白い猫はごしごしと頭を掻きはじめた。ただの猫だったらかなりかわいい姿なのだろうけれど、これがアーディスかと思うと何か悲しみを感じてしまう。どういうことか、全くわからない。
「何で?」
「何がだ?」
中田の問いに、アーディスは頭を掻きながら尋ねかえす。マジで、マジでこれアーディス?
「何で、お前猫になってるんだ?」
中田の足りなかった言葉を水市が細くして再び尋ねる。猫アーディスは頭を掻くのをやめて、俺たちの顔を見る。
「知らん」
「……え?」
自信たっぷりに猫アーディスがそう言った後、また頭を掻きはじめた。猫だからって、何でも許されると思ってんじゃねぇぞこの野郎。いや、野郎じゃないけど。
「私にも理解できていない。突然この姿になっていた」
「何で!? どうしたらそんな面白い展開になるんだよ!!」
中田の言葉のとおりである。もはや面白いの領域にいる猫アーディスはとことこと中田の下に歩いて、ぴょんと飛んだ。それから中田が「ぎゃー!?」と叫びを上げた。
「てっめ! 引っかく事ないだろ?!」
「何が面白い展開だ。この状態の何が面白い?」
もう全体的に面白すぎて、何がとは言えない。いや、多分本人はかなり真剣に悩んでいるんだろうけれど、目を閉じてあくびをする姿なんかを見せ付けられたら、笑いが出るのも仕方ない。というか、アーディスがわからないなら解決方法ないんじゃないのか? どうやらそう考えたのは水市も一緒だったらしい。
「どうするんだよ、アーディス」
「……どうする?」
「お前、そのままじゃ元に戻れないじゃん。自分でもどうしてなったのかわかってないのに」
水市の言葉を聞いて、アーディスは大きな銀色の目を瞬かせたが「あ」と声を上げた。その緊張感のなさに、無性に腹が立った。
「あ、じゃねぇよ!! どうするんだ、元に戻れなかったら!!」
「どうする……そうだな、PoPもこの姿だと遅れない……」
「そういう問題じゃねぇ!! いや、それも問題だけどそうじゃねぇよ!!」
「アーディス、その格好だと菓子食えないぞ」
アーディスが素早く水市のほうを見る。お前、どんだけ菓子に執着しているんだ。なんか、悲しくなってきた。
「ど、どういう事だ」
しかもかなり動揺している。
「多分アーディス完全に猫の体になってると思う。だから、人間の食べるものを食べさせないほうがいいかなって」
「あ、確かに。食べさせて病気になったり、最悪死んじゃったりするとかあるしな」
中田が先ほど引っかかれた頬に触れながらアーディスに言う。アーディスはきょろきょろと辺りを見ている。普段の姿なら絶対ありえない状況だ。こんなに動揺する姿初めて見る。
「どうすれば戻れる」
「いやいやいや、俺たちに質問されても」
まさかの混乱。アーディスは、こんらんしている! って感じ。そのまま間違えて俺たちを攻撃しそうな感じが怖い怖い。
「アーディスさ、昨日どこでどんなPoP送ったか思い出してみろ」
俺が尋ねるとアーディスは顎の下を掻きながら思い出そうとしていた。ああ、それだけだったら癒し映像。
「…………場所はすぐそこだ。送ったものは、大したモノではなかった。私一人で遅れる程度だ」
「それに何かされたとかは?」
「何か、だと?」
「例えば、攻撃受けたとか」
その言葉にアーディスがぎろりと俺らを睨む。「そんなはず、あるわけないだろうが」と目が語っている。猫なのに、やっぱりこいつはアーディスである。なんかもう、どうしようもない気がしてきた。隣の水市も少し疲れたため息を吐く。
「ともかくどうするよ。どうやって元に戻す?」
「さぁ……もうどうしようもないんじゃねぇの」
俺が言うと、アーディスの睨みは俺一点に絞られた。あ、これはさっきの中田のデジャヴ。
「だからお前らは……何故そう言った態度なのだ」
そして、アーディスが床を蹴って俺の下に飛び込む。あ、そういえば俺さっきからアーディスに触ってないっけ。と思った瞬間
「うおぉお?!」
「なっ?!」
俺は床に倒れこんだ。俺の上には、見慣れた白フードと銀髪銀目がいた。
「あ、アーディス?!」
声を上げたのは俺でなく、中田だった。声を上げたい気持ちはあったが、多分叫んだらアーディスに怒られそうだったし、何より突然の出来事についていけなかった。
「元に、戻った」
水市の言う通り。アーディスは猫から無事に元の銀髪銀目姿に戻っていたのだ。目の前にアーディスの顔があって、ぱちぱちと何度も銀色の瞳を瞬きさせていた。
「何で?」
「私に訊くな」
「いやいや、元に戻った本人ならわかるだろ」
「っていうか二人とも、その体勢はやめろよ」
中田に言われて俺ははっとした。アーディスは現在、俺の上に乗っかっているのである。体が重いとかそういう問題は全くないのだが、いや、いろいろ問題あるだろ。
「あっ、アーディス! 早く降りろ!!」
「何をそんなに慌てている?」
「いいから降りなさい!!」
俺が叫ぶとアーディスはよくわかっていない、と言いたげな表情で俺から降りた。
「それにしても、アーディスなんで戻ったんだ?」
「……長くそばに居たから、力が同調したのだろう」
多分、とアーディスは小さく付け加えた。
「なら最初っから元に戻るはずだろ?」
「さぁ……近付いたら元に戻った。それだけだろう」
「それだけで人の上乗る奴がいるか!」
俺が言うと、アーディスは小さく首をかしげた。何が問題だ、と顔が言っている。そんな俺を見て中田と水市がにやにやと笑っている。
「啓ちゃーん、顔真っ赤だよー」
「わー、なんか初々しいなぁー」
「啓ちゃんかわいいねー」
「啓ちゃんピュアだねー」
「…………お前ら帰れ―――――――――――――ッ!!!!!」
このできごと以降、俺は白い猫を見ると過剰なぐらい反応してしまう。
それと、アーディスに菓子を与えすぎないようにしようと決意した。