PoP×契約者5

 坂田未由子はとりあえず笑ってみた。

 彼女の周りには蹴る殴るの暴行を加えられてぼろぼろになった少年たちが倒れていた。数は三人、未由子とは違う高校の生徒のようだ。それは彼らの着ている制服から判断した。

 そして、未由子の目の前に居る少女。金髪に鋭い黒い瞳は未由子をじっと睨んでいる。制服は少し乱れていて、どう考えても優等生より不良に見えた。未由子は頬の筋肉を強張らせていた。

「え、ええっと…」

 多分、彼女はこの辺で噂の不良だ。未由子は高校に入ってからその不良の噂を時々聞いていた。そして、未由子の彼氏である中田祐希がその不良について話していたのを思い出した。

「もしかして、天津さん?」

「もしかしなくても、天津だ」

 不良少女、天津雅は未由子の問いにそう答えた。

 

―――愛を貫く一つの矢

 

 何故未由子と雅が遭遇したか。それは、未由子が他校の男子生徒に捕まったからである。

「ちょっとさ、一緒遊ぼうよ」

「は、何? 興味ないし」

「大丈夫だって、俺たち怖いことしないし」

「ちょっと、勝手に腕掴まないでよ!」

「ね、君名前は? メアド交換しようよ」

「離して!! やめてってば!!」

 未由子が叫ぶが、そこは運悪く人通りの少ない場所。いくら叫んだところで誰も来ないだろう。未由子が必死に抵抗したその時。

「うああ?!」

 一人の男がぶっ飛ばされる。未由子も、残りの男たちも突然の出来事に呆然とした。

「は?」

 未由子を掴んでいた男が視線を変えるとそこには金髪の少女が立っていた。その姿を見て別の一人が「おい……」とやけに弱気な声を出した。

「あれ、あ、あま…」

「バカ、んなわけねぇだろ」

「ったく、男ってバカだよな。一人の女に対して三人がかり」

 金髪少女、天津雅はにやりと笑う。

「弱い証拠を見せてるもんじゃねえか」

「ふっ、ふざけんじゃねえ!!!」

 一人が雅に殴りかかろうとしたが、雅はかがんで男の足を蹴る。バランスを崩した男の顔面に拳を振るった。これ、なんてアクション映画? と未由子はただ目の前で起きている現実を見つめる。

 未由子を掴んでいた男も雅に立ち向かったが、結果は……最初に至る。ドラマティックな展開、未由子にはその言葉しか思いつかなかった。もしここで助けられたのが雅ではなく男の子だったら、多分恋にでも発展したのだろう。彼氏がいる身であるはずの未由子はそう思った。

「あの、天津さん」

「堅苦しい呼び方すんな。雅でいい」

「あ、あーじゃあ雅さん。あの、ありがとうございます。助けてくれて」

「別に」

 雅はどうでもよさそうに返事をした。正直、喧嘩に参加できて満足なので感謝している方だ。しかしそれを表に出したくない雅は無愛想な返事しかできなかった。

「それでお礼したいんです。助けてくれたし」

「お礼? 別にいいし、そんなの」

「いやいやいや! 悪いから! あれ、あたしのバイト先でおごってあげるから」

 未由子は雅の手を取る。その未由子の表情は真剣なもので、断りきれないと雅は感じた。

「わかった……とりあえず、手離して」

「あ、ごめん…なさい。えっと、あたしは坂田未由子。高一、よろしく」

 にこりと未由子は笑う。その笑顔につられて雅も微笑んだ。

「バイト、って何してるんだ?」

「ちょっとした喫茶店みたいなところ。そこで皿洗いとか裏方のお手伝いしてる感じです」

「…あーのさ」

 雅が少し困ったような声を出して未由子に話を切り出す。

「その、敬語やめてくんない? 何か慣れてない、っていうかどうせタメだし」

「あ、そっか。タメかぁ。そりゃ変な感じするよねー……って、え?」

 未由子は雅を見る。その視線の意味がわからず、雅も未由子を見つめ返した。しばらく二人の間に沈黙が続いたが、

「ええええ?!」

 という未由子の大げさな叫び声で沈黙は消えた。耳元で叫ばれた雅の頭はぐらぐらと揺れた。

「あ、ごめん! いや、その…手っきり年上だと思ってた。見た目も大人っぽいし」

「そ、うか?」

「うん。雅さん綺麗だよねー、髪もさらさらだし、かわいいし」

「か?!」

 未由子の何気ない言葉に雅は目を大きく開いて顔を赤くさせた。かわいい、ほぼ初めて言われた言葉である。未由子はにこりと笑っている。

「あ、その……ありがと」

 雅は少し俯きながらそう言った。

 

