PoP×契約者1

 何かがおかしい。

 異様に体が軽い。まるで、宙に浮いているみたいだ。

「何だ、これ」

 天津雅の周辺ではこのごろ『契約』だの『道化師』だの変な出来事のオンパレードだったが、これは確実におかしい出来事である。雅は自分の手を、顔の前にもってくる。

「嘘だ」

 透けている。瞬きをして、雅は下を見る。宙に浮いている。掌の向こう側に、景色が見える。

「嘘だ…嘘だあああああああああああ!!!!!!」

 雅は、誰にも聞こえぬ叫びを上げた。

 

―――喪失による出現の根本について

 

「どういう事だ」

 白フードのその人物は、小さく呟き無表情でその場所を見つめていた。無表情の中にも、わずかに困惑の色が見える。そして、白フードの人物はすっと手をその場所に向けた。白い手が、わずかに銀色に輝く。

「PoPでもない…だが、これは何だ?」

 人物が白フードを外すと、銀色の髪が日の光にあたりきらきらと光った。瞳もまた、月をくりぬいたかのような銀色であった。

「アーディス、何してんだ?」

 白フード、アーディスの名を呼んだのは眼鏡をかけた少年、広塚啓也であった。啓也は困惑の表情を浮べているアーディスの顔を見つめる。

「何者かの気配を感じた」

「PoPか?」

「そうかと思ったのだが、違うようだ」

「違う?」

 啓也が尋ねると、アーディスは頷いた。そして、先ほどまで見つめていた場所を見る。何もない、公園のような場所に見える。しかし、啓也の瞳には何かが違って見えた。

「誰か、いる?」

 公園の中心で、ぼんやりと立っている金髪の少女が見えた。どうやら近くの高校に通う女子生徒であることが着ている制服からわかった。少女はきょろきょろとあたりを見て、自分の腕を見て、ため息をついていた。そして、啓也の方を、ゆっくりと振り向く。

「……誰だ、お前ら」

 少女が、尋ねる。鋭く、全てを射抜くような黒い瞳を啓也とアーディスに向ける。彼女の耳には多くのピアスがあり、服装も正直整っているとは言えない。啓也はすぐに彼女を不良と判断した。しかし、その不良少女はすぐに額に手をあて、深くため息をついた。

「いや、聞いても無駄か……これで何人目だ。私、バカだ。もう、五人以上には聞いた…」

「お前は何者だ」

 少女の呟きを断ち切るように、アーディスが言った。少女が額に当てていた手を下ろし、アーディスを見る。

「お前、私が見えるのか…?」

「私の問いに答えろ。お前は、何者だ」

「本当に…本当に、見えるのか?! 変なコスプレしてると思ったけど、お前私がわかるのか!?」

「お前は何者だ」

 完全にかみ合っていない会話がここにあった。啓也はガクリと肩を落とし、ため息をついた。

「あの、二人とも会話がかみ合ってないから」

 ツッコミをしたくて仕方が無かった啓也は、やっと一言そう言った。すると、少女は啓也を見る。

「お前も私がわかるのか……?」

 少女の言葉に、啓也は後悔した。そうだ、ここで彼女を無視して、アーディスも放置しておけば俺は平々凡々、普通の中学生だったのに! しかし、今更遅いことである。

「あー…えーっと…。とりあえず、場所を変えませんか? ここだと、俺、ただの不審者ですから…」

 少女はその言葉の意味を理解していないようで、瞬きをするだけだった。しかし、どうする事も出来ない少女は、啓也の提案に頷いた。

 

 

 少女の名を聞いた時、啓也はこれ以上関わりたくない、と内心思った。彼女の名は、天津雅。その名は、この辺では有名であった。

「本当に、天津…雅さんなんですか?」

「何か文句あるのか?」

 啓也たちが通う長月中学に代々伝わる最強の不良、『長月の鬼』。そのほかにも、彼らの周辺には有名な不良と言うのがいて、その中に『天津雅』の名があった。幽霊やPoPに関わるならまだしも、不良と関わるなんて勘弁して欲しい。ただでさえ、『長月の鬼』であるクラスメイト、小野勇に振り回されている啓也はため息をついた。

「それで…どうして、天津さんはその…幽霊、に?」

「死んだ覚えはない!!」

 雅が叫ぶと、啓也の部屋にある家具が、わずかに震えた。そんな現象にいちいち肩を震わせることが無くなった啓也は少し悲しくなった。

「目が覚めたら、いきなりこの状態だった。死ぬようなことは、してない」

「じゃあ、何か心当たりは…?」

 啓也の質問に、雅は天然ボケの眼帯男の姿を思い出した。大いに心当たりはあるが、雅はそれを啓也にいうかどうか考えていた。普通に『道化師』がー、『契約』がー、などと言ったところでこの目の前に居る眼鏡の少年は信じてくれないだろう。そんな結論にたどり着いた。

「あるけど、それとは別」

 雅はキッパリと言い切った。あるのかよ、とツッコミを入れたくなった啓也だが、ここで入れたら何が起きるかわからない。生前に不良なら、死後もやっぱり大暴れとかするのかもしれない、啓也は変な心配をしていた。

