「は? イメチェンがしたい?」
泉が言ったことを要約すると、今、瑞菜が言った通りになる。その言葉に、あたしも瑞菜も何を言えばいいかわからなくなった。
泉から「相談がある」と言われたとき、てっきりいつもと同じように水市とのデートのおすすめスポットだとか、一緒に読む本だとか、音楽だとか、そんなことかと思っていたから、「イメチェンをしたい」と言い出したときは思考が停止しかけた。
「えーっと、何で?」
「何で、と言われると、その……」
なんとなく言いにくそうに、泉が俯く。それを見て、瑞菜がにやりと笑った。
「なるほどなぁ、水市との間に、何かあったな?」
「いえ、そうじゃなくって……逆、です」
逆? と、あたしと瑞菜は同時に泉に聞き返した。何かあったの逆だから、
「何も無い、ってこと?」
あたしが言うと、泉は小さくこくりと頷いた。
「最近、晴時さまが素っ気無い感じがして……もしかして、私に魅力が無いのかと思いまして……」
んなわけあるか。水市が素っ気無いのは今に始まったことじゃないし、むしろ、前のほうがひどかったし、あれは所謂水市のツンデレである。略してミズデレ。
「で、それでイメージチェンジをしようとするわけか」
「はい。晴時さまに、振り向いて欲しくて」
「よーし、もち。一緒に泉改造計画を成功させようじゃねぇか!」
「あ、あたしもぉ?!」
「当たり前だろ、もち。お前が参加しないで、誰が参加する!」
デスヨネー。と、思いながらも頭の片隅では泉をどんなふうにイメチェンするか考えていた。泉があたしと瑞菜の顔をきょろきょろと見ている。
「で、何かアイディアはある?」
「やっぱりパンク風ファッション! それかゴスロリ!」
「……無理があるし、校則に引っかかるって」
「んじゃー、もちは何かあるのか?」
瑞菜に訊かれて、ちょっと考える。ミズデレ水市、じゃなくって、ツンデレな水市を振り向かせたいと言う事だ。しかも表面的なイメチェンよりも、性格的なものを変えたほうがいいかもしれない。ツンデレな水市に対抗する性格。
「ツンデレに対抗するにはツンデレしかない」
「……つん、でれ?」
全く知りもしない単語、と言いたげな顔で泉が首をかしげる。ああ、この子はツンデレも知らないのか。なんてピュアガール。
「超簡単に言えばギャップって奴ね。普段はちょっと冷たくツン体勢だけど、時々優しくデレに回る。それこそツンデレの極意!」
「もちー、全然簡単になってないぞ。泉、わかる?」
「な、なんとなく……。つまり、普段と違う対応をする、ということですか?」
そのとおり! とあたしが親指を立てて頷くと、泉の顔が明るくなった。
「わかりました! でも、どうすればいいのでしょうか?」
「そうだよ。ツンデレって言っても、どんな風にすりゃいいんだよ」
「安心しなさい。参考資料はいくらでもある」
あたしがにっと笑うと、泉は「はい!」と強く頷いた。
「つまり、もっちーが貸した本を泉がマジになって読んで、その結果があの幸橋の態度ってことか」
中田が言うと、望田が申し訳なさそうに小さく頷いた。なるほど、確かに誰も悪くはない。
「それで望田。お前、幸橋に何貸したんだ」
「多分タイトル言ってもわかんないと思うけど……」
望田が出したタイトルの作品は一つもわからなかった。多分全部ライトノベルだろう。俺の専門範囲じゃない。
「しかし、それで本の影響を受けて性格イメチェンしちゃうって言うのが幸橋っぽいよなー」
「確かに。幸橋って素直そうだし」
「でも、まさかここまで影響されるとは思わなかったよ……」
多分誰も考えもしなかったんだろう。ここまで幸橋が素直に飲み込むとは考えないだろう、普通。
「だからって水市があれになっちゃ、本末転倒って奴だろ」
「ごもっともです……。でも昼になったら泉と瑞菜、どっか行っちゃったからなぁ」
それは困った、と俺たちがうーんと唸ったそのときだった。
「もちー!! 泉が倒れたぁぁぁー!!」
教室に、上里のそんな叫び声が響いた。
