《後編》

 

「誰? って……広塚くんじゃん」

 振り向いた里佳は、驚いたように目を開いて背後に立っていた人物――啓也を見た。啓也は引きつった表情を浮かべて「どうも」と軽く会釈をしていた。

「里佳、知り合い?」

「ああ、うん。里志の友達のお兄ちゃんの、広塚くん。あ、そっか、小野くんと友達って言ってたっけ」

「ああ……はあ……」

 肯定とも否定とも取れないような返事をする啓也を見ながら、どことなく月読に似てるな、と光貴はぼんやりと考えた。

「それで? 小野くんから何か伝言かしら」

「えーっと……まあ、その、一応これのこと、調べたんですけど……」

「調べた? 広塚くんが?」

「まあ、そんな感じです……」

 しどろもどろ、と言うような啓也の反応に、夜維斗は小さく息を吐き出した。そのため息が聞こえた啓也はびくり、と肩を震わせた。

 オカ研の人だからやっぱりこんな誤魔化しだけだったらばれるのか……と不安に思いながら啓也はため息を吐き出した夜維斗をちらりと見た。しかし、夜維斗の表情は怒っているという様子ではないように見えた。そして、夜維斗だけ『眠りの使』に興味がなさそうに、啓也には思えた。

「じゃあ結果の報告! どうだったの?」

「いや、鳴ったは、鳴ったんですけど、原因は不明でして……」

「なんですって?!」

 里佳の大声に、啓也は再び肩をびくりと震わせた。怒られる、間違いなく怒られる、と恐怖に震えながらも、啓也は勢いよく頭を下げた。

「ごめんなさい!!」

「よくやったわ広塚くん!!」

「……え?」

 里佳の言葉に対して声を上げたのは、啓也だけでなく里佳の隣にいた光貴も同じだった。

「里佳、怒らないのか?」

「何で怒るのよ? っていうか、あたしがすぐに怒る人みたいに言うのやめてくれる?」

「いや、でも、何もわからなかったし……」

「そこを調べるのがあたしたちの仕事でしょ!」

 腰に手を当て、にっと歯を見せて笑いながら里佳が言う。そして、『眠りの使』を見上げて、天辺を指さした。

「いざ行かん! 行くわよ、しゅげっちゃん、夜維斗!!」

 宣言すると同時に里佳は走り出して、時計塔の中へと入って行った。一瞬何が起きたかわからなかった光貴だったが、すぐに状況を理解して「あ、里佳?!」と驚いたような声を上げて慌てて里佳を追いかけた。この間、わずか数十秒。

「……すげ」

 呆然とする啓也は、時計塔の中から聞こえる階段を駆け上がる音を聞いていた。高校生ってこんな行動力がつくものなのか、と思いながら啓也は時計塔を見上げていたが、ふと隣に人がいることを思い出して視線をそちらに向けた。夜維斗が、先ほどの啓也と同じように時計塔を見上げている。

「あ、あの……行かないんですか?」

「……何で俺が」

 啓也の言葉に反応した夜維斗が、啓也を見ながら言った。

「いや、だって……オカルト研究会の、人じゃ」

「別に……」

 好きで入ったわけじゃない。そう続けようとしたが、それを言ったらまた説明が面倒になることに気付いた夜維斗は言葉を続けることなく、啓也に背を向けて歩き始めた。

「あの」

「……何だ」

「えっ、いや……。先輩は、こういうの、興味ないんですか?」

 こういうの、と言いながら啓也は視線を時計塔に向ける。

「……何で」

「え?! あ、いや、里佳さんたちは興味津々って感じだったのに、先輩だけ、そんな感じじゃなかったから」

「別にあそこには何もないだろ」

 夜維斗のその言葉に、啓也は少しだけ、違和感を抱いた。

「……え?」

 聞きかえしている間に、夜維斗はすでに歩き始めていた。

 あそこには、何もない。それはあたりまえのことである。もう使われていない時計塔に――『眠りの使』に何かがあるわけでも、いるわけでもない。当たり前のことを夜維斗は言っただけなのに、啓也は何か引っかかったような気がしていた。

――なんで、彼がそれを、知っているのか、と。

 

「お前にはわかっていたのだろう」

 校門をくぐろうとした夜維斗の耳に、凛とした声が届いた。声のした方を見ると、校門に寄り掛かっている銀髪銀目、白フード――アーディスの姿があった。

「お前は」

「私の問いに答えろ、月読夜維斗。お前には、わかっていたのだろう。あそこに、何もないことが」

 アーディスは銀色の目で夜維斗を見つめて再び尋ねた。沈黙は、夜維斗の答えを待っていた。

「……わかっていた。お前が、どうにかしたことも」

 校内に入った時から、校舎は何一つ変わっていなくても、何かが変わっていたことは感じていた。自分が卒業してから、夜維斗の目の前にいるアーディスが現れたのだろう、と思った。

「――アーディス?」

 二人の間に、第三者の声が入る。夜維斗もアーディスも、同時に声の主を見た。

「……お前」

「何だ、啓也」

 そして同時に二人は口を開く。その様子を見ていた第三者、啓也は眼鏡の下にある目を大きく開いていた。

「何、してんだ」

「ただの会話だ」

「どうして、先輩が?」

 ちら、と啓也は視線をアーディスから夜維斗に向ける。その表情は困惑しきっていて、説明を求めていた。しかし、夜維斗は小さく息を吐き出して啓也とアーディスに背を向けた。

「……帰る。陽田たちにもそう伝えといてくれ」

「え」

 啓也が何か言いたげに口を開いたが、それを全て聞く前に夜維斗は歩き始めた。

「……変わったんだな」

 歩きながら、視線だけを横に向けて校舎を見る。何一つ変わらなかったはずの場所が、変わって行っている。

 そして、夜維斗を追いかけることもできなくなった啓也は校門の前で歩き進めてゆく夜維斗の背中を見つめていた。

「……アーディス、あの人、何なんだ?」

 アーディスのことを見ることなく、啓也は尋ねる。尋ねられたアーディスは、啓也を見て、夜維斗の背中を見て、そしてもう一度啓也の横顔を見た。

「お前に一番近く、お前に一番遠い人間だ」

 

 

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