「お前はPoPと接触したか?」

 先ほどまで黙っていたアーディスが、突然口を開いた。雅はその質問の意味が理解できずに、アーディスを睨んだ。いや、見つめた。

「は?」

 ごもっともなリアクション。啓也は雅に説明をした。

「幽霊、とかそういうのと関わったことありますか?」

「ふざけんな」

 これは完全に睨んでいる。雅は苛立ち、腕を組んだ。

「ただでさえ、最近変なことが多いって言うのに、何で私はこんな事になってるんだ!!!」

「さあな」

 アーディスが言い切った。頼むから、穏やかにいこうぜ……啓也のそんな切実な思いは二人には届かない。

「お前、さっきから言い方が腹だたしいんだよ! こっちの身も知らないで!!」

「お前の身がどうなっていようと、私には関係ない」

「何だと?!」

 雅の叫びと同時に、家具が揺れる。啓也は雅とアーディスの言い争いと、揺れる家具たちを見て泣きたくなった。何で自分はこんな面倒な奴らに絡まれやすいのかな、と自分の憑かれやすい性質を恨んだ。

 

「は? 天津雅って、あの?」

 啓也は騒がしくなった家を出て、中田祐希と水市晴時を近くのファーストフード店に呼び出した。そして、つい先ほどまで家で起きていた出来事をありのまま、説明した。晴時が驚いたような顔をして何かを言いかけた。しかし、それを遮るように祐希が言う。

「あの、すっげー有名な不良の女子高生だろ? その天津雅が、死んだ?」

 祐希の声は、騒がしいファーストフード店では響かない。隣に座る晴時は頬を人差し指で掻き、啓也の話を半ば信じていないようだった。

「なんか、信じ難いけどな……」

「でも、アーディスが言うには、普通のPoPとは違うらしい。多分、普通に死んだ訳じゃないと思う」

「うーん……広塚、お前も大変だな」

 祐希の言葉に晴時が頷く。そして、晴時が店員を呼ぶと「コーラ一杯お願いします」と言った。

「とりあえず、俺からの労いはこれだけだ」

「あ、じゃあ俺はチョコパイおごってやる」

「…お前ら……」

 啓也は目の前にいる友人たちの労いに、感動を覚えていた。

「「けど、俺たちを巻き込むなよ」」

 息ぴったりに祐希と晴時がそう言ったのを聞いて、啓也はがくりと肩を落とした。つまり、注文されたものは自分たちに降りかかる火の粉を啓也が盾となって守るための前払い金、みたいなものである。

「お前らさ……友人を助ける、って気は無いの?」

「いや、助けてあげたいけど俺は専門外だし」

「そうそう」

「お前らなあ…」

 啓也が「いい加減にしろよ!」と軽く怒鳴ろうとした時、人が次々に入れ替わる店内で一人だけ浮いている人物を見つけた。

「あっ……!」

「え?」

 祐希と晴時、どちらが言ったかわからないが、啓也の見るほうを二人は見た。そこには、金髪の鋭い瞳を持つ女子高生がいた。紛れも無く、彼女は天津雅その人であった。

「お前ら、三人揃って私が見えるみたいだな」

「あっ…あっ、あ……!!」

 雅の鋭い睨みに、三人とも言葉が出ないようだった。こういうときに限って、どうしてアーディスはいないのだろう。三人の気持ちは一つになった。全く、無駄であったが。

 

「ええーっと……それで、俺たちはどうすればいいんでしょうか?」

 店を出て、啓也たちは雅に尋ねた。雅は少し上を見て、考えて言った。

「なら、人を探してくれ」

「人?」

「多分、あいつがらみだとは思うんだ……あいつのせいで、私の平凡な日々は消えたからな……」

 あんたのせいで、俺の平凡な日々は消えたんだけどな。男三人が思ったことは一緒である。

「三戸、貢」

「……誰?」

「それが、私の平凡をぶっ壊したヤローだよ。絶対、あいつが絡んでる」

 雅がそう言うと、大きくため息を吐いた。金髪が揺れる。そんな雅の様子を見て、祐希が小さく手を挙げる。

「あの、お聞きしたいんですが」

「何だ?」

「その、貢って人とは恋人同士なんですか」

「殺すぞ、テメェ」

 祐希を見下しながら、雅が笑う。その鋭い黒眼に、祐希はびくりと肩を震わせた。そこら辺にいるおばけやら幽霊やらPoPなんかよりも、雅の方が怖く思える。

「えっと、じゃあその人とはどんな関係なんですか?」

 晴時が若干怯えながら尋ねる。雅は顎に手をあて、少し考えた。『道化師』、『契約』、その他激しい日常から外れた日々。それを目の前にいる少年たちに話しても……意味はないだろう。

「……変な関係」

 考えに考え抜いた雅の答えは、少年たちに更なる誤解を与えることになった。簡単にいえば、答えになっていないのである。

「ともかく! その、三戸さんって人を探せばいいんですよね!!」

 これ以上余計な話をして、雅の機嫌を損ねたら自分たちに被害が起きるかもしれない。それを恐れた啓也は叫ぶようにそう言って、手を叩く。雅はそれをやる気があると感じ取ったのか、満足そうな顔をしている。

「そうだ。さっさと探せ!」

 雅が勢いよくそう叫んだ。

 

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