Another Story A little white...

 

 その朝、アーディスが倒れた。

「……は?」

 俺の話を聞き終えた中田が間抜けな声をあげた。隣の水市も驚いたように瞬きをしている。

「もう一回言ってみろ、広塚。誰が、どうしたって?」

「だから、アーディスが倒れた」

「どういう事だよ、それ」

 中田が困惑をわかりやすいほど表した顔をして肩を落とした。そういう風にしたいのは、俺も一緒だ。目の前で倒れる姿見たら、こいつらはどうなるんだろう。

「大体アーディスが体調不良? そういう事ありえるのかよ?」

「人間じゃねえからなあ……なさそうな気がするけど」

「いや、ありえるかもよ」

 混乱している中田に対して冷静な水市。そして、言葉を続けようとした。

「だって、あ」

「待て待て!! 『アーディスだし』は禁止だからな!!」

 中田が言葉を制止する。『アーディスだし』って何だよ……。

「何で禁止なんだよ」

「だって晴時全部『アーディスだし』で片付けようとすんじゃん」

「しねぇよ、広塚じゃあるまいし」

「待て待て。俺がいつそんなこと言ったんだよ」

「まあ話を戻そうぜ」

 水市が珍しく話の流れを転換した。でも話がずれたのは水市のせいじゃなかったっけ、なんて思ったけれどそれを言ったらまた話がこんがらがりそうだ。

「そりゃアーディスだって体調の一つや二つ悪くなるだろ」

「何でだよ? 普通なくね?」

 アーディスは俺たちとは違う。普通の人間の目には映らないし、変な力は使えるし、PoPだって送る。中田の言葉に俺は大きく頷いた。

「広塚、この一週間ぐらいでアーディスが食べたもの言ってみろ」

「えっとー……チョコチップクッキー一箱半、プチケーキ一個、チビチョコまん二個、それから……」

「待て待て広塚。もうお腹いっぱい」

 中田が両手を挙げる。俺はそれをリアルタイムで、しかも目の前で見せ付けられたんだぞ。どうしてくれるんだ、食べてないのにこの胃もたれ。

「それだけ食ってりゃ誰でも体調だって悪くなるって」

「なるほど……さすが医者の息子」

 中田と俺は水市に拍手を送る。「いや、息子じゃなくても気付くって……」と医者の息子は呟いていた。

 

 俺が起きた時、アーディスは床に座り込んでいた。普段なら窓際に立っていることの方が多かったから、顔を下に向けてぐったりと座り込んでいるのはおかしいとすぐに気付いた。

「お前、どうしたんだ?」

「何でもない」

 アーディスが立ち上がろうとしたが、バランスを崩した。俺はすぐに起き上がり、倒れるアーディスの体を支えた。普通の人間よりも重くはないけれど、それなりの重さがあった。

「だ、大丈夫か?!」

 それしか言えなかった。アーディスは何も言わず、俺の腕の中に居た。

「……何でもない」

 歯切れの悪い言い方。完全に、嘘をついている。

「何でもないわけ、ないよな」

「…………」

「何かあったのか?」

「…………」

「まさか、一人でPoP送りに行ったのか?」

「……何でも」

「行ったんだな!?」

 俺が言うと、アーディスは無理して立ち上がろうと俺の腕から離れようとした。が、その腕を掴む。

「何を」

 反論しようとしたアーディスの意志を完全無視して、俺はアーディスを先ほどまで自分が寝ていたベッドに腕を引っ張り連れて行った。そしてベッドに横にさせて、布団をかける。

「何だ、これは」

「寝ろ。体調悪いんだろ?」

「何でもないと言っているだろう」

「お前の何でもない、は基本的になんかあるんだよ!」

 アーディスの眉がわずかに歪む。不快を表しているんだろう。そんな事ない、って言いたそうな顔しているが実際そうじゃない。一人で力を使ってぐったりしているじゃないか。

「寝ろよ、いいな。俺が帰ってくるまでそこで寝てろ!」

「……」

「返事は!?」

「……わかった」

 そう言ったのを確認して、俺は学校へ行った。

 

そして今、下校中に至る。俺の両隣には中田と水市がいた。

「いや、まさかアーディスのお見舞いに行く日が来るとは思わなかったな」

「まずアーディスに対してお見舞いって認識というか考えがなかった」

「確かに。だって、体調崩すって考えないよな」

 そんな風に話しながら歩いていると、向こう側から自転車に乗っている少女の姿が見えた。

「万智?」

「あ、お兄ちゃん」

 甲高いブレーキ音を出して自転車を止めたのは万智だった。水市と中田の姿を見て「こんにちは!」と挨拶をする。どうやら遊びに行くらしく、既に制服から普段着になっていた。

「遊びに行くのか?」

「うん。里志くんの家」

「ふーん……。早めに帰って来いよ」

「あたしはいいけど、お兄ちゃんの方が早く帰ったほうが良いよ?」

 万智がちょっとだけ勝ち誇ったような顔をして言った。

「お母さんが『猫がー』とかなんとか怒ってたよ。お兄ちゃん、雨の中猫でも拾ったの?」

「……全く話が読めないけど、まあ母さん怒ってるんだな」

 俺が確認すると万智は頷いた。母さん怒ると性質悪いからなぁ……。それから万智は「じゃーね」と言ってペダルをこぎ始めていた。そんな後ろ姿を見て、中田がにやりと笑った。

