Another Story お嬢様改造計画
「べっ、別にあなたのためじゃ、ないんですからね」
さて、問題です。この発言は一体何処の誰が、誰に向かってしたものでしょうか。
一番、『望田明莉が広塚啓也に』。
二番、『坂田未由子が中田祐希に』。
三番、『上里瑞菜が山本亮太に』。
シンキングタイム! ちっちっちっちっち…………はい、終了。
正解は、隠れ四番の『幸橋泉が水市晴時に』、でした!
「って、ありえるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
と、頭を抱えたのは中田。どうやら中田の頭の中で何かが行われていたらしい。急に叫びだすから、ちょっと怖いぞ中田。
しかし、そんな中田の気持ちはわからなくもない。俺だって、同じように「ありえねぇ!!」と叫びたいところであるが、それをしたところで何にもならないから、ぐっと堪えている。
「何がありえないと言うのだ」
俺の後ろからアーディスが声をかける。どうやらアーディスも突然叫んだ中田に少なからず驚いているらしい。顔がちょっと困惑している。
「だからさ、朝の幸橋の発言だよ」
「幸橋……?」
「ほら、水市のそばにいっつもいる女子」
「ああ、あの女か。あの女が、何か言ったか」
「だーかーら、言っただろ。『別にあなたのためじゃない』って」
「……何が問題だ?」
やっぱりアーディスにはこの事件の重大性がわかっていないらしい。いや、元々わかってもらうつもりは無かったのだが、ここまで判ってもらえないとなると、少し水市がかわいそうな気もする。
ここまでの経緯を説明しよう。
まず、いつもと同じように俺は朝練を終わらせて、みんなより少し早めに教室に入った。朝礼が始まるのは八時半で、俺がいつも入るのは八時ちょっと前ぐらい。朝礼は八時半だが、その前に朝の読書時間と言うのがあって、それが八時十五分から始まる。つまり、生徒はなるべく八時十五分までに当校完了していないといけないのだ。
教室にはいつも何人かがいる。同じように朝練をした奴や、宿題を忘れていたから朝早くに学校に来てしている奴、その他もろもろだ。で、俺は自分の席について、読書の本の準備をする。この時に本を忘れていたら、ダッシュで図書室に行く。たまにそこで望田に絡まれたりその友人の図書委員に何かを言われたりするが、気にしないことにする。
で、ここでやっと水市晴時とその婚約者、幸橋泉の登場である。普段ならこの二人、婚約者の関係ということもあって、一緒に登校しているのだが、今日は珍しく幸橋が先に教室に入った。今日は水市が休みか? と、思ったらそれから数分遅れて水市が教室に入ってきた。もしかして寝坊か、その辺りだろうなあ。と、自分に関係ないことを考えながら鞄から本を出す。
「泉、お前」
「……」
やけに荒い呼吸をして水市が幸橋に声をかける。どうやら、走ってきたらしい。けれど、そんな疲れた様子の水市からそっぽ向いて、幸橋は鞄から教科書やノートを机の引き出しの中に移していた。
「何で、先に行ったんだ」
「一人で行きたい気分でしたから」
早口で、幸橋が答える。珍しい、と思った。幸橋はいつも穏やかな感じで、おしとやかな感じで、『お嬢様』って感じの口調だから、そんな早口で刺々しい言い方をするのか、と思ったのだ。それは水市も同じだったらしく、驚いたような顔をして「そう、か」と答えた。心なしか、その水市の背中がやけに小さく見えた。
あの一件以降、水市も幸橋もお互いを大切に思いあっているらしいし、その様子は周りの俺たちにもよくわかっていた。ただのお惚気以上の、何かがあることはわかっているのだが、今日の幸橋の様子は変だった。とぼとぼとした様子で席についた水市に近付き、俺は声をかける。
「何かあったのか?」
「いや、何も無かった……はず。家で何かあったのか……?」
水市は深刻な顔をして考え始めた。が、やっぱり心当たりは無いらしく、小さく首を振る。時計を見ると、そろそろ読書の時間が始まる。生徒も来るし、担任も来てしまうと、立っている俺が注意される。
「まあ、もしかしたら家の方かもしれないしさ。じゃ、俺そろそろ戻るわ」