上里によると、誰もいない理科準備教室で(本来なら学校に持って来てはいけないはずの)望田の参考資料の漫画と上里が持ってきた漫画を、幸橋と一緒に読んでいたらしいのだが、どうやら幸橋には情報量が多かったらしく、パンクした、らしい。ちなみに上里が持ってきたのが望田曰く「最近のドロドロしてりゃなんでもいいって感じの少女漫画」だったらしく、ちょっと内容を見せてもらったが……最近の女子が読むものは怖い。
で、そんなツンデレとはかけ離れた内容を読んで、元からツンデレに対して困惑していた幸橋はさらに混乱して、パンクした。っていうか、何で俺がこんなにツンデレツンデレ言ってるんだ。
「それで、泉は?」
「と、とりあえず保健室で寝かせた。先生いなかったから勝手にベッドに入れといた!」
「勝手にって……」
「ちょっと待て上里。今、保健室って……」
保健室には、確か。
目を覚ますと、汚れて少し茶色っぽい天井が見えた。白い枕とシーツ、それから独特のにおいから、ここが保健室だとぼんやりした頭で理解できた。
何で保健室にいるんだっけ……? 確か、中田と広塚と話してて、上里と望田を絞めに行こうとして、アーディスが出てきて、……そこから思い出せない。
「なんだっけか……?」
体を起こして、辺りを見る。本来なら隣のベッドのためにひかれてあるカーテンがかかっていなかったので、簡単に隣のベッドを見ることができた。そこには、
「い、……ずみ?」
「ん……?」
俺がその名を呼ぶと、泉がゆっくりと目を開いて、体を起こした。しばらくぼんやりと俺を見つめていたが、頭が覚醒してきたらしく、目を大きく見開いた。
「せ、いじ、さ……!」
泉は慌ててカーテンを掴み、閉じようとした。が、その手を俺は掴んだ。
「はっ、離してください!」
「泉、何でそんな態度とるんだよ」
「だっ、て……」
カーテンを掴んでいた泉の手が、弱くなる。俯いて、泉の髪が揺れる。
「だって、晴時さまが冷たいから」
「俺、が?」
予想もしていなかった言葉に、俺が小さく零すと泉は勢いよく顔を上げた。
「そうです! 最近、目が合ったらすぐに目を反らすし、一緒に出かけた時もなかなか手を繋いでくれないし、学校で名前呼ぶときはわざと声を小さくしているでしょう!?」
今まで聞いたこともないような大声と早口で、泉が俺に向かって言った。そんな風に泉が思っていたなんて、俺は知らなかった。
「何で、言ってくれなかったんだよ」
「……だって、嫌われてしまったのかと、思って……」
「馬鹿だなぁ」
泉の腕をぐっと引き寄せて、そのまま抱いた。
「俺が嫌う訳、ないだろ」
「本当ですか?」
「当たり前だろ。ただ、ちょっと……恥かしかったから」
泉がちらりと、俺を見る。少しだけ、不安そうな顔をしていた。
「じゃあ、今度からちゃんと私の目を見てくれますか?」
「もちろん」
「手も繋いでくれますか?」
「ああ」
「名前も、普通に呼んでください」
「呼ぶよ、泉」
「晴時さま……」
……さて。
「なあなあ、一発晴時ぶん殴ってきていい? いい? なあ、殴らせてもらっていい?」
「泉ー……せっかく心配して急いできたって言うのにー……!」
「こっちは運んでやったんだぞ。なのに、何だあれ……!」
「広塚、俺は水市を絞めに行くぞ」
「奇遇ね、中田。あたしも水市を絞めるわ」
「おーう、あたしも混ぜろ。それもこれもみんなあいつのせいだ……!」
中田も望田も上里も、水市と幸橋のちょうどお惚気タイムに保健室にたどり着いてしまったため、声を押し殺しながらも、殺意を沸かせている。俺はなんていうか……正直疲れて、殺意すら沸かない。
「あーあー、落ち着けお前ら。お前らが水市絞めたところで何もならねーだろ」
「広塚、お前はいいのか?! 危うく俺たちが死にかけたって言うのに!」
「そうよ! あたしと瑞菜なんか、絞められる予定だったんでしょ!?」
「んだと!? なら尚更絞める!!」
「だーかーら、もういいだろー。ほら、教室戻るぞー」
どうしようもねえだろ、あの状態になったら誰にも止められない。
「あれがミズデレか」
なんとなく、納得してしまう俺がいた。もう面倒くせぇこの二人。