「へー、サトシくんねぇ。万智ちゃんもお年頃だなぁ」

「お年頃って、まだ小四だぞ」

「あ、でも俺が婚約決めたのは確か幼稚園だったかな」

 水市、お前は黙ってろ。俺と中田のそんな視線を感じた水市はちょっと視線を反らしていた。

「何、お兄ちゃんとしてはサトシくんと万智ちゃんの交際は認める感じ?」

「いや、俺が決めることじゃねえだろ。別に里志と万智は友達だし」

「甘いぞ、広塚。世の中、友情から発展する恋なんていくらでもある」

 嫌に真剣な顔で水市が言う。中田もその言葉にうんうんと頷いている。

「私、お兄ちゃんよりも大好きな人がいるもん!」

「お兄ちゃんよりサトシくんの方が好き!」

「気色悪いわお前ら!!!」

 何が楽しくて両隣から無理した甲高い声を聞かないといけないんだ。

 

 何だかんだやっている間にも、家にたどり着いた俺は母さんからの鋭い視線を真正面から受けていた。

「おかえり、啓也」

「た、ただいま」

 一瞬言葉詰まるぐらいの母さんの睨みは半端ない。睨みだけならプロレスラーとも同等、いやそれ以上かも知れない。しかし、そんな母さんの視線と低音ボイスも中田と水市の姿を見たら一転する。

「あら、中田くんに水市くん。いらっしゃい」

「こんにちはー、ちょっと啓也くんに宿題教えにきましたー!」

「そういう事なんで、上がってもらうけどいいよね?」

 中田にはにこにこしてたくせに、俺を見るときにはギロリとした視線になって「はいはい、どうぞ」と(中田や水市たちにも気付かれないようにしているが、結構バレバレな)低い声で言った。俺だけでなく、中田と水市も苦笑いを浮べながら家にあがった。そのとき、母さんが俺の肩にぽん、と手を置いた。なんかのドラマであった部長が部下のクビ宣告するときみたいな感じで、背中に鳥肌たった気がした。もしかして、クビですか? 俺の首から上が飛んじゃう的な意味でのクビですか? そんな俺のことに気付いているのかいないのか二人はさっさと俺の部屋に行ってしまった。

「あんた、いつの間に猫なんて拾ったの?」

「ね、こ?」

「ずっとあんたの部屋に居るのよ。ベッドの上陣取って、気持ちよさそうに寝てるの」

「猫……全く心当たりがないのですが」

「そうなの?」

 完全に母さんは俺が拾ってきたと思い込んでいたらしく、俺の言葉に驚いたような顔をしている。

「じゃあ、窓から入られちゃったのかしら。ともかく、あの猫どうにかしてね」

「はぁ……」

 今は猫よりもアーディスの方が心配なんですけど……なんて思いながら俺も急いで部屋に向かった。

「可愛い猫じゃねえか、広塚」

 部屋に入った第一声がそれで、目についたのは白い毛並みの猫だった。水市の腕の中に眠る猫の姿を見て中田が何だか嬉しそうに笑っている。確か、中田猫派だったっけ。

「俺さ、犬の方が好きなんだけど……」

 と呟いたのは水市。しかし、猫を触る手付きは何だか慣れている様子がある。猫はしっかり目を閉じて眠っている。中田があんなふうに笑う理由もわからなくはない。確かに可愛く眠っているものだ。

「猫、ベッドから下ろしたのか?」

「いや、俺たちが部屋に入ったら起きて、晴時のほうにぴょーんって飛んで」

「でもすぐに寝た。多分、寝ぼけたんだと思う」

「寝ぼけて飛びつかれたら困るな」

 そう言って俺が猫に触れようとした瞬間、猫の目が突然開かれた。それから、猫は水市の手からぴょんと飛んで、尻尾を見せて着地。突然の出来事に、俺たちは呆然としていた。

「帰ったのか」

 突然の声に俺は辺りを見た。そうだ、ベッドにはアーディスがいるはずだったんだ。

「あ! お前、また勝手にベッド抜けたな?! 朝ちゃんと言っただろうが!」

「私はいたぞ」

「どこにだよ! っつーか今どこにいるんだ!!」

「ここだ」

 猫がこちらを向いた。俺は部屋中をぐるりと見る。が、アーディスの姿は見当たらない。

「だからどこだ!」

「ここだ。先ほどから言っているだろう」

「ここってどこ!?」

「ここはお前の部屋だ」

「そうじゃない!」

 俺の声にも、アーディスの声にもわずかながらの苛立ちが含まれていた。

「お前が、今いるところは具体的にどこ?!」

「お前たちの目の前だ」

「……おい広塚。すっげーバカなこと言うけどいいか?」

 引きつった顔をしている中田が俺のほうを向く。バカなこと? それの想像がつかなくて俺は水市を見る。水市も顔を俺のほうに向けているが、視線は猫にあった。それから「ははは……」と掠れたような笑い声を上げた。

「あの猫がアーディスなんじゃね?」

「はぁ? んなわけある……か…………よ」

 よくよく見ると、その猫の瞳は――月を映しこんだかのような銀色をしていたのだった。

「嘘だろ」

 

 

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