校舎ヲ駆ケル少女
時刻は午前六時。部屋の中にうっすらと日の光が入り始める頃。
月読夜維斗は、その光に誘われるようにゆっくりと重たいまぶたを開いた。
「……は?」
目を開いた夜維斗の目の前には、女がいた。現在、夜維斗の体勢は仰向けに寝ている状態であり、その状態で目の前に人がいる、ということは自分の上に人がいるという事になる。
一人暮らしをしている夜維斗の家に、自分以外の誰かが居るはずがない。しかし、夜維斗の見ている光景に偽りはない。目の前で起きている光景は、本物なのである。
「……何で」
夜維斗が女に尋ねようとした瞬間、彼の意識は突然暗闇に落ちた。
「……これは」
龍幻寺武史は、自分のデスクに置かれた封筒を苦い表情で見つめていた。
「ミッキー、これ、何だ?」
「何、って、見ればわかるでしょ?」
武史はデスクの上にあるものに関して、助手の東雲魅貴に尋ねる。が、返事はそっけないもので、武史の求めるものとは程遠いものだった。仕方なく、武史は封筒を手にとり、その表面に書かれている文字を読んだ。
「挑戦状」
「そ。月原高校オカルト研究会、というか里佳ちゃんからの挑戦状だって」
ようやく説明する気になったのか、魅貴が詳細を話し始めた。
里佳ちゃん、こと陽田里佳は月原高校に在学中の二年生である。そして、彼女はオカルト研究会なるものの会長でもあるのだ。一度、武史の探偵社にやってきて興味を示したらしく、そのような手紙を送りつけてきたのだという。
「まあ社長、読んでみなよ」
「あ、ああ」
何となく気の進まない武史は、恐る恐る封筒の中身を取り出して、広げた。長々とした巻物風な状態だったらどうしよう、と思っていた武史だったが、中身はただの便箋。それも、ごく普通の女の子が使いそうな、シンプルでかわいらしいラインや花柄の入ったものだった。
龍幻寺社長、魅貴さん、鬼堂さん、お久しぶりです。
先日は探偵社を見学させていただきありがとうございました。オカルト研究会三人とも、よい経験になったと思っております。
しかし、この個人情報保護の時代、今まで解決された事件のお話が聞けなかったことは少し残念でした。そこで、私からのお願い――いえ、挑戦状を出させていただきたいと思います。
挑戦状というのは、我が月原高校の怪奇現象の解決を依頼したいのです。
月原高校にはいろいろ七不思議があるのですが、ここ数日、新しい七不思議が増えたのです。
その名も『校舎を駆ける少女の亡霊』。見慣れない制服を着た女の子が、学校の中を走っているというものです。実際に足音を聞いて、少し姿を見た人もいるのですが、その女の子がどこの誰なのかわからないのです。
そこで、龍幻寺社長に、この事件の解決を依頼します。
この事件の解決で、龍幻寺社長の実力を、我がオカルト研究会に見せていただきたいと思っています。
よいお返事を、お待ちしております。
月原高校オカルト研究会会長 陽田里佳
「……はい?」
読み終えた武史は、間抜けな声を上げた。その声に反応したように、眼鏡がずる、とずれる。
「み、ミッキー? これは、一体……」
本日二度目の質問を武史は魅貴に投げかける。魅貴は呆れたような苦い笑みを浮かべて頷く。
「その手紙の通り、だよ」
「だよ、って。どうするんだよ、これ。子どもの遊びで俺たちわざわざ月原まで行くのか?」
「行けばいいではないか」
と、突然武史と魅貴の間に第三者の声が入る。二人は同時にびくり、と肩を震わせて声のしたほうを見た。
「鬼堂さん? 何ですか、その軽い口調は」
武史の不信感を丸出しにしたような視線を受ける死神、鬼堂はふむ、と頷いて答えた。
