「どうやらその『道化師』とPoPが融合か何かしたようなものらしいな」
アーディスが貢たちの話を聞いて結論をまとめた。だからPoPの気配はしているのか。啓也は納得した。
「ぽ…? というか、まだ誰か居るのか?」
「あー、そこら辺は軽くスルーしてやってください。それで、『道化師』はどうすれば倒せるんですか?」
声の主を探そうとあたりを見渡している貢に啓也は声をかける。貢は頷き、「何とかできるよ」と言った。
「じゃあ、アーディス。貢さんに『道化師』を任せよう。で、多分本体から出てくるPoPを送る、と」
「言われなくてもそうする。力を貸せ」
アーディスが差し伸べた手を、啓也は握る。雅も半透明のまま、貢に近付いた。
「おい、さっさとどうにかしろよ。っていうかどっちにしろ私は無事なんだな!」
「大丈夫。だから、力貸して」
姿が見えないはずなのに、貢は雅の方に向かって手を出す。若干その命令口調に苛立ちながらも、雅は貢の手に触れた。
「偉そうに言うな」
啓也と雅の言葉が重なる。そして、襲い掛かる偽物の雅は銀色の輝きと激しい爆音によって消滅したのであった。
「…なんかさ、ホラー映画だったりアクション映画だったりを見せてもらった感じだったよな」
「確かに。いや、非日常ってこんな身近に溢れてるんだな、って感動したぜ」
「あれ、でも俺たち充分非日常満喫してねえ? アーディスいるし」
「それもそっか」
端からそのアクションシーンを見ていた祐希と晴時がぼんやりとそう呟く。爆煙が消えた先に現れたのは……
「ふざけんな!! お前、私まで巻き込もうとしただろうが!!」
「私は言ったはずだ。下がれ、と」
「どこまで下がれとか具体的にいえないのかお前は!!!」
激しく言い争う雅とアーディス。いや、激しいのは雅だけだろうか。そんな様子を見て聞いて、啓也は疲れた表情を浮かべ、貢も若干呆れた顔をしている。
「お前は早く戻ったらどうだ。長くその姿でいると、戻れなくなるかも知れないぞ」
「ああああああ!! そうだった!!! お前、次会ったら……絶対ボコる!!」
「なら、私はお前を送ってやろう。PoPと同じようにな」
雅の激しい火花とアーディスの冷たい火花はぶつかり合い、ばちばちと燃え上がっている。なんで俺ってこんな奴らに絡まれやすいんだろう、と啓也がため息をつくと、貢が優しく啓也の肩を叩いた。
所は変わって水市総合病院のとある一室。
「んー…よく寝た」
「だろうね。全く、人騒がせだ」
貢が言うと、ベッドで起き上がった雅は「うるさい」と貢の額にデコピンを入れた。
雅が入院した経緯は、単純に言えばケンカからである。『道化師』との戦いによる連日の苛立ちを晴らそうと不良集団にケンカをふっかけた。そこで勝利するまではよかったが、その帰り際に転がっていたジュースの空き缶を踏んで、大きく転んで意識不明になりかけたのだ。
「軽くドジだな」
「うるさい。一生の恥だ」
雅は頬を赤らめてそう言った。そしてベッドの毛布に顔をうずめる。
「ところで、あの眼鏡少年たちは一体何者だ?」
「…あ、そういえば名前聞いてない」
結局あの後、雅は急いで自分の体に戻ってしばらく眠り続けた。なので、彼らの名前を聞く暇は無かったのだ。
「命の恩人なのに、名前聞かないなんてな」
「誰がだ! あの銀髪、絶っっっ対許さねぇ……あー! 思い出しただけでも腹だたしいっ!!」
雅がじたばたと暴れる姿を見て、貢はまたため息をついた。そして、病室の窓の先を見た。
「体に戻っても騒がしい奴だ」
貢の視線の先にいたのは、アーディスだった。その口元は小さく笑っている。
「…何かいるのか?」
貢が窓の先を見ていることに気付いた雅は、尋ねた。そして、同じように外を見るが何もない。
「いや、鳥が飛んでた」
「ふーん……なあ、なんかお見舞いは持ってきたか?」
「本当にもう少し寝てろ………」
呆れた表情を浮べて、貢は言った。
END