 未由子のバイト先という喫茶店に、二人はたどりついた。

「こんにちは、坂田さん。今日もよろしくね」

「やっほー未由子さん!」

 店内に入ると、カウンターにいる店長とカウンター席に座る男子中学生が未由子に声をかけた。

「こんにちはー店長、やっほー祐希…ん?」

 未由子は自分の言った言葉に違和感を覚えた。カウンターの向こう側にいる男性店長、カウンター席に座る中学生。どう考えても不釣合いなのは中学生である。

「祐希?! 何でいるのよ!」

「えー、だって未由子さん最近遊んでくれないじゃん」

 カウンター席にいたのは雅も知っている中学生、中田祐希であった。祐希は未由子の隣にいる雅をみると「あっ」と小さく声を上げた。

「お前、確か中田だったか?」

「雅さんじゃないっすか。どうしたんすか、未由子さんと一緒に?」

「雅さんに助けられちゃった」

 にっこりと笑って未由子が中田の問いに答えた。『られちゃった』、ってすごく軽いノリだな…と雅は未由子の笑顔を見る。その間に未由子は祐希に助けられた時の話をしていた。雅がかっこいいだの、蹴りがすごかっただの何か大きな話になっているように雅は思った。

 それから雅は祐希の隣に座り、未由子はカウンターの奥に入ってエプロンをつけた。

「それで雅さん、何にする? 軽食もあるよ」

「んー……じゃあ、この日替わりケーキと、コーヒー」

「はーい。祐希は何か頼んだ?」

「まだでーす。俺はミルクティーとクッキーセットで」

 注文を受けた未由子は冷蔵庫に向かう。そしてカウンターに立つ店長がコーヒーを淹れはじめた。

「しかし雅さん、かっこいいですね。未由子さん助けるなんて」

「いや、何ていうか……。ただ喧嘩したかっただけなんだけどな」

 小さく舌を出しながら雅は言った。何となくそうだと思っていた祐希は「ははは…」と困ったように笑った。

「あれ、そういえば三戸さんは?」

「お前さ、私があいつといっつも一緒にいると思ってないか? あいつと私は別の人間だからな」

「またいきなり『探せ』なんて言わないでくださいよー。俺、いま練習忙しいんですから」

「忙しいならこんな所いないだろ」

 雅が呆れたような顔をして言う。図星をつかれた祐希は「うっ」と小さく唸った。それを見て、雅が笑い声を上げて、祐希も大きく笑った。店長も小さく微笑みを浮べている。

「おっまた………」

 冷蔵庫にケーキとクッキーを取りに行った未由子の目に、雅と祐希が笑う姿が映った。雅は先ほどの会話で見せなかった笑顔を浮べているし、祐希も楽しそうである。その姿に、何故か未由子は言葉を失った。

「えーっと、おっまたせー!」

 未由子はやり直すように高らかに言った。その声に気付いた雅と祐希が顔を上げた。

 

 コーヒーと紅茶を飲み終えた雅と祐希は一緒に店を出た。

「じゃ、未由子さんバイト頑張ってねー」

 そう言って手を振り雅と共に店を出る祐希。未由子は笑顔で手を振り返したが、胸の奥で何かが渦巻いていた。

「坂田さん」

 祐希たちの姿が見えなくなった後、店長が普段と変わらぬ声で未由子に話を出す。

「ジェラシー?」

「は?!」

 未由子が驚愕の表情を浮べて店長を見る。未由子の顔をちらりとみて「やっぱりね」と言った。

「やっぱりジェラシーだね、坂田さん。そんなにあの女の子と祐希くんが話してるの嫌だった?」

「嫌、じゃないですけど……なんていうか、あれですよ。祐希って誰でも優しいからたまに思います」

「だね、確かに祐希くんは優しいね」

「雅さんって、この辺じゃ有名な怖い不良って言うのに、祐希楽しそうだったしなあ……」

 深いため息を未由子はついた。この胸のもやもやも出ればいいのに、と未由子は思ったけれどそうはいかなかった。

「ま、あたしは祐希が好きなんでそれでいいんですけどね」

「それでいいんだ?」

 店長が少し意地悪く尋ねると未由子は強く頷いた。

 

目次へ  次へ→