俺が言うと、「ありがとな」と小さく微笑んで水市が言った。俺が席に戻ると、水市は鞄の中を必死に漁っていた。あ、これはもしや本が無いって奴か? と、思っていたら水市はすたすたと幸橋の所に言った。
「悪い、泉。本、二冊持ってないか?」
水市が尋ねると、幸橋はしばらく無言で机の中を見て、一冊の本を水市に差し出した。いつもなら「どうぞ、晴時さま」とか言って、にこっと笑ったりする幸橋が、無表情である。ある意味、アーディスの無表情よりも怖いものがある。
「ありがとう、泉」
そんな表情の変化に気づいているのか気づいていないのか、水市はいつも通りに微笑んで幸橋に礼を言った。
しかし、ここで誰も想像しなかった言葉が幸橋の口から飛び出た。
「べっ、別にあなたのためじゃ、ないんですからね」
その言葉は、騒がしい教室の中でもやけに響いた。真正面から聞いた水市は先ほど以上に呆然として、ぱちぱちと瞬きをしている。幸橋の周りの生徒も、驚きを隠せない、と言った表情をしていた。
「い、泉?」
「馴れ馴れしくしないでくださる? そ、そんな風にされても、嬉しくないんですから」
それを聞いた水市は何かの衝撃を受けたかのように肩を大きく揺らした。これはまずい、と俺の本能が警告する。水市は「そ、そうか。ソウダヨネ」と言って本を持ってぎくしゃくと自分の席に座った。
以上が朝の出来事で、現在は昼食時間が終わって昼休みに入っている。がらんと人気のない教室で、俺の隣の中田は「ありえねぇ、ありえねぇ」とぶつぶつ呟いているし、向かい側に座っている水市は魂抜け切った顔していて不気味だし、それに挟まれてる俺ってマジかわいそう。
「……しかし」
と、唐突に呟くのをやめた中田が話を切り出した。
「幸橋がこんなことを自分からするはずは、絶対に無い訳だ。そうだろ、晴時」
中田が尋ねると、水市は小さくこくりと頷いた。目の焦点が合ってないので本気で怖いです、水市さん。
「さて広塚。ここで問題だ」
「は?」
「こんなことを幸橋にさせる奴がいるとしたら、何処のどいつだと思う?」
「何処の、って……」
中田の突然の問いに一瞬悩んだが、冷静に考えればすぐにわかった。
「望田と、上里」
簡単な話だ。幸橋といつも一緒にいるのはこの二人だから、この二人が何か吹き込めば幸橋は素直にその通りに動く。どうせ、くだらないことでも吹き込んだんだろう。
「……望田と、上里…………」
俺の言葉に反応した水市がそう呟いて、立ち上がる。その目は、獲物を見つけた獣のようであった。
「あいつら絞める!」
「待て待て晴時! それはやばいやばい!!」
「水市落ち着け! まだ事情もわかってないし、女に手を上げるのはまずいって!」
「俺の泉をもてあそんだことを後悔させてやる!!」
「落ち着け晴時ー!!」
「誰ももてあそんじゃねぇよ!!」
と、中田と俺が必死で水市を止めようとしていると、アーディスが水市の前に立ち、手を伸ばした。一瞬銀色の光が見えたと思ったら、水市がばたん、と倒れた。
「晴時?!」
「あ、アーディス、何を?!」
「気を失わせただけだ。そのほうが、お前らの都合も良かっただろう」
「いや、そうだけど……」
「騒がしいのは嫌いだ」
それだけ言い残して、アーディスは姿を消した。ああ言っているけど、本人は水市のことを心配しているのだろう。……多分。
それから俺と中田は水市を保健室に運んで(言い訳は全て中田に任せた)、図書室にいた望田を教室に呼び出した。幸橋と上里は昼に何処に行っているかわからないが、望田の行動はワンパターンなのですぐに見つけ出すことができた。
「な、何か御用ですか? 広塚君も、中田君も、おそろいで」
あからさまに、引きつった笑みを浮べて望田が尋ねる。君付けするな、気持ち悪い。
「昼休みもそんなに長くないから単刀直入に訊く。幸橋に何吹き込んだ?」
「吹き込むって、べ、別に何にもしてないしー?」
「もっちー、とぼけるのもいいけどさ、晴時にボコボコにされるのと、俺らに正直に吐くのとどっちがいい?」
「み、水市に……?」
そんなことあるわけない、と望田の目が語って俺のほうを見る。残念だが、そんなことがあるんだよ、と望田の目に教えてやった。すると、引きつった顔を解いて、「わかったよ……」と小さく呟いた。
「その、誰も悪くないって事だけはわかってもらえると嬉しいんだけどさ……」
望田はそう言って、話を始めた。