「月原高校に行けばいいじゃないか、と言っただけだ。せっかくの依頼だ、受けたらどうだ?」
「いやいやいや、ここから遠いじゃないですか、月原って。それに、高校生の遊び半分の話ですよ? わざわざ俺たちが金かけて行かなくても……」
「何だ、旅費ぐらい私が出してやる」
渋る武史に、さらっと鬼堂が答える。あまりにもあっさりとした言葉に、武史は驚いたように目を開いて瞬きをした。
「まあ、何だ。たまには若い子と関わって精気を養うって言うのも必要だと思ってな」
「……怪しいことこの上ない」
「ごめん、私もちょっと疑っちゃう……」
「おい、魅貴まで何だ! ……まあいい。ほら、これだけあれば足りるだろう」
ぱさ、と音を立てて武史のデスクに置かれたのはこれまた封筒。足りる、という言葉を聞いて武史はまた恐る恐る封筒を手にとり、中身を確認した。
「にー、しー、ろー、はー……って、こんな金額?!」
「何だ。文句があるのか?」
「いや、全然……」
むしろ全く文句が言えないほどの金額を出されてしまい、武史も魅貴も何もいえなくなってしまった。
「さあ、さっさと行ってやれ。健気な依頼人がお前たちを待っているぞ」
珍しくにっこりとした笑みを浮かべる鬼堂に、武史と魅貴は顔をあわせて沈黙した。
「本当に来てくださってありがとうございます、社長さん!」
それから数日後。武史と魅貴は鬼堂に言われるままに月原高校にやってきていた。校門の前で、里佳と同じくオカルト研究会会員の朱月光貴がにこにこと笑って二人を迎えていた。
「また魅貴さんに会えること、楽しみにしてたんです」
「え? やだなあ、そんな風に言われると照れるよー」
「……ほう、俺は?」
魅貴の手をそっと取って最高級の笑みを浮かべて言う光貴に、武史は不満げな表情を浮かべて後ろから声をかける。
「もう、しゅげっちゃんったらナンパしちゃって。では、早速校内案内しますねー!」
「ああ、そうだな……って、あれ?」
里佳を先頭に光貴、魅貴、そして武史と続いて歩き始めたとき、ふと武史は一人足りないことに気付いた。
「もう一人はどうしたんだ? えーっと、あ、ツッキーだ」
「ツッキー……ああ、月読のことですか? あいつ、またヒッキーになっちゃって」
ツッキーがヒッキー。一瞬武史の頭の中にダジャレが出てきて笑いを吹き出しそうになったが、ぐっと堪えて詳細を尋ねた。
「また、って……彼、引きこもりなの?」
「あれですよ、本当の不良タイプ。そのくせしてあいつ、頭いいんです」
「へえ? そんなに成績優秀なんだ」
驚いたように魅貴が尋ねると光貴は苦笑いを浮かべて答えた。
「学年どころか全国模試で一位」
「……はあ?!」
想像を絶する成績に、魅貴と武史は同時に声を上げた。ですよねえ、と苦い笑いを浮かべたままで光貴は頷くが、里佳は不満げな表情を浮かべている。
「本当に健全な高校生とはかけ離れた生活よね! 大体、せっかく部活動に誘って学校に来るようにしてあげたって言うのにまたいなくなるってどういうことなのよ!」
「……いなくなる?」
里佳の何気ない言葉に引っかかりを感じた武史は言葉を繰り返す。
「そうなんです。あいつの家行ったんですけど、もぬけの殻で。あーあ、また不良時代の再来かしら……見てて不安になるわ」
「へえ、まるで里佳ちゃん、夜維斗くんのお母さんみたいだね」
からかうように魅貴が言うと、里佳は「本当ですよー」と呆れたように返した。それを、光貴は少しだけ悲しそうに見ている。それに気付いた武史はぽんぽん、と光貴の肩を叩いて慰める。
「ま、男の片思いほど辛いものはないよなあ、しゅげしゅげ」
「……ヤローに俺の気持ちがわかるか」