《後編》

 

 文葉が刀屋にやってきて一カ月が経った。

[……おい]

 店の中には、店名に掲げられている刀などは一本もなく、代わりにガラクタのようなものが乱雑に置かれていた。薄暗い室内が、さらに薄暗くなったようだった。

「……」

 店長だ、と言ったはずの文葉だったが、店の宣伝を何かするわけでもなく、かといってずっと店の奥にこもっているわけでもなく、ただ店のカウンターに突っ伏して過ごしている。それを見ていたカイは、呆れの表情を浮かべて、文葉の隣にたたずんでいた。

[お前さ、何もする気ないなら帰れよ。なんでここにいるんだよ]

「……」

 カイの問いかけに対し、文葉は何も返さない。あの一言以降、文葉はカイと一切口を利かなくなっていた。

[……何だ。お前、もしかしてオレを追い出すつもりか?]

 冗談じゃない、と言いたげな口調でカイは文葉に向かって言う。しかし、それでも文葉は口を開かない。カウンターに突っ伏したまま、沈黙している。

[……答えろよ、おま……]

 そう言いかけて、カイはふと、思い出した。

 いつも文葉はこのカウンターに突っ伏している。ただカイも常に文葉を見張っているわけではないので、大体カウンターにいるだろうと予想した昼前から夕方の間だけ文葉のそばにいる。その間、文葉は一切動かず、突っ伏したまま。

[……お前、まさか]

 カイがはっと目を開いて呟いた直後。

 ぐう、と間抜けな音がした。

「……腹、減った」

 

[バカか?! お前はバカなのか?! っつーかバカだろお前!!]

「俺の名前は井出文葉だ」

[黙れこのバカ!!]

 怒りを全力で向けてくるカイを見ながら、文葉は小さく首をかしげてぼりぼりと頭を掻いた。

 文葉が目を覚ますと、先ほどまでいたはずのカウンターではなく店の奥にある休憩室のソファに横たわっていた。そして、ソファの前にあるテーブルの上にはご飯とみそ汁が置かれている。それを見た文葉は、視線をカイに向ける。

「お前が作ったのか」

[……だったら何だよ]

 文葉の視線から逃げるようにカイは顔をそらす。明らかに不機嫌そうな表情なのは、横顔からでもはっきりとわかった。文葉はみそ汁を一口すすり、それから再びカイに尋ねる。

「……どうやって作ったんだ?」

[……は?]

「お前、死んでるだろ。どうやって、作るんだ?」

 ただ、純粋な問いかけだった。顔をそらしていたカイは、聞きなおそうとして文葉の方を見ていた。文葉はご飯を口に含み、再びみそ汁を飲んでいた。

[どうやってって……っていうか、お前、そこ気にするわけ?]

「変か?」

[……かなり]

 目の前の男が何を考えているか全くわからないカイは、不機嫌さを消しているものの完全に引きつった表情を浮かべていた。

「美味いから、どうやって作ったか、単純に気になっただけだ」

[……あの、さ。お前、今食ってるのって幽霊が作った飯だぞ?]

「お前、死んでる自覚あったのか」

 文葉が驚いたように少し大きく目を開いてカイを見た。何を驚いているのか、と思いながらカイは大きくため息を吐き出した。

[ああ、ありますとも。どうせ死んだオレが、この店に入るなって脅かしてもどうせ入ってくるんだろ? 死んだ人間に何が出来るわけでもねえんだろ? だったらさっさと成仏しろって事だろ、わかってるっつーの]

 できたらしている、と言いかけたのをぐっと飲み込みながら、カイは早口に、苛立ちを文葉にぶつけた。いっそこのまま消えてしまおう、とカイが目を閉じたときだった。

「別に成仏しなくてもいい」

[……は?]

 文葉の言葉を聞きかえそうとカイは目を開く。文葉は気だるげな表情のまま、みそ汁を飲んでいる。

「お前が居たいならここにいればいいだろう。別に、お前が居たところで特に困ることはないし」

[何、言ってんだ?]

「たまにこうやって飯を作ってくれればいい。……お前、なんで俺に飯を作ったんだ?」

 素朴な疑問を、文葉は再びカイに尋ねた。

[……なんで、って]

「別にお前にとって、俺が空腹で倒れても関係ない話だろ。それに、放置してたら死ぬかもしれなかっただろ」

[じゃあ、仮に今後お前がここに居座り続けるとして、それでまた腹減って倒れてても放置していいって言うのか?]

「まあ、別に」

 カイの言葉に、文葉は全く動じた様子もなく、平然とした様子で答えた。食べ終わって空になった茶碗二つを重ね、その上に箸を乗せた。

[……なら、オレがお前を呪い殺してもいいってことか?]

「お前がそうするなら。お前、しないだろ」

 まるでカイの心を見通している、と言うように文葉はカイをまっすぐに見つめて断言する。カイははっと目を開いて、息が詰まるような感覚を抱いた。すでに呼吸をすることなどないのに、苦しみなど感じることなどないのに、喉に何かが引っかかったような、息苦しさが生じた。

[何なんだよ、お前]

「井出文葉。お前の、子孫だ」

 唐突な言葉に、カイは小さく口を開いた。

[……は?]

 

 

「っつーか、お前飯作れるなら俺を呼ぶなよ」

[いや、オレのレパートリーってみそ汁しかないからさあ。さすがに文葉がかわいそうだろ?]

 とある休日。夜維斗は例によって例のごとく『刀屋』の厨房で文葉の昼食を作るようにカイに呼び出しを食らい、チャーハンを作っている。

「でも、文葉さんがお前の子孫って……」

[真相は不明。マジかもしれないし、文葉のでまかせかもしれないけど、まあその辺はいいや]

「……いいのか?」

 その辺は気にしないのか、と思いながら夜維斗はフライパンの中身を炒めつづける。香ばしいにおいが、厨房の外にも漂い始めていた。

「でも、なんでお前、文葉さんを追い出そうとしなかったんだ?」

[そりゃーあれだ。オレが超ハイテンションで脅かしたところであいつ、いつものテンションで返してくるんだぜ? むなしくなるだろ、幽霊的に]

「……ああ、なるほど」

 こいつならそういう発想になるな、と思いながら夜維斗は頷いた。そういう意味では里佳よりも良心的である。そんなことを考えながら夜維斗は火を止め、チャーハンを皿に入れた。

[それに、ここにいていいって言われたのは初めてだったし]

 夜維斗は手を止め、後ろを見る。先ほどまでそこにいたはずのカイがふっと消えていた。

「……カイ?」

 一瞬、夜維斗の声が、不安げに響く。

[こら、文葉ー!! 飯が出来たぞー!!]

 隣の休憩室から、カイの騒々しい声と文葉のうなされる声が聞こえてきた。それを聞いた途端、わずかに引きつっていた表情を緩めて、夜維斗は小さく息を吐き出した。

「……あいつが早々、成仏することもなさそうだな」

 チャーハンが入った皿をもって、夜維斗は休憩室の文葉とカイの元へ向かった。

 

 

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